東京・丸の内にある静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)で、2025年12月21日(日)まで、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)開催記念「修理後大公開!静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝」が開催されています。
19★「修理後大公開!静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝」ポスタービジュアル
本展は、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の開催を記念し、静嘉堂が所蔵する東洋絵画の優品を一堂に展観するものです。
重要文化財である明治生命館で、国宝、重要文化財、そして未来の国宝の競演が楽しめる、この秋見逃せない展覧会です。

会期中、前後期で大幅な展示替えが行われます。
開幕前日に実施された内覧会を取材しましたので、このレポートでは前期展示の見どころを紹介します。

知られざる岩﨑家と博覧会の関わり
静嘉堂を創設した岩﨑家が、実は博覧会と深い関わりを持っていたことはあまり知られていません。その歴史は、三菱第二代社長・岩﨑彌之助の時代に遡ります。
彌之助は、1895年に開催された第4回内国勧業博覧会(京都)に協力するなど、日本の美術工芸を国内外に紹介することに情熱を注ぎました。
第4回内国勧業博覧会の際に制作された屏風の一つが、野口幽谷の《菊鶏図屏風》です。この作品は15年後の日英博覧会にも出品されました。
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《菊鶏図屏風》(右隻)野口幽谷 明治28(1895)年 前期展示

1900年のパリ万国博覧会で、彌之助は日本の美の粋を集めた刀装具や兜などの武具を出品し、世界中の人々を魅了しました。
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〈初公開〉パリ万博に出品された可能性の高い兜鉢 通期展示 

世界が注目した日本の美
父・彌之助の志を継いだ三菱第四代社長・岩﨑小彌太の時代にも、博覧会を通じた文化交流は積極的に行われました。1910年の日英博覧会で、本阿弥光悦作として出品されたのが《秋草蒔絵謡本簞笥》です。
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《秋草蒔絵謡本簞笥》江戸時代(17世紀) 通期展示

山本森之助の油彩画《濁らぬ水》は、岩﨑家から同博覧会の「新美術」部門に出品された唯一の作品です。
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《濁らぬ水》山本森之助 明治42(1909)年 通期展示

その後も、ハーバード大学創立300年を記念したボストン日本古美術展覧会には、江戸琳派の祖・酒井抱一や室町時代の画僧、周文の筆とされる作品を出品、ヒトラー統治下のドイツで開催されたベルリン日本古美術展覧会には伝尾形光琳《布引滝及び鶏図》が日本を代表する光琳画として展示されました。
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《布引滝及び鶏図》伝尾形光琳 江戸時代(18世紀初期) 前期展示

さらにサンフランシスコの金門万国博覧会に出品された、異国情緒あふれる有田焼は、当時の記事で「国宝級」と評されるほどの注目を集めました。本展では、数々の名品を通して、岩﨑家が日本の文化を世界に発信する上で果たした役割の大きさを、改めて実感することができます。

よみがえった水墨画の名品
ギャラリー2では、1970年の大阪万博出品作を中心に、修理を終えてよみがえった水墨画の優品が紹介されています。興味深いことに、この万博に静嘉堂から出品された7件は、すべてが中国画と日本の水墨画でした。

その一つ、重要文化財《夏景山水図》は、山中の書斎で一人静かに読書する文人の姿を描いた作品です。今回は、この作品とともに伝来した精緻な模本も初公開されています。
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(右から)重要文化財《夏景山水図》陳紹英 順治10(1653)年、《模本「夏景山水図」》横山雲南(黄仲祥)安政5(1858)年 いずれも前期展示

また、室町時代の詩画軸の最盛期の作である、伝周文《三益斎図幷序》も、大阪万博出品作で修理後初公開となります。8人の禅僧が寄せた詩と、松竹梅に囲まれた書斎の絵が一体となった、奥深い世界観を堪能できる名品です。

憧れの明清画
静嘉堂が所蔵する明清画の多くは、江戸時代に日本へもたらされ、日本の画家たちに多大な影響を与えました。
明時代の画家・李士達が描いた重要美術品《驟雨行客図》は、その豪華な装丁からも日本の文人たちにいかに愛されたかがうかがえます。
突然の雨に慌てる人々を生き生きと描いたこの作品の隣には、その忠実な摸本が並べて展示され、江戸の文人たちがいかに中国画を憧れの眼差しで見つめ、丁寧に学んだかが伝わってきます。
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(右から)《驟雨行客図》李士達 万暦47(1619)年、《模本「驟雨行客図」》枚田水石 江戸時代(19世紀)、《模本「驟雨行客図」》高久靄厓 天保7(1835)年 いずれも前期展示

日中の歴史画、圧巻の競演
本展のタイトルにもある「未来の国宝」の候補として、ひときわ強い存在感を放つのが、幕末から明治にかけて活躍した菊池容斎が描いた巨大な掛軸です。
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左から)《呂后斬戚夫人図》菊池容斎 天保14(1843)年、《馮昭儀当逸熊図》菊池容斎 天保12(1841)年 いずれも前期展示

高さ2メートルを超えるその画面は、江戸時代の掛軸としては破格の大きさを誇り、中国前漢の傑女の逸話を一種奇怪な迫力で描かれています。
一方は最も勇敢な女性、もう一方は最も悪逆非道な女性をテーマとしており、対になるように作られたと考えられます。その圧倒的なスケールと、細部にまで及ぶ緻密な描写力、そして激動の時代を象徴するような画題は、まさに「未来の国宝」としてふさわしい迫力に満ちています。

会場では、この容斎の大作と、明時代の画家・謝時臣が描いた四幅対の山水画が、まるで競演するかのように並びます。
異なる時代、異なる国の画家が描いた大画面の作品が、時空を超えて対峙する様は圧巻です。
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《四傑四景図》謝時臣 嘉靖30(1551)年 前期展示

渡辺崋山《月下鳴機図》をめぐる物語
幕末の激動の時代を生き、民のため、国家のために忠誠を尽くした文人画家・渡辺崋山(1793~1841)の生き方は、明治期の人々にとって尊敬の的でした。
静嘉堂は重要文化財2件、重要美術品2件を含む崋山作品をはじめ、日本の文人画(南画)を多数所蔵しており、その一つが、崋山の蟄居中に描かれたとされる《月下鳴機図》です。

ギャラリー4で特に注目すべきは、岩﨑小彌太がこの作品を実直に模写し、そこに明治の元勲・松方正義が詩を寄せた双幅が並べて展示されていることです。
父・彌之助が大切にした崋山の名画を、息子・小彌太が真摯に描き写し、さらに松方が詩を添える。そこには、時代を超えて崋山の精神に共鳴した人々の、時空を超えた交流が見て取れます。
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(右から)《月下鳴機図》渡辺崋山 江戸時代(19世紀前半)、《模本「崋山筆月下鳴機図」幷一絶》岩﨑小彌太・松方正義 明治末~大正前期(20世紀前半) いずれも前期展示

静嘉堂が誇る国宝の饗宴
展覧会のクライマックスを飾るのは、静嘉堂が誇る国宝《曜変天目(稲葉天目)》です。
その輝きは、観る者を神秘的な世界へと引き込みます。黒色の釉面に浮かび上がる斑紋の周りは瑠璃色に輝き、まるで宇宙の星々を覗き込んでいるかのようです。
後期には、伝馬遠筆《風雨山水図》や、元時代の能書家・趙孟頫による《与中峰明本尺牘》など、宋元の書画の名品も登場。宋元時代の国宝が3点揃うという、まさに奇跡のような展示が実現します。
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《曜変天目(稲葉天目)》建窯 南宋時代(12~13世紀)通期展示

エピローグ―美の物語を未来へ
展覧会のエピローグとして、ホワイエには美術家・写真家の糸崎公朗氏による巨大な「復元フォトモ」が設置されています。これは、現在の明治生命館が建つ前にこの場所にあった「三菱二号館」を、古い写真をもとに立体的に復元した作品です。
重要文化財の建築の中で、かつての丸の内の風景が立ち現れるという不思議な体験は、過去と現在、そして未来をつなぐ本展のテーマを象徴しているかのようです。
エピローグ
(左)《タイムスリップ復元フォトモ・三菱二号館と丸の内 明治28(1895)年~令和7(2025)年》
(右)《復元フォトモ・三菱二号館 明治28(1895)年竣工》
いずれも糸崎公朗 令和7(2025)年 通期展示 個人蔵 


また、展示にちなんだオリジナルグッズも見逃せません。特に注目は、菊池容斎の巨大掛軸をほぼ実物大で再現したブランケットです。期間限定の受注生産品で、その発色の良さと心地よい手触りは、ぜひ会場で確かめてほしい逸品です。
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ホワイエに展示されている《呂后斬戚夫人図》を再現したブランケット
ミュージアムショップでは本展のすべてを網羅した図録も用意されています。

詩と書と絵が一体となった東洋絵画の奥深い世界、修理によって美しくよみがえった文化財の輝き、そして未来へと受け継がれていくべき美の力。これら全てを体感できる贅沢な展覧会です。
一つ一つの作品に込められた歴史を、静嘉堂の静謐な空間でじっくりと味わってみませんか。
ホワイエ (2)

※文中、所蔵先表記のない作品は、すべて公益財団法人 静嘉堂蔵 

【開催概要】
展覧会名:2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)開催記念「修理後大公開!静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝」
会期:2025年10月4日(土)~12月21日(日)
【前期】10月4日(土)~11月9日(日) 【後期】11月11日(火)~12月21日(日)
 ※前後期で大幅な展示替えあり
会場:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
開館時間:午前10時~午後5時
 ※入館は閉館の30分前まで
 ※夜間開館あり。詳細は公式ホームページをご確認ください
休館日:月曜日(ただし10月13日、11月3日、11月24日は開館)、10月14日(火)、11月4日(火)、11月25日(火)
入館料:一般 1,500円、大高生 1,000円、中学生以下 無料
公式ホームページ:https://www.seikado.or.jp/