東京都渋谷区の山種美術館にて、開館60周年記念特別展1「川合玉堂 ―なつかしい日本の情景―」が2026年5月16日から7月26日まで開催されています。
明治から昭和にかけて活躍し、文化勲章を受章した日本画家・川合玉堂(1873-1957)は、日本の山河をこよなく愛し、そこに暮らす人々を情感豊かに描き続けました。
本展では玉堂の初期から晩年までの名作が一堂に会し、その画業の変遷をたどります。

第1章 研鑽の時代 ―明治期
愛知県に生まれ岐阜で育った玉堂は、京都で円山・四条派に入門して絵画の基礎を学びました。後に上京して橋本雅邦に師事し狩野派の様式を修得します。
10代の頃の《写生画巻》には、オシドリの羽毛一本一本や動物の姿が丹念に描かれており、若き日から自然観察と写生に熱心に取り組んでいたことが伝わってきます 。

川合玉堂《写生画巻》 1888(明治21)年 玉堂美術館
画業初期の記念碑的な作品《鵜飼》では、狩野派特有の力強い岩の描写と、円山・四条派で学んだ写実的な空間構成が見事に融合しています。伝統的な山水画から近代的な風景画へと新たな一歩を踏み出した意欲作です 。

川合玉堂《鵜飼》 1895(明治28)年 山種美術館
玉堂の表現力は、特定の流派の枠に収まることなく、多様な技法を柔軟に吸収することでさらに豊かになりました。
《朝江炊煙》では、輪郭線を用いずに墨の濃淡のみで空間や質感を表現する「没骨(もっこつ)」技法が用いられています。あえて輪郭線をなくすことで、川面に立ち上る朝霧や、日本特有の湿潤な空気、そして朝の光を情緒たっぷりに捉えています。
《朝江炊煙》では、輪郭線を用いずに墨の濃淡のみで空間や質感を表現する「没骨(もっこつ)」技法が用いられています。あえて輪郭線をなくすことで、川面に立ち上る朝霧や、日本特有の湿潤な空気、そして朝の光を情緒たっぷりに捉えています。
川合玉堂《朝江炊煙》 1903(明治36)年 玉堂美術館
第2章 玉堂芸術の確立 ―大正から戦中期
川合玉堂《紅白梅》 1919(大正8)年頃 玉堂美術館大正期に入ると、玉堂は琳派の研究に熱心に取り組みます。その成果を象徴するのが、金地を背景にした大作《紅白梅》です 。
尾形光琳の作品を意識しつつも、手前に白梅、奥に紅梅を配置して遠近感を生み、枝先には愛らしい鳥を配するなど、琳派の装飾性を活かしつつ、現実の自然を見つめる玉堂ならではの温かな眼差しが感じられます。
尾形光琳の作品を意識しつつも、手前に白梅、奥に紅梅を配置して遠近感を生み、枝先には愛らしい鳥を配するなど、琳派の装飾性を活かしつつ、現実の自然を見つめる玉堂ならではの温かな眼差しが感じられます。
昭和初期にかけて、玉堂は古典の筆法と写実的な空間表現を極めて高いレベルで融合させます。《石楠花》では、手前の石楠花と岩場を力強い輪郭線で描き、背後の残雪の連峰を薄い墨で表現することで、まるで山中を歩いているかのような臨場感を生み出しました 。

川合玉堂《石楠花》 1930(昭和5)年 山種美術館
やがて玉堂の描く風景はより優しく、まさに「なつかしい日本の情景」と呼ぶにふさわしい世界へと深化していきます。
春の風を感じながら渡舟が行き交う《春風春水》などに描かれた古き良き日本の原風景は、見る者の郷愁を誘い、日本の自然の美しさを改めて気づかせてくれます。
春の風を感じながら渡舟が行き交う《春風春水》などに描かれた古き良き日本の原風景は、見る者の郷愁を誘い、日本の自然の美しさを改めて気づかせてくれます。
昭和の戦中期へと突入すると、玉堂の作品にも戦争の影が色濃く反映されるようになります。
出征する人へ武運長久を祈って贈られたとされる《虎》や、文部省戦時特別美術展に出品された《荒海》などの作品からは、画家の祈りや当時の時代背景が透けて見えます。
出征する人へ武運長久を祈って贈られたとされる《虎》や、文部省戦時特別美術展に出品された《荒海》などの作品からは、画家の祈りや当時の時代背景が透けて見えます。
川合玉堂《荒海》 1944(昭和19)年 山種美術館、川合玉堂《虎》 1943-45(昭和18-20)年頃 山種美術館
戦火が激しくなった昭和19(1944)年、玉堂は東京を離れて奥多摩へと疎開しました。
翌年に描かれた《早乙女》は、農村でひたむきに田植えをする女性たちの姿を捉えた玉堂の代表作の一つです。俯瞰的な構図や、畔道の描写には琳派の影響が見られ、厳しい戦時中であっても、自然と調和して働く人々の姿が清々しく表現されています。
第3章 画業の円熟 奥多摩時代 ―戦後
玉堂は奥多摩の自然と人情を深く愛し、昭和32(1957)年に83歳で没するまでこの地で創作を続けました。
昭和21(1946)年の《朝晴》は、朝の清々しい光が山肌を照らす風景を描いた作品です。山道を進む馬と人物が点景として小さく配されており、戦後の新しい時代の始まりを告げるような、晴れやかな空気感に満ちています。
川合玉堂《朝晴》 1946(昭和21)年 山種美術館
豊かな自然の中に身を置き制作を続けたことで、玉堂は以前にも増して、人々の姿を風景の一部として捉え、自然と人間が穏やかに調和する世界を描くようになりました。
《渓雨紅樹》では、鮮やかに色づいた紅葉の中に小さく描かれた人物がアクセントになり、雨の音まで聞こえてくるような叙情性を生んでいます。

川合玉堂《渓雨紅樹》 1946(昭和21)年 山種美術館
会場では、家族や同時代の画家たちとの交流を示す作品も紹介されています。
山種美術館の創立者である山﨑種二は、玉堂の作品だけでなくその人柄にも惹かれ、親しく交流していました。食糧難の時代、種二が疎開先へお米を届けたことに対する玉堂の丁寧な礼状も今回展示されています。
《松竹梅》は、横山大観、川端龍子、玉堂という当時の日本画壇を代表する三巨匠の豪華な合作です。種二の希望により実現したこの企画で、玉堂は「竹」を担当しました。
昭和初期のフィギュアスケーター稲田悦子をモデルにした《氷上(スケート)》や、猫やウサギといった動物を描いた作品からは、玉堂の意外な関心事や親しみやすい人柄が伝わってきます。
展覧会限定の和菓子と記念グッズ
鑑賞後は、館内の「Cafe 椿」に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。ここでは青山の老舗「菊家」が本展のために制作した、展示作品をモチーフにしたオリジナル和菓子5種類が味わえます。
《早乙女》を表現した「田植え歌」や、《荒海》の力強い波しぶきを模した「しらなみ」、《石楠花》の美しい姿をモティーフにした「山に咲く花」など、作品の余韻を視覚と味覚の両方で楽しむことができます。
《早乙女》を表現した「田植え歌」や、《荒海》の力強い波しぶきを模した「しらなみ」、《石楠花》の美しい姿をモティーフにした「山に咲く花」など、作品の余韻を視覚と味覚の両方で楽しむことができます。


また、ミュージアムショップでは、出品作品全76点が掲載された図録のほか、《早乙女》や《春風春水》をデザインしたクリアファイル、絵はがきなどのオリジナルグッズが豊富に揃っています。うちわや一筆箋、てぬぐいなど、和の趣を感じるアイテムも充実しています。
また美術館が2026年7月7日に開館60周年を迎えることを記念し、7月7日から7月12日までの期間、当日の来館者に先着順で同館所蔵の重要文化財・竹内栖鳳《班猫》をモチーフにしたオリジナルの皮革製ノベルティがプレゼントされます。詳細は美術館公式ホームページをご確認ください。
玉堂が亡くなった際、日本画家の鏑木清方は「日本の自然が、日本の山河がなくなってしまったように思う」と嘆きました。その言葉どおり、玉堂の作品にはどこか懐かしい日本の情景が息づいています。自然と人間が調和する玉堂の作品を通して、古き良き日本の原風景に出会ってみてはいかがでしょうか。
【開催概要】
展覧会名:開館60周年記念特別展1「川合玉堂 ―なつかしい日本の情景―」
会期:2026年5月16日(土)~7月26日(日)
会場:山種美術館
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日[7月20日(月・祝)は開館、7月21日(火)は休館]
入館料:一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料
公式ホームページ:https://www.yamatane-museum.jp/










