東京・竹橋の東京国立近代美術館で、2025年12月16日から「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」が開催されています。
本展は、1950年代から60年代にかけて日本の前衛美術の領域で活躍した14名の女性美術家に焦点を当て、その活動を「アンチ・アクション」という新たな視点から見直す画期的な試みです。
単なる「忘れられた女性作家の再評価」にとどまらず、彼女たちが当時の男性中心的な美術の潮流といかに向き合い、独自の表現を切り拓いたかを約100点の作品を通して検証します。
本展は、1950年代から60年代にかけて日本の前衛美術の領域で活躍した14名の女性美術家に焦点を当て、その活動を「アンチ・アクション」という新たな視点から見直す画期的な試みです。
単なる「忘れられた女性作家の再評価」にとどまらず、彼女たちが当時の男性中心的な美術の潮流といかに向き合い、独自の表現を切り拓いたかを約100点の作品を通して検証します。
本展の根幹をなすテーマは、戦後美術史における「アクション」と「ジェンダー」の問題です。
1950年代、フランスから「アンフォルメル(非定形)」という抽象芸術運動が日本に流入し、旋風を巻き起こしました。当初は女性美術家も前衛の領域で注目されましたが、続いてアメリカから「アクション・ペインティング」という概念が導入されると、状況が一変します。
当時の批評家たちの視線は、絵具を激しく叩きつけるような、豪快で力強い男性的な表現に集まりました。その結果、繊細な試行錯誤や異なるアプローチを行っていた女性美術家たちは、批評の対象から外されていくことになります。
本展のタイトルにある「アンチ・アクション」とは、ジェンダー研究の視点から美術史を見直す中嶋泉氏(本展学術協力、大阪大学大学院人文学研究科准教授)が提案した言葉です。それは、単にアクションに反対するということではありません。「アクション」一辺倒の時代にあって、それとは異なる方法で応答し、独自の表現を貫いた女性たちの創作そのものを指しています。
会場では、男性中心の評価軸によって見過ごされてきた、彼女たちの豊かな「応答と挑戦」の軌跡をたどることができます。
会場では、男性中心の評価軸によって見過ごされてきた、彼女たちの豊かな「応答と挑戦」の軌跡をたどることができます。
反復と集積による独自の画面構築――草間彌生、福島秀子、榎本和子
激しい筆致で感情を爆発させるような「アクション」に対し、緻密な反復や直接筆で描かない間接的な技法によって画面をつくりあげた作家たちがいます。
現在、国際的に最も知られる日本人女性美術家の一人である草間彌生(1929-)は、単一の網目模様で画面を埋め尽くす「ネット・ペインティング」で、「アクション」の対極にある表現を確立しました。会場では、網目が増殖するネット・ペインティングの作品のほか、立体作品も紹介されています。
実験工房のメンバーとして活動した福島秀子(1927-1997)は、「描く」という行為に疑問を抱き、空き缶や日用品をスタンプのように画面に「捺す(おす)」という独自の手法を確立しました。
《ホワイトノイズ》などの作品群では、反復的な行為によって生み出された円形のモチーフが画面を覆い尽くし、リズミカルでありながらもどこか非人間的な、クールな視覚世界を構築しています 。

福島秀子の作品、(右) 《ホワイトノイズ》1959 栃木県立美術館

福島秀子の作品、(右) 《ホワイトノイズ》1959 栃木県立美術館
福島秀子と交流のあった榎本和子(1930-2019)は、ワックスを引いた紙に絵具を塗ったあと、刷毛や爪で跡を付け、それを画面において擦り付ける「擦る(こする)」技法や、版画のような手法を絵画に取り入れました。《断面(I)》(1951)のような幾何学的で構築的な作品に加え、様々な素材を用いた実験的な表面処理を行うことで、作者の手の跡を消し去り、物質そのものの表情を引き出しています。

榎本和子の作品、(左) 《断面(I)》1951 板橋区立美術館
新素材や手法への挑戦――田中敦子、白髪富士子、山崎つる子
前衛美術グループ「具体美術協会」に参加した女性たちも、既存の絵画の枠にとらわれない素材や手法を用いました。
「電気服」で知られる田中敦子(1932-2005)ですが、平面作品においてもその才能は遺憾なく発揮されました。《地獄門》(1965-69)や《Work 1963 B》(1963)のように、合成樹脂塗料を用いた作品群は、無数の円とそれらを繋ぐ線が絡み合い、まるで電気回路や神経網のような複雑な様相を呈しています。

《地獄門》田中敦子 1965-69 国立国際美術館 ⒸKanayama Akira and Tanaka Atsuko Association
白髪富士子(1928-2015)は、夫である白髪一雄の制作を支えたことでも知られますが、彼女自身も先鋭的な作品を残しています。彼女は、和紙やガラスといった壊れやすい素材や、危険な素材を大胆に使用しました。大きな板をのこぎりで切断し再構成した《白い板》(1955/1985)や、画面にガラス破片を塗り込めた《作品 No.1》(1961)などの作品は、破壊的な要素を含みながらも、強い存在感を放っています。

(左から)《作品 No.1》 白髪富士子 1961 高松市美術館、《白い板》 白髪富士子 1955/1985 兵庫県立美術館(山村コレクション)
山崎つる子(1925-2019)は、戦後の都市にあふれ出した新しい素材を積極的に取り入れた作家です。《作品》(1964)や《作品》(1957/2001)に見られるように、彼女はブリキ缶やビニールシート、工業用染料といった素材を大胆に取り入れました。
支持体の物質感を隠すことなく、鮮烈な色彩と光の反射を用いた彼女の作品は、重厚な芸術の世界に軽快な日常感覚を持ち込み、独自のポップな世界観を提示しています。
支持体の物質感を隠すことなく、鮮烈な色彩と光の反射を用いた彼女の作品は、重厚な芸術の世界に軽快な日常感覚を持ち込み、独自のポップな世界観を提示しています。

《作品》山崎つる子 1964 芦屋市立美術博物館 ⒸEstate of Tsuruko Yamazaki, courtesy of LADS Gallery, Osaka and Take Ninagawa, Tokyo

山崎つる子の作品、(左)から《作品》1963 兵庫県立美術館(山村コレクション)、 《作品》1962 兵庫県立美術館(山村コレクション)、 《作品》 1957/2001 芦屋市立美術博物館 ⒸEstate of Tsuruko Yamazaki, courtesy of LADS Gallery, Osaka and Take Ninagawa, Tokyo
産業・労働・社会への眼差し――多田美波、田部光子、宮脇愛子
高度経済成長期、生活空間にはプラスチックなどの新素材が登場しました。
多田美波(1924-2014)は、アルミニウムやアクリルといった工業素材を用い、光と空間をテーマにした立体作品を手がけました。《周波数 37303055MC》(1963)などの「周波数」シリーズは、光を乱反射させ周囲の環境を取り込みます。
また、初期の絵画作品《変電所》(1956、1958)や、炭鉱を取材したレリーフのための原画《炭鉱》(1957)など、産業やエネルギーへの関心を示す作品も展示されています。
また、初期の絵画作品《変電所》(1956、1958)や、炭鉱を取材したレリーフのための原画《炭鉱》(1957)など、産業やエネルギーへの関心を示す作品も展示されています。

多田美波の作品
田部光子(1933-2024)は、、前衛美術グループ「九州派」のメンバーとして活動し、生活者の視点や女性性を強く意識した作品を制作しました。
《作品》(1962)では、無数のピンポン玉を配置し、その一部に家事労働を想起させるアイロンの焦げ跡を花びらのように施すことで、日常生活に根ざした女性の労働や役割を暗示しています。
《作品》(1962)では、無数のピンポン玉を配置し、その一部に家事労働を想起させるアイロンの焦げ跡を花びらのように施すことで、日常生活に根ざした女性の労働や役割を暗示しています。

田部光子の作品
宮脇愛子(1929-2014)は、変化する光や空間そのものを素材として扱いました。真鍮のパイプを並べた《作品》(1967)や《作品》(1968)は、見る角度によって表情を変え、素材の物質感を超えた視覚体験をもたらします。
油彩画では、絵具に大理石の粉を混ぜて絵肌の変化を追求した作品なども手がけており、常に新しい表現を模索し続けた姿勢が見て取れます。

油彩画では、絵具に大理石の粉を混ぜて絵肌の変化を追求した作品なども手がけており、常に新しい表現を模索し続けた姿勢が見て取れます。

形象から抽象へ、内なる空間の探求――芥川紗織、毛利眞美
社会的な「アクション」とは距離を置き、抽象的な表現の中に、自身の内面や神話的なイメージを投影した作家たちの作品も見逃せません。
芥川(間所)紗織(1924-66)は、女性像や神話を主題とした「ろうけつ染め」による染色作品で50年代に脚光を浴びました。
しかし、当時の日本美術界のアンフォルメル旋風に違和感を抱き、渡米を決意します。
アメリカでグラフィックデザインと抽象表現を学び直した彼女は、油彩による鮮烈な抽象画へと作風を一変させました。
《スフィンクス》(1964)などの作品は、人間の体を簡略化したような力強いフォルムや架空の生物が画面いっぱいに広がり、原始的なエネルギーを放っています。
しかし、当時の日本美術界のアンフォルメル旋風に違和感を抱き、渡米を決意します。
アメリカでグラフィックデザインと抽象表現を学び直した彼女は、油彩による鮮烈な抽象画へと作風を一変させました。
《スフィンクス》(1964)などの作品は、人間の体を簡略化したような力強いフォルムや架空の生物が画面いっぱいに広がり、原始的なエネルギーを放っています。

芥川(間所)紗織の作品、(右端)《スフィンクス》芥川(間所)紗織 1964 東京国立近代美術館
毛利眞美(1926-2022)は、初期にはキュビスムの影響を受けた人体表現を行っていました。やがて色彩とマチエール(画肌)による表現へと移行しますが、妊娠を機に一度筆を折ることになります。
《無題》(c.1950-55)や、その後の抽象化が進んだ作品群では、具体的な姿は消え失せ、色彩と筆触によって女性の身体感覚や内面性が抽象的に浮かび上がっています。
《無題》(c.1950-55)や、その後の抽象化が進んだ作品群では、具体的な姿は消え失せ、色彩と筆触によって女性の身体感覚や内面性が抽象的に浮かび上がっています。

毛利眞美の作品
自然・宇宙・無への思索――江見絹子、赤穴桂子、田中田鶴子
自然界や根源的なテーマに向き合い、深遠な絵画空間を創出した作家たちもいます。
江見絹子(1923-2015)は、自然や洞窟壁画からインスピレーションを受け、絵具の物質感を探求しました。自作の絵具層を剥がして再利用したり、執拗に絵具の層を重ねたり削ったりすることで、複雑なテクスチャーを持つ画面を作り出しています。
《作品R》(1960)、《作品》(1961)などの作品は、壁のような重厚さと、光が透けるような透明感をあわせ持ち、観る者を奥深い世界へと誘います。
《作品R》(1960)、《作品》(1961)などの作品は、壁のような重厚さと、光が透けるような透明感をあわせ持ち、観る者を奥深い世界へと誘います。

江見絹子の作品、(左から)《作品 R》1960 国立国際美術館、《作品》1961 奈良県立美術館 、《淵(Abyss)》1960 奈良県立美術館
赤穴(あかな)桂子(1924–98)は、初期には《スペースに於ける物体》(1958)に代表されるように、黒い物体を通して「穴」や「虚空」を表現しました。1960年代に入ると、キャンバスに実際に穴をあけたり切り裂いたりするなど、より実験的なアプローチへと展開していきます。
本展では、これまで紹介される機会の少なかった初期作品に加え、リサーチの過程で発見された未発表作品も展示されています。
本展では、これまで紹介される機会の少なかった初期作品に加え、リサーチの過程で発見された未発表作品も展示されています。

赤穴桂子の作品
《無》というタイトルが示す通り、田中田鶴子(1913-2015)の作品は、東洋的な「無」の思想と抽象表現の融合を感じさせます。激しい筆致を抑え、画面全体を覆うような色彩の広がりは、無限の空間を想起させます。

(左から)《無》 田中田鶴子 c.1961 奈良県立美術館、《無 II》田中田鶴子 1960 東京国立近代美術館
展覧会オリジナルグッズにも注目
本展の公式図録には、展示作品の図版に加え、本展学術協力者の中嶋泉氏による書き下ろし論考などが収録され、当時の美術の趨勢を深く知るための一冊となっています。

また、展覧会オリジナルグッズも充実しています。山崎つる子、田中敦子の色鮮やかな作品があしらわれたTシャツやトートバッグ、さらにクリアファイルやポストカードなど、日常で使えるアイテムも揃っています。


また、展覧会オリジナルグッズも充実しています。山崎つる子、田中敦子の色鮮やかな作品があしらわれたTシャツやトートバッグ、さらにクリアファイルやポストカードなど、日常で使えるアイテムも揃っています。

会場では、「アンチ・アクション」のコンセプトを一望できる年表が掲示されているほか、本展に関わる様々なトピックを紹介するガイドも配布されています。これらを手がかりにすることで、個々の作品の魅力だけでなく、作家たちが生きた時代の空気や、彼女たちが直面した課題を多面的に理解することができるでしょう。

年表のシート
これまで語られてこなかった「彼女たち」の作品が、一堂に会して共鳴し合う本展は、美術史の新たな視点を提示してくれます。ぜひ会場で、その多様な表現とエネルギーを体感してみてください。
【開催概要】
展覧会名:アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦
会期:2025年12月16日(火)~2026年2月8日(日)
会場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
開館時間:10:00~17:00(金曜・土曜は10:00~20:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし1月12日は開館)、1月13日
観覧料:一般2,000円(1,800円)、大学生1,200円(1,000円) ※( )内は20名以上の団体料金。
高校生以下および18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。
高校生以下および18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。
展覧会ウェブサイト:https://www.momat.go.jp/exhibitions/566

