東京・南青山の根津美術館にて企画展「はじめての古美術鑑賞 -美術のなかの文字」が2026年7月12日(日)まで開催中です。

本展は、東洋古美術は難しいという声に応え、2016年から様々な切り口で開催してきたシリーズ企画の7回目。今回は読めないと敬遠されがちな「書」そのものではなく、絵画や器に潜む文字に注目し、そこに秘められた意味を紐解きます。

会場入口
※展示室内の写真は美術館の許可を得て撮影したものです。
画家の個性が表れる署名と印
まず制作者を示す落款(サイン)と鑑蔵印(ハンコ)に注目。
江戸初期の絵師、狩野山雪の《秋景山水図》は名前と印のみという極めてシンプルな形式。対して幕末の絵師、冷泉為恭の《小松引図》には、自らの役職などが驚くほど詳細に記されています。
文字の量や書き方の違いを比べるだけでも、画家の個性や制作事情が見えてきます。
文字の量や書き方の違いを比べるだけでも、画家の個性や制作事情が見えてきます。

(左から)《小松引図》冷泉為恭筆 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館、《秋景山水図》狩野山雪筆 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館
江戸幕府第12代将軍、徳川家慶が描いた《風竹図》には署名がなく、巨大な印章だけが捺されています。将軍に絵を教えていた奥絵師の狩野養信の日記には、バランスを考慮して捺印の場所までアドバイスした記録が残されています。

《風竹図》徳川家慶筆 日本・江戸時代 天保12年(1841) 根津美術館
画面に捺された印は、必ずしも画家自身のものとは限りません。
作品を所蔵した将軍や大名などが、自身の所有物であることを示すために捺した「鑑蔵印」であるケースも多く、これは作品が誰の手に渡ってきたかを知る重要な手がかりになります。
作品を所蔵した将軍や大名などが、自身の所有物であることを示すために捺した「鑑蔵印」であるケースも多く、これは作品が誰の手に渡ってきたかを知る重要な手がかりになります。
重要文化財《竹雀図》は、中国の画僧である牧谿の筆と伝えられる水墨画です。画面には、室町幕府第3代将軍・足利義満ゆかりの「善阿印」と、6代将軍・足利義教の「雑華室印」が残されています。
これらの印は、本作が室町将軍家に珍重された名品であったことを物語っています。
これらの印は、本作が室町将軍家に珍重された名品であったことを物語っています。

【重要文化財】《竹雀図》伝 牧谿筆 中国・元時代 13世紀 根津美術館 前期展示 展示期間:5月30日(土)~6月21日(日)
添えられた言葉からわかる作品の背景
水墨画などの上部空間に書き込まれた詩文や和歌は「賛」と呼ばれます。多くは画家の依頼によって他人が書き加えるもので、絵画の主題や制作背景を補完する役割を果たします。
近世儒学の祖・藤原惺窩の晩年の姿を描いた《藤原惺窩閑居図》は、没後20年に制作されたことが、林羅山らによる賛から判明しました。
近世儒学の祖・藤原惺窩の晩年の姿を描いた《藤原惺窩閑居図》は、没後20年に制作されたことが、林羅山らによる賛から判明しました。

《藤原惺窩閑居図》狩野山雪筆 日本・江戸時代 寛永16年(1639) 根津美術館
重要文化財《江天遠意図》では、ひとつの絵に11人もの禅僧が自らの心情を漢詩にして書きつけています。落款も年紀もありませんが、書き手の生没年が絵の制作年代を絞り込む重要な手がかりになります。

【重要文化財】《江天遠意図》伝 周文筆 日本・室町時代 15世紀 根津美術館 展示期間:5月30日(土)~6月21日(日)
一方、画家自身が自分の絵に賛を記す「自画自賛」の作品も存在します。
酒井抱一の《七夕図》は、七夕の飾りを描き自作の句を添えた一幅。谷文晁の《獅子舞図》も自賛の句を記しており、名前の「晁」をわざと歴史的仮名遣いの「てう」と平仮名で書くなど、粋な遊び心がうかがえます。

(左から)《獅子舞図》谷文晁筆 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館、《七夕図》酒井抱一筆 日本・江戸時代 19世紀 小林中氏寄贈 根津美術館
文字が集まって仏になる?
仏画の世界では、経文そのものを無数に書き連ねて仏の姿を描き出す「文字絵」という技法も存在します。
《文字絵十一面観音像》は、一見すると繊細な線描の仏画ですが、近づいて見るとすべての線が観音経の経文で構成されていることがわかります。
限られた画面に4750字を超える経文が極小の文字で書き込まれており、その緻密な筆致から深い信仰心が伝わってきます。
限られた画面に4750字を超える経文が極小の文字で書き込まれており、その緻密な筆致から深い信仰心が伝わってきます。

《文字絵十一面観音像》大臨晋城筆 日本・江戸時代 嘉永6年(1853) 福島静子氏寄贈 根津美術館
風景の中に隠された和歌を読み解く
描かれた名所や季節の景物に合わせて和歌を散らし書きする手法は、平安時代中期から流行し、絵画と文学の融合を生み出しました。
《吉野龍田図屏風》は、桜が咲く吉野と紅葉の龍田を描いた華やかな屏風です。
枝に結ばれた短冊に古歌が記されていますが、よく見ると短冊が裏返っていたり、文字の一部が隠されたりしています。見えている文字から元となる和歌を連想するという、鑑賞者の高度な教養が求められる作品です。
枝に結ばれた短冊に古歌が記されていますが、よく見ると短冊が裏返っていたり、文字の一部が隠されたりしています。見えている文字から元となる和歌を連想するという、鑑賞者の高度な教養が求められる作品です。

《吉野龍田図屏風》 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館
和歌の断片が記されたこの4幅は、画風や繊細な描写などの共通点から、もとはひとつの巻物だったと推定されています。和歌と絵画が響き合う鎌倉時代の貴重な優品が、そろって公開されるのは今回が初めてです。
岩の影のぼかし、月にかかる雲などに、極めて繊細な金泥が用いられており、光の加減でほのかな輝きが浮かび上がります。
岩の影のぼかし、月にかかる雲などに、極めて繊細な金泥が用いられており、光の加減でほのかな輝きが浮かび上がります。

工芸品に刻まれた銘文の秘密
絵画の落款に相当するものが、金属器や漆器などの工芸品における「銘文」です。作者や所有者の名前だけでなく、制作の目的や出資者、用いる場所などを記すこともあり、作品の来歴を知る重要な鍵となります。
会場には銘文の歴史のルーツともいえる、中国で紀元前に制作された青銅器も展示されています。
会場には銘文の歴史のルーツともいえる、中国で紀元前に制作された青銅器も展示されています。

(右)【重要美術品】《饕餮文卣(とうてつもんゆう)》 中国・殷時代 紀元前12 ~ 11世紀 根津美術館
《飛天文雲版》は、禅宗寺院で合図に用いられる道具です。
本来の制作年である「延文四年(1359)」という銘文がありましたが、後に「延長四年(926)」へと改ざんされた形跡が見られます。文字を彫り直して制作年を約400年さかのぼらせることで、作品の価値を高めようとしたと考えられています。

《飛天文雲版》 日本・南北朝時代 延文4年(1359) 根津美術館
器を彩る文字
生活で使われるやきものにも、詩歌や吉祥の文字が巧みにデザインされています。
《染付日本地図長方皿》は、江戸時代の地図を元にしたお皿です。女護島や小人島といった想像上の地名も書き込まれており、当時の人々が食事の席で地図を眺めながら楽しんだ様子が目に浮かぶようです。

《染付日本地図長方皿》 日本・江戸時代 19世紀 山本正之氏寄贈 根津美術館
中国・明時代の鉢には、見込みの底に「寿」や「福」など縁起の良い文字が記され、食べ進めるうちに文字が現れるという粋な仕掛けが施されています。

(左から)《色絵寿字文独楽形鉢》 日本・江戸時代 17 ~ 18世紀 山本正之氏寄贈 根津美術館、《呉州赤絵魁字文鉢》 中国・明時代 17世紀 根津美術館、《呉州赤絵福字文鉢》 中国・明時代 17世紀 根津美術館
同時開催展で楽しむ、蒔絵と茶道具の取り合わせ
展示室5で同時開催中の「うた、ものがたりと蒔絵」では、和歌や古典文学、謡曲を主題とした漆芸作品が紹介されています。
盛唐の詩人・李白の漢詩を題材にした《瀧山水蒔絵硯箱》は、蓋表に断崖を流れ落ちる滝と水車が精巧な蒔絵であらわした名品。滝の部分には水銀が仕込まれており、傾けるとその流れによって水車が回転するという驚くべき仕掛けが施されています。

《瀧山水蒔絵硯箱》 日本・江戸時代 18世紀 根津美術館
硯箱の表(蓋)に、空を見上げる人物と一羽の鳥(カササギ)が描かれた《鵲蒔絵硯箱》は、大伴家持が詠んだ『新古今和歌集』の有名な歌「かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける」を題材にしていると考えられます。

(右)《鵲蒔絵硯箱》飯塚桃葉(初代)作 日本・江戸時代 18世紀 根津美術館
続く展示室6「涼一味の茶」では、蒸し暑い季節に涼をもたらす茶道具の取り合わせが楽しめます。水辺の涼しさを連想させる舟形の花入や、コバルトブルーで文様を描いた染付、口が大きく開いた水指など、目にも涼やかな夏の道具が清々しい空間を演出しています。

展示室6「涼一味の茶」展示風景
ミュージアムショップでは、重要文化財の茶入に使われた名物裂「珠光緞子」の仕覆裂を、現代の技術で再現したシリーズに、新商品の「ぷち袋」が仲間入り。バッグに入れて持ち歩きやすいサイズで、鑑賞の記念やお土産にぴったりです。

新商品の「ぷち袋」
美術の中の文字の意味や背景を知ることで、作品に込められた人々の思いや制作の裏側が浮かび上がります。古美術は難しそうと思っている人にこそ、おすすめの展覧会です。名品に込められた意味をひもときながら、謎解きのような鑑賞体験を楽しんでみてはいかがでしょうか。
【開催概要】
展覧会名:企画展「はじめての古美術鑑賞 -美術のなかの文字」
会期:2026年5月30日(土)~7月12日(日)
会場:根津美術館 展示室1・2
開館時間:午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
休館日:毎週月曜日
入館料:オンライン日時指定予約 一般1400円、学生(大学生以上)600円、高校生以下無料(要証明)
公式ホームページ:https://www.nezu-muse.or.jp/