平塚市美術館で、「国立劇場の名品展―鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、高山辰雄、加山又造・・・」が開催されています(2026年2月15日まで)。
近代日本画を代表する画家たちの作品が一堂に会する注目の展覧会です。
チラシ

長年にわたり劇場内を彩り、幕間や上演前後に来場者を楽しませてきた国立劇場のコレクションが、劇場の外でまとまって展示されるのは今回が初めてです。
再整備事業に伴う閉場期間中、平塚市美術館がこれらの作品を預かることとなり、本展の開催が実現しました。
国立劇場を彩ってきた名品を、美術館という空間で鑑賞できる貴重な機会です。
会場では、主題やモチーフごとに4つのテーマに分けて作品が紹介されています。

第1章「物語・役者を描く」
最初の章「物語・役者を描く」では、歌舞伎や文楽といった伝統芸能から生まれた魅力的な作品が並びます。江戸時代の浮世絵のように、伝統芸能は多くの画家にとって創造の源となってきました。この章では、物語の一場面や役者の輝く姿を鮮やかに描き出した作品が集められています。

ひときわ目を引くのが、本展のメインビジュアルにもなっている伊東深水の《娘道成寺を踊る吾妻徳穂》です。愛する人への想いから大蛇に変身してしまう娘の恋心を描くこの舞踊は、衣装や小道具の展開が多く、激しい動きが続きます。深水は、初代・吾妻徳穂が見せる舞踊の一瞬を見事に捉え、真に迫った表現で描き出しました。
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会場入口、(右)伊東深水《娘道成寺を踊る吾妻徳穂》1965年

その師である鏑木清方の《野崎村》は、身分違いの恋に悩む娘が、母と共に故郷の野崎村から帰る場面を描いた作品です。物語の最も劇的な場面ではなく、すべてが終わった後の静かな移動の場面を描いているのが特徴で、清方がなぜこの一場面を選んだのかを想像しながら鑑賞するのも一興です。

このほか、作家が実際に国立劇場で文楽を観劇した体験をもとに描いた《ひらかな盛衰記(笹引の段)》や、鈴木翠軒、桑田笹舟による流麗な筆致で物語が記された書の作品も展示されています。
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(左から)伊東深水《滝の白糸》1941年、森田曠平《ひらかな盛衰記(笹引の段)》1989年、御正伸《大宰府抄》1974年

第2章「風景を描く」
続く第2章「風景を描く」では、自然や身近な風景を主題とした作品が紹介されます。

風景画と一言でいっても、特定の場所を写生したものから、画家の心の中で再構成された心象風景まで、その表現は多岐にわたります。
国立劇場のコレクションには、実際の風景に取材しながらも、画家の内面が色濃く投影された作品が多く含まれています。

例えば、東山魁夷の《雪原譜》は、北欧旅行で見たノルウェーの印象を描いた作品ですが、制作にあたっては日本の雪景色も参考にしたといい、画家の心の中で再構築された独創的な自然の姿が描き出されています。
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第2章展示風景より、(右)東山魁夷《雪原譜》1963年

一方、川端龍子の《天橋図》は、天橋立近くのホテルに宿泊した際に「欄干越しに見下ろした天橋をそのまま画面に入れた」という画家の言葉どおり、実際の体験をもとにした大胆な構図で描かれています。

山田申吾の《雲》は、栃木県の那須高原で取材した作品です。夏の高原の爽やかで清々しい空気の中、風の動きや時間によって豊かに変化する、湧き上がるような彩雲を、自然の中の造形美として丁寧に描き出しています。
小野竹喬の《残照》は、大和絵など日本の伝統的な表現を学んだ作家らしく、様式化された雲の描写が印象的な作品です。戦争で亡くした長男が雲の上にいるのではないか、という作家の祈るような思いが込められているともいわれ、風景に託された画家の心に触れることができます。
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(左から)西山英雄《朝映桜島》1965年、山田申吾《雲》1955年、小野竹喬《残照》1962年

第3章「花・動物を描く」
第3章では「花・動物を描く」と題し、日本の伝統的な花鳥画の流れを汲みながらも、画家たちの個性と表現の広がりが感じられる作品が楽しめます。
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第3章展示風景

近代以降、徹底した写生によって対象のかたちを捉える意識が高まりましたが、この時代の画家たちはさらにその先を目指しました。

加山又造は、当時まだ珍しかったフラミンゴを主題に、箔押しや截金、群青や緑青といった伝統的な日本画の素材を用いながら、金地を背景にした極めて装飾的で斬新な画面を作り上げました。
上村松篁の《鳩の庭》は、写生をもとに鳩の集団を描きつつ、背景に植物の一部を配することで、巧みに空間の奥行きを示しています。
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第3章展示風景より、(左から)加山又造《紅鶴》1964年、上村松篁《鳩の庭》1962年

山口蓬春の《花菖蒲》は、金地に対角線で構成された画面に、繊細な花びらの描写と鮮やかな色彩が印象的な作品です。
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(右から)山口蓬春《花菖蒲》1967年、堅山南風《鯉》1956年

第4章「人を描く」
最後の第4章「人を描く」では、「人」を主題とする多様な作品が紹介されています。
戦後、社会の価値観が大きく変化する中で、画家たちは「人」という存在を改めて見つめ直し、様々な形で描き出しました。

森田曠平は、モデルを緻密に観察し、外見だけでなく内面までも感じさせる作品を描いています。
一方、小倉遊亀の《月》は、月そのものを描かず、二人の裸婦と雲に映る月明かりによってその存在を表現しました。顔立ちを省き、単純化されたフォルムで普遍的な女性美を追求しており、そこにはピカソやマティスなど西洋絵画の影響も見られます。
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第4章「人を描く」展示風景

展示される作品は、鏑木清方を除き、いずれも1940年代以降の戦後に制作されたものです。
この機会に、戦後の激動の時代、伝統と向き合いながら日本画の新たな可能性を模索した画家たちの、多様な表現世界に触れてみてはいかがでしょうか。

※文中で紹介した作品は、すべて平塚市美術館寄託[日本芸術文化振興会(国立劇場)蔵]

【開催概要】
展覧会名: 国立劇場の名品展―鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、高山辰雄、加山又造・・・
会期: 2025年10月11日(土)~2026年2月15日(日)
会場: 平塚市美術館(神奈川県平塚市西八幡1-3-3)
開館時間: 9:30~17:00(入場は16:30まで)
休館日: 月曜日(ただし11月3日、11月24日、1月12日は開館)、11月4日、11月25日、年末年始(12月29日~1月3日)、1月13日
入館料: 一般200円、高大生100円、中学生以下無料
平塚市美術館ホームページ:https://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/