国立西洋美術館にて、2026年2月15日まで、「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」が開催されています。

印象派といえば、多くの人が戸外の光の中で描かれた風景画を思い浮かべるかもしれません 。しかし画家たちは、都市や近郊の生活風景とともに、室内を舞台とする作品も多く手がけました。
本展は、これまであまり光が当てられてこなかった「室内」というテーマに焦点を当て、印象派のもうひとつの魅力に迫る注目の展覧会です。

会場入口
印象派の殿堂として知られるオルセー美術館の傑作約70点を中心に、国内外の重要作品を加えたおよそ100点が一堂に会します。同館の印象派コレクションがこの規模で来日するのは、およそ10年ぶりとなります。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《大きな裸婦》1907年 オルセー美術館、パリ
室内空間が物語る人物の姿
第1章「室内の肖像」では、印象派の画家たちにとって重要な表現手段であった肖像画を取り上げます。彼らは、室内空間を巧みに生かして、人物の社会的背景や地位、職業、知的関心までも表わそうと試みました。
第1章「室内の肖像」では、印象派の画家たちにとって重要な表現手段であった肖像画を取り上げます。彼らは、室内空間を巧みに生かして、人物の社会的背景や地位、職業、知的関心までも表わそうと試みました。
マネの《エミール・ゾラ》は、自身の作品を擁護した批評家ゾラへの感謝を込めて制作された肖像画です。小説家の知的なたたずまいを捉えるだけでなく、背景にマネの《オランピア》や浮世絵版画などが描かれ、当時のジャポニスムの流行も伝えています。

エドゥアール・マネ《エミール・ゾラ》1868年 オルセー美術館、パリ
《バジールのアトリエ(ラ・コンダミンヌ通り)》では、バジールがルノワールと共有したアトリエの様子が生き生きと描かれ、当時の芸術家たちの交流や彼らの芸術的志向をかいま見ることができます。

フレデリック・バジール《バジールのアトリエ(ラ・コンダミンヌ通り)》1870年 オルセー美術館、パリ
日本初公開!ドガ《家族の肖像》が物語るもの
そして、本展で日本初公開となるのが、ドガの傑作《家族の肖像(ベレッリ家)》です。
イタリアに亡命中の叔母一家を描いたこの大作は、一見穏やかな家族の肖像でありながら、人物の服装や視線、距離感に鋭い人間観察がうかがえ、家族の内に秘められた緊張感が見事に表現されています。
イタリアに亡命中の叔母一家を描いたこの大作は、一見穏やかな家族の肖像でありながら、人物の服装や視線、距離感に鋭い人間観察がうかがえ、家族の内に秘められた緊張感が見事に表現されています。

エドガー・ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》1858 – 1869年 オルセー美術館、パリ
裕福な依頼主のためのフォーマルな肖像画では、最新のファッションや上質な家具・調度品が小道具のように添えられ、モデルの洗練された趣味と高い社会的地位がうかがえます。
この章では、子どもを中心に描いた、近代的な家族観が表れた作品も紹介されています。
この章では、子どもを中心に描いた、近代的な家族観が表れた作品も紹介されています。

(左から)エミール=オーギュスト・カロリュス=デュラン《母と子(フェドー夫人と子どもたち)》1897年 国立西洋美術館、東京(松方コレクション)、
フェルディナン・アンベール《グールゴー男爵夫人と息子》1889年 オルセー美術館、パリ
フェルディナン・アンベール《グールゴー男爵夫人と息子》1889年 オルセー美術館、パリ
親密な時間へのまなざし
第2章「日常の情景」では、画家たちが捉えた人々の何気ない日常の姿が紹介されます。
印象派の画家たちは、読書や手仕事、音楽の演奏といった、家庭でのくつろいだ時間の情景を数多く描きました。特にピアノの演奏は、家庭の文化的ステータスを示す画題として好まれました。
印象派の画家たちは、読書や手仕事、音楽の演奏といった、家庭でのくつろいだ時間の情景を数多く描きました。特にピアノの演奏は、家庭の文化的ステータスを示す画題として好まれました。
ルノワールの《ピアノを弾く少女たち》は、ピアノに向かう2人の少女の親密な雰囲気を、温かな色調と柔らかな筆致で描き出しています。
19世紀末には印象派も一定の評価を得つつあり、本作も国の要請によって制作されたものです。同じ構図の作品が6点知られていますが、その中でも本作が最終的に国家買い上げとなりました。
(左から)ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピアノを弾く少女たち》1892年 オルセー美術館、パリ、
トーネット兄弟社《両面譜面台》1873 – 1888年(原型)オルセー美術館、パリ
トーネット兄弟社《両面譜面台》1873 – 1888年(原型)オルセー美術館、パリ
マネの《ピアノを弾くマネ夫人》やドガの《マネとマネ夫人像》には、彼らが自宅で開いた音楽会のひとときが描かれています。
また、読書にふける少女を描いたルノワールや、読書の手を止めて物思いに沈む妻カミーユを描いたモネの室内画なども紹介されています。

(左から)エドゥアール・マネ《ピアノを弾くマネ夫人》1868年 オルセー美術館、パリ
エドガー・ドガ《マネとマネ夫人像》1868 – 1869年 北九州市立美術館
エドガー・ドガ《ロレンソ・パガンスとオーギュスト・ド・ガ》1871 – 1872年 オルセー美術館、パリ
第2章の後半では、よりいっそう私的な空間へと足を踏み入れます。
印象派の画家たちは、私室を舞台に新しい表現に挑みました。伝統的な裸婦像を参照しつつも、理想化を排し、生身の肉体のリアリティに迫ろうとしたのです。
印象派の画家たちは、私室を舞台に新しい表現に挑みました。伝統的な裸婦像を参照しつつも、理想化を排し、生身の肉体のリアリティに迫ろうとしたのです。
ルノワールも生涯にわたり裸婦を好んで描きました。《大きな裸婦》では、横たわる裸婦という古典的な主題を扱いながら、ふくよかな身体の量感と柔らかな質感を、調和のとれた色彩とともに、くつろいだ親密な雰囲気の中に描き出しています。
一方ドガは、《背中を拭く女》 など、女性の無防備な姿を鋭い観察眼で捉えました。
(左から)ピエール=オーギュスト・ルノワール《大きな裸婦》1907年 オルセー美術館、パリ
アルフレッド・ステヴァンス《入浴》1873 – 1874年 オルセー美術館、パリ
エドガー・ドガ《背中を拭く女》1888 – 1892年頃 国立西洋美術館、東京(梅原龍三郎氏より寄贈)
内と外をつなぐ空間
印象派の画家たちは、室内に差し込む光の効果や、窓の外に広がる自然にも注目しました。
第3章「室内の外光と自然」では、テラスやバルコニーといった、室内と屋外をつなぐ空間がどのように描かれたかを探ります。
第3章「室内の外光と自然」では、テラスやバルコニーといった、室内と屋外をつなぐ空間がどのように描かれたかを探ります。
《温室の中で》 は、明るい戸外からほの暗い温室へと足を踏み入れる妻の姿を描いた作品。夫人がまとっている当世風のサマードレスもあわせて展示されています。

(右から)アルベール・バルトロメ《温室の中で》1881年頃 オルセー美術館、パリ
《アルベール・バルトロメ夫人のドレス》1880年 オルセー美術館、パリ
花の静物画は、伝統的に室内を彩る自然の装飾として描かれてきました。
身近な題材であることから女性画家たちにも取り組みやすく、ヴィクトリア・デュブールのように名声を得た画家もいます。またセザンヌは、実験的な手法でこのジャンルに新たな展開をもたらしました。
身近な題材であることから女性画家たちにも取り組みやすく、ヴィクトリア・デュブールのように名声を得た画家もいます。またセザンヌは、実験的な手法でこのジャンルに新たな展開をもたらしました。

第3章展示風景より、(左)マリー・ルイーズ・ヴィクトリア・デュブール《花》1908年 国立西洋美術館、東京(松方コレクション)
ジャポニスムの影響
第3章の後半は「ジャポニスム」がテーマです。
印象派世代を巻き込んで展開したジャポニスムは、自然を最大の着想源として、斬新な装飾美術を生み出しました。
日本美術を参考にした陶磁器やガラスなどの装飾品、日本の屏風や掛け物が描かれた絵画からは、当時のフランスで流行した室内装飾の流行の一端をうかがうことができます。

アンリ・ランベール(絵付)、ウジェーヌ・ルソー(企画販売)「セルヴィス・ランベール=ルソー」より 平皿
アール・ヌーヴォーを代表する作家、エミール・ガレの《花挿:湖水風景》は、日本の扇を思わせる形態に、西洋風の風景と日本風のモティーフが独特な調和を見せています。
本展では、こうしたガラス作品や飾り皿、暖炉装飾がしつらえられた展示空間で、当時の室内の雰囲気を味わうことができます。
本展では、こうしたガラス作品や飾り皿、暖炉装飾がしつらえられた展示空間で、当時の室内の雰囲気を味わうことができます。

(手前)エミール・ガレ《花挿:湖水風景》1878年頃 オルセー美術館、パリ
暮らしを彩る装飾画
第4章「印象派の装飾」では、絵画の「装飾」としての側面に注目します。
19世紀後半、室内装飾に対する関心が高まり、印象派の画家たちも私邸や自宅を彩る装飾画に取り組みました。
マネとモネは、実業家エルネスト・オシュデのパリ近郊の別邸のための装飾画を、身近な主題と大胆な造形で描き出しています。

(左から)エドゥアール・マネ《花の中の子ども(ジャック・オシュデ)》1876年 国立西洋美術館、東京
クロード・モネ《七面鳥》1877年 オルセー美術館、パリ
ピサロの《収穫》は、フレスコ壁画を思わせる乾いた質感を出すためにテンペラ技法が用いられ、彼の装飾画への関心の高さがうかがえます。
さらに、ルノワールが構想した室内装飾用の置物も紹介されています。

(左から)ピエール=オーギュスト・ルノワール、リシャール・ギノ《置時計「生の賛歌」》1914年 オルセー美術館、パリ
カミーユ・ピサロ《収穫》1882年 国立西洋美術館、東京(松方幸次郎氏御遺族より寄贈、旧松方コレクション)
モネの「睡蓮」―室内で自然に没入する体験
室内に自然を取り込む試みは、壁面装飾という新たな芸術形式を生み出し、やがてパリのオランジュリー美術館「睡蓮の間」に代表されるような、室内にいながら自然へ没入できる空間の創出へと発展しました。
モネの油彩画にもとづく毛織物も展示され、「睡蓮」の装飾性が、織物の柔らかな質感と見事に調和している様子を見ることができます。

いずれもクロード・モネ《睡蓮》1913年 モビリエ・ナショナル(フランス国有動産管理局)、パリ
展覧会限定グッズも見逃せない
鑑賞の記念となるオリジナルグッズも充実しています。
ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》とルノワール《ピアノを弾く少女たち》の2種類の表紙が選べる展覧会図録は、全出品作の画像と解説、専門家の論文などを収録した充実の一冊です。

ドイツの伝統工芸織物ブランド「フェイラー」からは、ルノワール作品をデザインしたシュニール織ハンカチが、フランスのヘアアクセサリーブランド「アレクサンドル ドゥ パリ」からは、ドガ作品に着想を得た静謐なブルーのヴァンドームクリップが販売されます。ほかにも、老舗パティスリー「ラデュレ」の限定デザインボックス入り焼き菓子や、フランス流紅茶専門店「マリアージュ フレール」が本展のために創り上げたオリジナルブレンドティーなど、魅力的なアイテムが用意されています。

印象派の画家たちは、室内という限られた空間に、光や自然、そして自らの内面を映し出し、新たな絵画の可能性を切り拓きました。
身近な部屋や家族の中に、彼らがどれほど豊かで複雑な世界を見出していたのかを知ることで、私たちの日常の景色も少し違って見えてくるかもしれません。
オルセー美術館の名品とともに、印象派の奥深い世界を会場でぜひ体感してみてください。

(左から)トーネット兄弟社《寝椅子 No. 2》1887年以前(原型)オルセー美術館、パリ
トーネット兄弟社《読書テーブル》1873 – 1888年(原型)オルセー美術館、パリ
【開催概要】
展覧会名: オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語
会期: 2025年10月25日(土)~2026年2月15日(日)
会場: 国立西洋美術館(東京・上野公園)
開館時間: 9:30~17:30(金・土曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日: 月曜日、11月4日(火)、11月25日(火)、12月28日(日)~2026年1月1日(木・祝)、1月13日(火)※ただし、11月3日(月・祝)、11月24日(月・休)、1月12日(月・祝)、2月9日(月)は開館
入館料: 一般 2,300円、大学生 1,400円、高校生 1,000円 ※中学生以下無料
展覧会公式サイト: https://www.orsay2025.jp

