日本美術には、国宝や重要文化財として広く知られる名作がある一方で、地中に眠る鉱脈のように、まだ広く知られていない優れた作品や作者も数多く存在します。
大阪中之島美術館で開催中の「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」は、そうした知られざる名品に光を当て、その魅力を紹介する、画期的な展覧会です。
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「未来の国宝を探せ」の意味は?
「未来の国宝を探せ」という展覧会のサブタイトルは、単に次の国宝候補を探すという意味ではありません。
大阪中之島美術館の菅谷富夫館長は「従来の国宝を支える視点に拮抗するような新たな視点をここで提示したい」と述べています。縄文時代の土器から現代アートまで、全81点の展示作品を通して、美術の見方や価値観そのものを問い直す試みといえるでしょう。 

そして、監修を務めるのは、美術史家で明治学院大学教授の山下裕二氏。
山下氏は、知名度の高い作品を集める通常の展覧会とは逆の発想で、「知名度は低いけれどもこれだけ魅力的な作品がある」と示し、「みなさん自身の目で、未来の国宝を探してください」と問いかける展覧会だと語っています。
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第6章「江戸幕末から近代へ」展示風景より、(手前)【重要文化財】初代宮川香山《褐釉蟹貼付台付鉢》明治 14 年(1881)東京国立博物館

若冲と応挙、奇跡の合作屏風ついに初公開
展覧会は第1章「若冲ら奇想の画家たち」から始まります。今では日本美術史上屈指の人気を誇る伊藤若冲ですが、四半世紀前まではほとんど知られていない存在でした。

本展の目玉は何といっても、新発見の若冲と円山応挙の合作《竹鶏図屏風》《梅鯉図屏風》です。
これまで接点がないとされてきた2人が、それぞれ最も得意とした鶏と鯉を、同じ金屏風に描いた奇跡の作品です。金箔の質や貼り方まで全く同じであることから、発注者が金屏風を用意し、画題を指定して依頼したと考えられています。
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(左から)伊藤若冲《竹鶏図屏風》寛政 2 年(1790)以前、 円山応挙《梅鯉図屏風》天明 7 年(1787)

また、最新デジタル技術で色鮮やかに再現された若冲の《釈迦十六羅漢図屏風(デジタル推定復元)》も必見です。1センチ四方のマス目に絵具を盛り上げて描く「枡目描き」の立体感まで忠実に再現されています。
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〈特別出品〉伊藤若冲《釈迦十六羅漢図屏風(デジタル推定復元)》令和 6 年(2024)TOPPAN 株式会社

ほかにも、晩年の作で極端に単純化されたフォルムがユーモラスな《象図》など、若冲の多彩な魅力に触れることができます。
さらに同時代に活躍した長沢芦雪が描いた、画面からはみ出しそうな《大黒天図》や、愛らしい子犬が登場する作品も展示されています。
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(左から)伊藤若冲《象図》寛政 2 年(1790)東京富士美術館、長沢芦雪《菊花子犬図》江戸時代(18世紀)

本展のメインビジュアルにもなっている、《妖怪退治図屏風》では、極彩色で描かれたユーモラスな妖怪たちの姿が楽しめます。
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伝岩佐又兵衛《妖怪退治図屏風》江戸時代(17 世紀)

マニアックだけど凄い、室町水墨画の奥深い世界
第2章「室町水墨画の精華」では、室町時代の水墨画にスポットを当てます。監修者・山下氏の専門分野でもあり、「マニアックな室町水墨画の中でも最も好き」と語る霊彩の《寒山図》(重要文化財、展示期間:6/21~7/6)をはじめ、一般にはあまり知られていないものの、研ぎ澄まされたセンスが光る画家たちの作品が並びます。

雪舟といえば国宝6点を誇る巨匠ですが、本展では近年再発見された《倣夏珪山水図》が「未来の重要文化財」候補として出品されています。
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雪舟等楊《倣夏珪山水図》室町時代(15 世紀)

中国の名勝を描いた《瀟湘八景図帖》は、戦国時代に活躍した画僧・雪村周継の最初期の画帖です。
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【福島県指定文化財】雪村周継《瀟湘八景図帖》室町時代(16 世紀)福島県立博物館 ※場面替えあり

本展で初めて一般公開される《梅樹叭々鳥図屏風》は、その生涯の多くが謎に包まれた式部輝忠の作品です。
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式部輝忠《梅樹叭々鳥図屏風》室町時代(16 世紀)

「ヘタだけど美しい」素朴絵の魅力
続く第3章「素朴絵と禅画」は、上手い下手という技術的な評価軸とは異なる、不思議な魅力にあふれた作品が紹介されます。

室町時代、あえて素人に絵を描かせてその素朴な味わいを愛でる文化がありました。
そうした素朴絵の代表ともいえるのが、《築島物語絵巻》と《かるかや》です。
《築島物語絵巻》(上巻~7/27、下巻7/29~8/31)は、平清盛の築港伝説を描いたもので、稚拙ながらも描き手の懸命さが伝わってくるようです。山下氏は「はっきり言って本当に下手なんだけれども、清々しい清潔な美しさがある」と評します。

山下氏の師である美術史家・辻惟雄氏が「自分の心の国宝だ」と評したという《かるかや》は、筆を叩きつけたような筆遣いが強烈なインパクトを放つ作品です。
ヨーロッパでアンリ・ルソーのような素朴派の画家が評価される何百年も前から、日本人は技術の巧拙とは別の次元で、稚拙美の魅力を見出していたのです。
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《かるかや》室町時代(16 世紀)サントリー美術館 ※場面替えあり

この章では、江戸時代の禅僧・白隠慧鶴の禅画も紹介されています。まったくの独学で1万点以上の書画を遺した白隠の作品は、素人であるがゆえの破天荒な魅力に満ちています。まるで自画像のようにも見える《大達磨》などの展示から、奇想の画家たちにも影響を与えたという、その型破りなエネルギーを感じ取ることができるでしょう。
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第3章「素朴絵と禅画」展示風景より、(左)白隠慧鶴《大達磨》江戸時代(18世紀)大阪中之島美術館

和洋が交錯する歴史画の面白さ
第4章「歴史を描く」では、明治から大正にかけて描かれた「歴史画」の面白さに迫ります。
この時代の特徴は、日本画と洋画、そして日本の神話と西洋の物語といった異なる要素が交錯している点にあります。

《素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿》は、ドイツで本格的な油彩画を学んだ原田直次郎が、日本神話を題材に描いた作品です。スサノオノミコトが八岐大蛇に立ち向かう緊迫の場面が描かれていますが、なぜか主題とは全く関係なく、犬がキャンバスを突き破って顔をのぞかせているのです。その意図は不明ながら、画家の遊び心やユーモアが感じられる作品です。
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原田直次郎《素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿》明治 28 年(1895)頃 岡山県立美術館

田村宗立は、西洋画的な光と影の表現と、日本画的な濃淡の表現を巧みに融合させ、鎌倉武士と蒙古軍の激しい戦いを描き出しました。
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田村宗立《蒙古襲来図》明治 26 年(1893)頃

利休の美意識と現代の茶室
千利休は、シンプルな黒一色の茶碗を最高のものとして捉え、簡素な茶室に最高権力者を招きました。その行為は、既成概念を覆す「コンセプチュアルアート」であり、400年以上も前の前衛的な試みだったといえるでしょう。

第5章「茶の空間」では、そんな利休の精神に呼応する現代作家の作品が並びます。
展示されているのは、2つの対照的な茶室です。一つは、加藤智大による《鉄茶室徹亭》。茶室を構成する部材から茶道具、掛け軸に至るまで、すべてを鉄で再現した「もっとも重い茶室」です。
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加藤智大《鉄茶室徹亭》平成 25 年(2013)

もう一つは、画家・山口晃が手がけた《携行折畳式喫 茶室》。トタンの波板やベニヤ板など、あえて安価な素材で作られた「もっとも軽い茶室」です。
16世紀の現代美術作家である利休が、この2つの茶室を見たら何というでしょうか。時空を超えたアーティストの競演に、想像が膨らみます。
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山口 晃《携行折畳式喫 茶室》平成 14 年(2002)

幕末から近代へ、驚異の表現力
第6章「江戸幕末から近代へ」では、一般にはほとんど知られていないけれど、他に類例のない強烈な個性を放つ作品が集められています。

幕末の絵師・狩野一信が心血を注いだ大作《五百羅漢図》は、洋風の陰影表現を取り入れた異様な迫力と、羅漢たちが超能力を繰り広げるドラマティックな描写で観る者を圧倒します。
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【港区有形文化財】狩野一信《五百羅漢図》より6幅 嘉永 7 年(1854)〜文久 3 年(1863) 大本山 増上寺

ここ20年ほどの間に急速に再評価の機運が高まった、明治工芸の数々も展示されています。
まるで生きているかのような蟹が目を引く、初代宮川香山の《褐釉蟹貼付台付鉢》や、象牙で掘られたとは思えないほどみずみずしい安藤緑山の《竹の子に梅》、どこから見てもリアルな安本亀八の《相撲生人形》など、「超絶技巧」と呼べるような作品が並びます。
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(手前)【重要文化財】初代宮川香山《褐釉蟹貼付台付鉢》明治 14 年(1881)東京国立博物館

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安本亀八《相撲生人形》明治 23 年(1890)熊本市現代美術館

ほかにも、横浜で外国人向けの土産物として水彩画を描いた笠木治郎吉の、明治の人々の暮らしを伝える温かい眼差しに満ちた作品群や、富士山と太平洋、日本海の風景を一枚の絵に描きこんだ不染 鉄の独創的な風景画など、知られざる名品の数々に出会えます。
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(左から)笠木治郎吉《田植えをする女》個人蔵(横浜市歴史博物館寄託)、《提灯屋の店先》個人蔵 、《子守をする娘》個人蔵(横浜市歴史博物館寄託)いずれも明治時代(1868 〜 1912)

そして、山下氏が「この展覧会全体の中でも最も私にとっての重要な鉱脈の一つ」と語るのが、牧島如鳩(まきしまにょきゅう)の《魚籃観音像》です。
ハリストス正教の伝教者でありながら深く仏教にも帰依した如鳩。この作品では、観音と共に聖母マリアや天使が描かれ、2つの宗教の図像が見事にひとつの画面に調和しています。
《医術》では、キリスト教的なモチーフの中に、生と死が対照的に描かれています。
キリスト教と仏教を融合した独自の宗教画を確立した如鳩は、まさに「鉱脈」から掘り出された宝といえるでしょう。
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牧島如鳩《魚籃観音像》昭和 27 年(1952)足利市民文化財団

縄文と現代アートのシンクロ
今から1万2000年以上前に日本列島で生まれた世界最古級の土器、縄文土器。その驚くべき造形は、現代のアーティストたちにも大きなインスピレーションを与えています。
縄文の美と現代アートが並ぶ、第7章「縄文の造形、そして現代美術へ」は、太古の創造性と現代の感性がシンクロする、刺激的な空間となっています。
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第7章「縄文の造形、そして現代美術へ」展示風景より、(左)【日本遺産】《水煙文土器(上野原遺跡出土)》縄文時代中期後葉(紀元前 3000 〜紀元前 2500 年頃)山梨県立考古博物館、(中央)西尾康之《アルファ・オメガ》令和 7 年(2025)、(奥)会田誠《電信柱、カラス、その他》平成 24 年(2012)〜平成 25 年(2013)森美術館

会場には、竪琴のような模様がエレガントな《深鉢形土器(殿林遺跡出土)》(重要文化財、日本遺産)や、モンブランケーキを思わせるユニークな形の《水煙文土器(上野原遺跡出土)》(日本遺産)など、多彩な縄文土器が並んでいます。
縄文時代中期中葉の《人体文様付有孔鍔付土器(鋳物師屋遺跡出土)》では、まるでピースサインをしているかのような愛らしい人物像が目を引きます。
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(左)【重要文化財 日本遺産】《人体文様付有孔鍔付土器(鋳物師屋遺跡出土)》縄文時代中期中葉(紀元前 3500 〜紀元前 3000 年頃)南アルプス市教育委員会・ふるさと文化伝承館

こうした縄文の造形に触発され、現代の作家たちも魅力的な作品を生み出しています。
彫刻家でありファッションデザイナーとしても活動する岡﨑龍之祐は、縄文土器の文様を現代的にアレンジし、ドレスと彫刻が融合した《JOMONJOMON》を本展のために制作しました。
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岡﨑龍之祐(左から)《JOMONJOMON — Tender》令和 7 年(2025)、《JOMONJOMON —Emotion Beat 》令和 7 年(2025)

彫刻家・西尾康之による巨大な《アルファ・オメガ》は、縄文時代の遮光器土偶に着想を得た作品です。
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西尾康之《アルファ・オメガ》令和 7 年(2025)

展覧会をさらに楽しむ
音声ガイドのナビゲーターは、日本美術に造詣が深い俳優の井浦新さんが担当。山下氏とのスペシャル対談も収録され、展示をより深く楽しむことができます。

展覧会オリジナルグッズも充実しています。
定番の公式図録(2,800円)はもちろん、大人気キャラクター「コジコジ」と、縄文土器や安藤緑山《胡瓜》との異色コラボによるTシャツやクリアファイルも登場。
京都の老舗「一澤信三郎帆布」が手がけた、長沢芦雪のかわいい犬をあしらったトートバッグや、フェリシモ「ミュージアム部」制作の縄文土器モチーフのソックスや腕枕クッションなど、お土産や記念にぴったりのアイテムが多数用意されています。
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自分だけの「国宝」を見つけに行こう
山下氏は「技術の巧拙を超えた魅力を持つ作品こそ、日本美術の面白さ」だと語ります。
本展では、まさにそうしたこれまでの美術史の枠に収まりきらない、私たちの心を直接揺さぶる力を持った作品に出会えます。

この夏は、大阪中之島美術館で「日本美術の鉱脈」ともいえる魅力的な作品に驚き、笑い、感動しながら、自分だけの「未来の国宝」を探してみませんか。
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※所蔵表記のない作品は個人蔵 
※文中、展示期間注記のない作品は通期展示

【開催概要】
展覧会名:日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!
会期:2025年6月21日(土)~8月31日(日)
会場:大阪中之島美術館 4階展示室
開場時間:10:00~17:00(入場は16:30まで)
    ※7月18日から8月30日までの金曜日、土曜日、祝前日は19:00まで開館延長あり。
休館日:月曜日(ただし7月21日、8月11日は開館)、7月22日(火)
観覧料:一般 1,800円、高大生 1,500円、小中生 500円(団体料金あり)
公式ホームページ:https://koumyakuten2025.jp/