泉屋博古館東京(東京・六本木)にて、2025年12月21日(日)まで、企画展「もてなす美 ―能と茶のつどい」が開催されています。

チラシ
本展は、住友家第15代当主・住友春翠(しゅんすい)を中心に、歴代の当主たちが客人をもてなすために収集した能道具や茶道具の数々を紹介する展覧会です。
東京では約20年ぶりにまとまった形で公開される住友コレクションの能装束をはじめ、春翠と親交の深かった能楽師・大西亮太郎ゆかりの品々が一堂に会します。
展示風景 1章
第1章展示風景

※会場内の写真は、美術館の許可を得て撮影したものです。

第1章「住友コレクションの能装束」
第1章では、泉屋博古館東京が所蔵する約100点の能装束コレクションの中から、選りすぐりの作品が展示されています。

金銀糸や色糸をふんだんに用い、能装束のなかでももっとも豪華絢爛な美しさを見せるのが唐織です。主に女性役の表着として着装されます。地色や模様に紅色が含まれているか否かによって、「紅入り」「紅無し」の区別があり、前者は若い女性役、後者は老女役に用いられます。
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(左から)《紅茶段卍字繋鉄線藤模様唐織》、《紅白萌黄段青海波笹梅枝垂桜模様唐織》、《紅白萌黄段菊唐草菊波模様唐織》 いずれも江戸時代・18世紀 泉屋博古館東京

能装束のなかでも、もっとも威儀を正した姿を表す装束が狩衣です。裏地をつけた袷(あわせ)と、つけない単(ひとえ)の二種類があり、袷狩衣は大臣や貴人、神体、天狗などの役に、単狩衣は雲上人や草木の精の役に用いられます。
本作は、明治45年(1912)に、大西亮太郎の取り次ぎで春翠が購入した能装束のうちの1領です。
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《白地松青海波模様袷狩衣》江戸時代・18世紀 泉屋博古館東京

法被(はっぴ)は、能装束のなかでももっとも武張った性格の装束です。袷と単とがあり、前者は鬼神や勝修羅(戦に勝った武将を主人公とする演目)の武将、天狗などの荒々しい役に、後者は平家の公達の武将役などに用いるとされます。
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《紺地唐花七宝繋模様袷法被》 江戸時代・19世紀 泉屋博古館東京

表着(うわぎ)の下に着る着付にも、贅沢な品々が並びます。
武将や神、鬼神など、男性の役柄の装束である厚板は、着装時には狩衣や法被、長絹、水衣などの表着の下に着る着付として用いられます。
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(左)《白紫段海松貝四菱唐花丸模様厚板》 江戸時代・17世紀 泉屋博古館東京

また、縫箔(ぬいはく)は、型紙を使用して金銀の箔を貼り付けて模様を表す摺箔と、刺繍の技法を併用した装束です。
女性の役柄で身に着ける場合には、袖を通さず腰に巻き付けて着装しますが、男性の役柄の場合には着付として用いることもあります。こんなに豪華なものを下に着てしまうのは少しもったいないような気もしますが、これこそが能装束の奥深さともいえるでしょう。
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《紅白浅葱段松原霞波模様縫箔》 江戸時代・18世紀 泉屋博古館東京

半切(はんぎり)は袴類のひとつで、金襴などの生地で仕立てられたものです。鬼神や武将などの役柄で着用されます。
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(手前右から)《紺地唐花立鼓雲菱千切模様半切》、《紅地山道龍丸模様半切》 いずれも江戸時代・19世紀 泉屋博古館東京

第2章「もてなす『能』―住友家の演能と大西亮太郎ゆかりの能道具」
第2章では、住友家と能の深い関わりが紐解かれます。

春翠が能面や能装束といった道具類の収集をはじめるにあたり、最初に手に入れたのが、《白色尉》です 。これは能の演目のなかでも別格である「翁」で用いられる神聖な面で、やさしく笑みを浮かべた穏やかな表情を見せています。
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手前ガラスケース内、《白色尉》 桃山時代・16世紀 泉屋博古館東京(展示室①に展示)

長絹(ちょうけん)は、絽や紗といった透け感のある地に、金糸や色糸で模様を表した単の表着で、主として舞を舞う場面で用いられます。
本作は、春翠主催の謡会にて、自ら「杜若」のキリを舞った際に、身につけたと考えられる品です。
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《紫地鉄線唐草模様長絹》 江戸時代・19世紀 泉屋博古館東京(展示室①に展示)

春翠の能の師であり、コレクション形成に大きく寄与した大西亮太郎ゆかりの品も並びます。
《武蔵野蒔絵面箪笥》は、西本願寺大谷家伝来の面箪笥。大正2年(1913)の売立に出され、大西亮太郎の取り次ぎで春翠が購入したものです。
ほかにも楽器類や能面など、大西の確かな審美眼と春翠の熱意が結実したコレクションが並んでいます。
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第2章展示風景より、(左)《武蔵野蒔絵面箪笥》 江戸時代・18世紀 泉屋博古館東京

第3章「茶の湯の友―住友春翠と大西亮太郎」
第3章では、住友コレクションに伝わる茶道具のなかから、亮太郎が参加した茶会で用いられ、ふたりの交遊をいろどった品々が紹介されています。
大西亮太郎が参加した茶会は、大正7年(1918) 10月28日、大正8年(1919)2月27日、大正9年(1920) 2月26日の記録が残っています。
ここでは、大正7年10月28日の茶会を中心に、その流れに沿って道具を見ていきましょう。

茶会はまず寄付(待合室)から始まります。露地の腰掛を経て、茶室での初座(炭点前)へと進みます。
初座の床には秋の終わりを惜しむ和歌が掛けられました。茶席の中心となる釜には、虫食いと呼ばれる意図的に施された穴が虫の音を連想させる《古天明日の丸釜 銘 時津風》などが用いられ、秋の深まりを聴覚的にも演出しています。
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第3章展示風景より、(左)《古天明日の丸釜 銘 時津風》 江戸時代・17世紀 泉屋博古館東京

中立ちを挟んで、メインとなる後入(濃茶席)へ移ります。
ここでは秋の風情を感じさせる取り合わせがなされました。床には千宗旦作と伝わる《竹一重切掛花入 銘 しぐれ》が掛けられ、季節の花が生けられました。
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第3章展示風景より、(左)千宗旦《竹一重切掛花入 銘 しぐれ》 江戸時代・17世紀 泉屋博古館東京

茶入には、琵琶湖の浜にちなんだ銘を持つ《瀬戸肩衝茶入 銘 打出》が用いられ、これに合わせて《小井戸茶碗 銘 筑波山》が取り合わされました。水辺の寄付から山上の茶室へと客を招く、茶会の空間構成を暗示するような見事な趣向です。
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(左から)《瀬戸肩衝茶入 銘 打出》 江戸時代・17世紀 泉屋博古館東京、《小井戸茶碗 銘 筑波山》 朝鮮時代・16世紀 泉屋博古館東京

続く広間での薄茶席では、《霰蒲団釜》にあしらわれた霰文が冬の訪れを告げ、「初霜」との銘をもつ茶杓と相まって、去りゆく秋と訪れる冬の気配が見事に調和した席となりました。
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(左)宮崎寒雉《霰蒲団釜》 江戸時代・17世紀後半 泉屋博古館東京

大正8年(1919)2月27日の茶会では、広間で《椿蒔絵棗》が用いられました。あらかじめ酒井抱一がこの棗の下絵を描いて送った書状を寄付に掛け、最後に実物を披露するという、洒落た演出が行われました。
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原羊遊斎《椿蒔絵棗》 江戸時代・19世紀 泉屋博古館東京

大正9年(1920)2月26日の茶会では、書院の床に冬枯れの水辺から飛び立つ白鷹を描いた掛軸が掛けられました。花入として谷桑(総桜)と牡丹を生けた中国古代の青銅器が添えられ、春の到来を願う、季節感ある取り合わせが演出されました。
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(上)狩野常信《白鷹捕鴨図》 江戸時代・17~18世紀
(下左)《饕餮文觚》 殷後期・前12世紀、(下右)作者不詳《唐子図螺鈿長方盆》 明時代・16~17世紀 いずれも泉屋博古館

テーマ展示:「染織品と金属」
最後の展示室では、「染織品と金属」という興味深いテーマ展示が行われています。着物をはじめとする染織品は、一見金属とは無縁に思えますが、実は金襴や摺箔など、多くの金属が使われています。
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《紅浅葱黒紅段松皮菱地扇子夕顔花熨斗模様唐織》 江戸時代・18世紀 泉屋博古館東京

また、住友金属鉱山株式会社が開発した新素材を用いたジャケットが展示され、現代における金属と衣服の新たな可能性についても紹介されています。

約20年ぶりに一堂に会した能装束の数々と、茶道具の取り合わせを通じて、住友家の当主たちが客人に尽くした「もてなしの心」を追体験できる展覧会です。
展示を通して、「もてなす」という行為に込められた美意識と、そこから育まれた豊かな交流の物語に触れてみてはどうでしょうか。
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泉屋博古館東京外観

【開催概要】
展覧会名:もてなす美 ―能と茶のつどい
会期:2025年11月22日(土)〜2025年12月21日(日)
会場:泉屋博古館東京(東京都港区六本木1-5-1)
開館時間:11:00〜18:00(金曜は19:00まで開館、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日
入館料:一般1,200円、学生600円、中学生以下無料
公式ホームページ: https://sen-oku.or.jp/tokyo/