この展覧会は、古美術のなかでも特に神さま、仏さま、そして人の姿に注目した、絵画の入門展です。描かれた人物は誰なのか、そのポーズにはどんな意味があるのか、何をしている場面なのか。神仏や人物が描かれる際の約束事や背景にある物語を、国宝や重要文化財を含む名品の数々を通してやさしくひも解いていきます。
第1章「やまと絵と高貴な人の姿」
日本の古い絵画、特にやまと絵では、天皇や貴族といった身分の高い人々を描く際に、いくつかのルールがありました。第1章では、そうした絵画表現の約束事を見ていきます。
平安貴族の顔は、細い線で引いた目と「く」の字形の鼻を持つ「引目鉤鼻(ひきめかぎばな)」で描かれるのが一般的です。《住吉物語絵巻》を見ると、主人公の姫君をはじめ貴族たちの顔は、みな同じように引目鉤鼻で表現されています。これは特定の個人を描き分けるのではなく、「引目鉤鼻=高貴な人」という記号としての役割を果たしていたためです。

第1章「やまと絵と高貴な人の姿」展示風景より、(右)《住吉物語絵巻》桃山~江戸時代・16~17世紀
一方で、人物の姿をよりリアルに描こうとする試みも見られます。
「歌仙絵」とは、優れた歌人の肖像と、その歌人が詠んだ和歌をいっしょに表した作品です。
《業兼本三十六歌仙絵》に描かれた歌人の顔は、細い線を重ねて描かれていますが、これは鎌倉時代に流行した、顔の特徴を精密に描写する「似絵」の技法を取り入れたものです。
「歌仙絵」とは、優れた歌人の肖像と、その歌人が詠んだ和歌をいっしょに表した作品です。
《業兼本三十六歌仙絵》に描かれた歌人の顔は、細い線を重ねて描かれていますが、これは鎌倉時代に流行した、顔の特徴を精密に描写する「似絵」の技法を取り入れたものです。

《業兼本三十六歌仙絵 源公忠》鎌倉時代・13世紀
この章で特に注目したいのが、天皇の描かれ方です。絵巻物において天皇の姿は、貴族よりもさらに高貴な存在であることを示すため、あえて隠して描くのが伝統的な約束事でした。しかし、例外もあります。《大内図屏風》の右隻には、弓の腕前を競う行事を御覧になる天皇の姿がはっきりと描かれています。
この場面には、屋根や天井を取り払って室内を見せる「吹抜屋台」という技法が使われています。これは絵画表現上のフィクション、つまり絵の中だけの架空の空間であるため、天皇の姿を描くことが許されたのではないかと考えられています。展示室では、ぜひ絵の中の天皇の姿を探してみてください。

《大内図屏風》(右隻)江戸時代・17~18世紀 ※後期は左隻が展示
第2章「神さまと仏さまの姿」
第2章では、仏教や神道にまつわる神仏の姿や、信仰の対象となった人物がどのように描かれてきたかに着目します。
仏教が日本に伝わった際、古来の神道と結びついて生まれたのが「本地垂迹(ほんじすいじゃく)思想」です。これは、仏が人々を救済するために日本の神の姿を借りて現れたという考え方です。
重要文化財《春日本迹曼荼羅》は、まさにその思想を絵にした作品です。春日社の神々からふきだしのように雲が立ち昇り、その上に本来の姿である仏さまが描かれるという斬新な構図で、神と仏の関係をわかりやすく示しています。

(左から)【重要美術品】《春日鹿曼荼羅》室町時代・15世紀、【重要文化財】《春日本迹曼荼羅》 鎌倉時代・14世紀
また、極楽往生を願う人々の間で篤く信仰されたのが、《当麻曼荼羅》です。中央には阿弥陀如来が住まう西方極楽浄土の様子が、壮麗かつ具体的に描かれ、これを目にした人々に「あそこへ行きたい」という憧れを抱かせ、信仰心をいっそう深める役割を果たしてきました。

《当麻曼荼羅》鎌倉時代・14世紀
この章では、学問の神様として知られる菅原道真や、超人的な逸話で知られる聖徳太子といった、後に神として祀られた人物も登場します。
道真は、無実の罪を着せられ左遷される道中、船の綱を丸く巻いて座ったという伝承があります。これをもとに描かれた《綱敷天神像》では、道真が恨みのこもった怒りの表情で描かれるのが特徴です。

第2章「神さまと仏さまの姿」展示風景より、(右)《綱敷天神像》江北元忠 室町時代・16世紀
重要文化財《聖徳太子絵伝》(鎌倉時代・14世紀)は、数々のエピソードを持つ聖徳太子の生涯を描いた作品です。
一つの画面の中に異なる時間と場所の出来事が混在して描かれており、太子の一生を絵でたどることができます。
一つの画面の中に異なる時間と場所の出来事が混在して描かれており、太子の一生を絵でたどることができます。
今回は、前期に1・2幅、後期に3・4幅が展示されますが、、ホワイエに掲出されたバナーでは、全4幅を通期で、詳しい解説とともに見ることができます。

ホワイエ展示風景
第3章「道釈画と故事人物画」
第3章は、主に禅宗の世界で愛好された道釈画や、昔のできごとや歴史上の人物のエピソードを描いた故事人物画といったジャンルに光を当てます。

第3章「道釈画と故事人物画」展示風景より、(手前)《聚珍画帖》石川大浪 江戸時代・享和3年(1803)
前期の最大の注目作品は、国宝《禅機図断簡 智常禅師図》です。
これは悟りを開くきっかけを描いた「禅機図」と呼ばれる絵画で、樹の下に座る高僧・帰宗智常が、教えを乞いに来た張水部に、右手で進むべき道を指し示しています。
もとは一つの巻物だったものが分断され、現存する5点すべてが国宝に指定されている大変貴重な作品です。1970年の大阪万博にも出品されました。

【国宝】《禅機図断簡 智常禅師図》因陀羅筆 楚石梵琦題詩 元時代・14世紀
これは悟りを開くきっかけを描いた「禅機図」と呼ばれる絵画で、樹の下に座る高僧・帰宗智常が、教えを乞いに来た張水部に、右手で進むべき道を指し示しています。
もとは一つの巻物だったものが分断され、現存する5点すべてが国宝に指定されている大変貴重な作品です。1970年の大阪万博にも出品されました。

【国宝】《禅機図断簡 智常禅師図》因陀羅筆 楚石梵琦題詩 元時代・14世紀
また、寒山や羅漢といった中国の高僧や聖者の姿を描いた水墨画の名品も並びます。
重要文化財《寒山図》(元時代)は、ぼさぼさの髪や独特の笑みから、世俗を離れた高僧の雰囲気が伝わってきます。
釈迦の弟子である羅漢は、仏法を守り伝えるため、現世にとどまる役割を託された存在です。
右の《羅漢図》では、瞑想する羅漢に口を大きく開けた大蛇が迫っていますが、羅漢は全く動じません。迫りくる危険にも心を乱されない姿は、羅漢が到達した悟りの境地の深さを物語っています。
牧谿(もっけい)は、中国・南宋末から元初にかけて活躍した画僧で、日本の水墨画に大きな影響を与えました。
本作には室町幕府3代将軍・足利義満の所蔵を示す「天山」印があり、当時の権力者にも愛された名品であったことがわかります。
中央の《羅漢図》では、山中で椅子に座る羅漢のまわりに、従者や供物を手にした人物とともに、霊芝(キノコ)をくわえた鹿が描かれています。こうした細部にも目を向けると、思いがけない発見があるかもしれません。

羅漢図の展示より、(右)【重要文化財】《羅漢図》牧谿 南宋時代・13世紀
今回は、これまで公開機会の少なかった作品も紹介されています。
なかでも《二十八祖像》は、静嘉堂文庫の収蔵庫から、近年新たに見いだされた注目作です。
片面に吉山明兆と伝わる絵、もう片面には狩野探幽がそれを写した絵が貼られています。
なかでも《二十八祖像》は、静嘉堂文庫の収蔵庫から、近年新たに見いだされた注目作です。
片面に吉山明兆と伝わる絵、もう片面には狩野探幽がそれを写した絵が貼られています。

《二十八祖像》狩野探幽 江戸時代・17世紀 ※後期は伝吉山明兆の絵を展示
故事人物画は、単なる人物画ではなく、描かれた人物の背景にある物語が重要な意味を持ちます。
《王右軍換鵞図》は、「書聖」王羲之が自らの書と引き換えにガチョウ(鵞)を手に入れたという有名な逸話を描いた作品です。のちに、「換鵞(かんが)」は書道を指す言葉となりました。

第3章「道釈画と故事人物画」展示風景より、(左から)《王右軍換鵞図》馬元欽 清時代・康煕元年(1662)、【重要美術品】《老子過関図》陳賢 明~清時代・17世紀
《琴棋書画図屏風》では、中国の知識階級が身につけるべきとされた4つの教養「琴・囲碁・書・画」を楽しむ人々の姿が、理想的なかたちで描かれています。

《琴棋書画図屏風》狩野常信 江戸時代・17~18世紀
絵画に隠された謎解きに挑戦
本展では、内容を楽しみながら理解できるよう、さまざまなしかけや工夫が用意されています。
キャプションには、聖徳太子くん、霊照女(れいしょうにょ)ちゃんといった本展のオリジナルキャラクターが登場し、難しい内容もやさしく解説してくれます。
また、会場にある「謎解きワークシート」を手に展示室をめぐれば、謎を解きながら自然と作品への理解を深めることができそうです。
キャプションには、聖徳太子くん、霊照女(れいしょうにょ)ちゃんといった本展のオリジナルキャラクターが登場し、難しい内容もやさしく解説してくれます。
また、会場にある「謎解きワークシート」を手に展示室をめぐれば、謎を解きながら自然と作品への理解を深めることができそうです。
ミュージアムショップでは、本展図録のほか、読売新聞社が運営する「美術展ナビ」と共同開発したオリジナルグッズも販売中です。
絵画に登場する神仏や人物をモチーフにしたハンカチやうちわ、国宝《曜変天目》をイメージしたクリアバッグなど、暑い夏にぴったりのアイテムがそろっています。
展覧会の記念に、ぜひチェックしてみてください。

ミュージアムショップ
古美術がぐっと身近に感じられる「絵画入門」
仏教美術というと少し難しそうに感じるかもしれませんが、神仏や人物がなぜ描かれたのか、そこにどんな物語が込められているのかを知ることで、絵画がぐっと身近でおもしろく感じられるはずです。
夏休みのおでかけや、美術館デビューにもおすすめです。
この夏は、静嘉堂文庫美術館で、神仏と人物が織りなすフシギで奥深い世界を楽しんでみませんか。
※展示期間の記載がない作品は、すべて前期(7月5日~8月11日)展示
※出陳作品はすべて公益財団法人 静嘉堂所蔵
【開催概要】
展覧会名:絵画入門 よくわかる神仏と人物のフシギ
会期:2025年7月5日(土)~9月23日(火・祝)
前期:7月5日(土)~8月11日(月・祝)
後期:8月13日(水)~9月23日(火・祝)
※前後期でほぼ全ての作品が展示替え
※前後期でほぼ全ての作品が展示替え
会場:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
開館時間:10:00~17:00(第4水曜は20:00まで、9月19・20日は19:00まで、入館はいずれも閉館30分前まで)
休館日:月曜(7月21日、8月11日、9月15日、22日は開館)、7月22日、8月12日、9月16日
入館料:一般1,500円、大高生1,000円、中学生以下無料
公式ホームページ:https://www.seikado.or.jp/

