この展覧会は、世界屈指の青銅器コレクションで知られる泉屋博古館が所蔵する青銅鏡の名品を中心に、古代中国の洗練されたデザインの背後にある神話や世界観をひもときます。
さらに、古代中国の物語を題材とした日本美術もあわせて展示されており、時代や文化を越えて受け継がれてきた悠久の歴史の流れを感じられる構成となっています。
さらに、古代中国の物語を題材とした日本美術もあわせて展示されており、時代や文化を越えて受け継がれてきた悠久の歴史の流れを感じられる構成となっています。

展示風景
※展示室内の写真は主催者の許可を得て撮影しています。
天地をつなぐ動物たち
第1章では古代中国の文物に登場する動物たちの役割に迫ります。龍や鳳凰、虎といった動物たちは、単なる装飾ではなく、天と地を結ぶ媒介者という重要な役割を担っていました。
その代表格が、フクロウやミミズクをかたどった《鴟鴞尊(しきょうそん)》です。
どちらも漢代以降の文献では不吉な⿃とされましたが、1000年ほど遡った殷代では、その夜⾏性で優れた狩りの能⼒から、闇夜に紛れる邪霊から死者を守る神聖な存在として、墓の副葬品に⽤いられたものと考えられます。
《⼽卣(かゆう)》は、2羽のミミズクが背中合わせになったユニークな形の酒器です。よく⾒るとミミズクの⽬の届かない死⾓に別の⽬を持つ⽂様が描かれています。これは360度見張り、お墓の中に邪霊が入ってこないようにする役割をデザインで表現したと考えられます。

第1章「天地つなぐ動物たち」展示風景より、(右)《戈卣(かゆう)》中国・殷後期 泉屋博古館
ほかにも、復活再⽣のシンボルである蝉をあしらった《蟬⽂俎(ぜんもんそ)》、天帝の使いである鳳凰が描かれた《鳳⽂卣(ほうもんゆう)》(⻄周前期、泉屋博古館)漢代に作られた陶製の《鴟鴞尊》(前漢、早稲⽥⼤学會津⼋⼀記念博物館蔵)など、古代の人々の動物たちに託した思いが伝わってくる作品が並んでいます。

第1章「天地つなぐ動物たち」展示風景より、(左)《蝉文俎(ぜんもんそ)》中国・西周前期/BCE11-10c 泉屋博古館
聖なる樹と山
第2章「聖なる樹と山」では、世界の中心に立ち、天と地をつなぐ「世界樹」の思想が中国でどのように表現されたかを探ります。
世界各地の神話に⾒られる「世界樹」のように、古代中国でも世界の中⼼に⽴つ聖なる樹⽊や⼭が、天地をつなぐと信じられていました。
世界各地の神話に⾒られる「世界樹」のように、古代中国でも世界の中⼼に⽴つ聖なる樹⽊や⼭が、天地をつなぐと信じられていました。
その代表が、東の彼方に生えるという巨樹「扶桑樹(ふそうじゅ)」の伝説です。
古代中国では、太陽は10個存在すると考えられていました。この太陽は扶桑樹に宿り、毎日交代で空に昇っていたとされます。この壮大な神話の世界観を表しているのが、《武氏祠画像石(前石室第三石)(ぶししぜんせきしつ だいさんせき)》の拓本です。
描かれた巨大な樹木とその周りには、太陽の化身とされる鳥が10羽描かれ、それを弓で射ようとする人物らしき姿も見られます。太陽が沈んでも翌朝には再び昇るように、死者が来世で再生することを願って、こうしたデザインが死者を祀る場に飾られたのです。
「10個の太陽」は、暦の「十干(じっかん)」(甲、乙などからなる10の要素)の起源にもなったといわれています。

第2章「聖なる樹と山」展示風景より、(右)《武氏祠前石室第三石(ぶししぜんせきしつ だいさんせき)》中国・後漢/CE2c 早稲田大学會津八一記念博物館
こうした樹木のモチーフは鏡のデザインにも見られ、《蟠螭樹木文鏡(ばんちじゅもくもんきょう)》では、枝先に1羽だけ鳥がとまっています。これは、他の9つの太陽が天に昇っている間の扶桑樹を表しているとも考えられます。ぜひ目を凝らして鏡の中に1羽だけいる鳥を探してみてください。


《蟠螭樹木文鏡(ばんちじゅもくもんきょう)》中国・前漢前期/BCE3-2c 泉屋博古館
このほか、世界の中心に立つ聖なる木「建木」が描かれた《三段式神仙鏡》(後漢、五島美術館)などの樹木のモチーフを通して、古代の人々の死生観に触れることができます。
鏡に映る宇宙
第3章「鏡に映る宇宙」では、デザインと天文の密接な関係に迫ります。
この章でひときわ目を引くのは、《淳祐天文図(じゅんゆうてんもんず)》です。これは現存する世界最古の天文図とされ、中国独自の星座体系を今に伝える貴重な資料です。

第3章「鏡に映る宇宙」展示風景より、《淳祐天文図(じゅんゆうてんもんず)》原石:中国・南宋淳祐7年/CE1247 コスモプラネタリウム渋谷
古代中国の人々の宇宙観を手のひらサイズの鏡の裏側に凝縮したのが、《方格規矩四神鏡(ほうかくきくししんきょう)》です。
円形の鏡と中央の方格(四角い枠)で天地を表現しています。そこに配されたTLV字形の文様は天を支える柱やロープ、四神(青龍・白虎・玄武・朱雀)は方角と星座を象徴しています。古代のプラネタリウムのような文様には、当時の人々が思い描いた宇宙が表されているのです。
また、《重列神獣鏡(じゅうれつしんじゅうきょう)》(後漢後期、泉屋博古館)には、長寿をつかさどるとされた星カノープスの象徴、南極老人(寿老人)が描かれています、これが日本で七福神の《寿老人図》へとつながっていくなど、星への信仰が形となった作品が並びます。


尾竹竹坡筆《寿老人図》明治45年頃/CE1912 泉屋博古館東京
また、機織りをする女性が描かれた《孝子伝図画像鏡(こうしでんずがぞうきょう)》や、織女星が描かれた最も早い例とされる《孝堂山石祠(こうどうさんせきし) (隔梁底面)》も注目すべき作品です。機織りは良妻賢母の象徴であると同時に、縦糸と横糸で布を織りなすことから、世界の創造のメタファー(隠喩)とも解釈されました。これが、後に七夕伝説の織女(おりひめ)の物語へとつながっていくのです。

(左から)《孝子伝図画像鏡(こうしでんず がぞうきょう)》中国・後漢/CE2c 根津美術館、《孝堂山石祠(隔梁底面) (こうどうさんせきし)》原石:中国・後漢/CE1-2c 早稲田大学會津八一記念博物館
西王母と七夕
第4章では、日本でもおなじみの七夕伝説が、実は中国古代の信仰や死生観と深く結びついていたことが解き明かされます。
物語の中心となるのが、西方の崑崙山に住む仙女・西王母(せいおうぼ)です。
物語の中心となるのが、西方の崑崙山に住む仙女・西王母(せいおうぼ)です。
西王母は、もともとは半人半獣の姿で描かれ、死や疫病を司る神として畏れられていました。しかし、時代が下るにつれて、不老不死の仙薬を持つ美しい女性の姿で表されるようになり、吉祥の画題として描かれるようになります。このように西王母は死と再生の両方を司る神でした。
後漢時代の《武梁祠第三石(西壁)》には、仙界の主として君臨する西王母が描かれています。

第4章「西王母と七夕」展示風景より、(左)《武梁祠第三石(西壁)(ぶりょうし だいさんせき) 》原石:中国・後漢/CE2c 早稲田大学會津八一記念博物館
そして織女が西王母の孫娘とされる説が存在すること、原型となった物語に西王母が登場することから、七夕伝説は単なる恋愛物語ではなく、西王母を中心とした古代中国の信仰や、「死と再生」という壮大なテーマが背景に込められていると考えられます。
展示では、西王母が不老不死の仙薬を搗く2羽の兎や虎とともに描かれた画像鏡など、その多彩な姿を表す作品が紹介されています。
《月兎八稜鏡》は、西王母の仙薬を盗んで月に逃げ、ヒキガエルに変えられたという嫦娥(じょうが)の伝説をデザイン化したものです。


《月兎八稜鏡(げっと はちりょうきょう)》中国・中唐/CE8-9c 泉屋博古館
この西王母や嫦娥の伝説、そして七夕伝説は、日本にも伝わり、円山応震、上島鳳山は、これらの伝説を優美な日本の美人画として描きました。

(左から)円山応震筆《西王母図》江戸時代後期/CE19c 泉屋博古館、上島鳳山筆《十二ヶ月美人》より「八月嫦娥」、「七月七夕」明治42年/CE1909 泉屋博古館東京
神仙へのあこがれ、そして日本へ
最終章となる第5章では、神仙思想がデザインに与えた影響と、その文化が日本へともたらされた軌跡をたどります。

第5章「神仙へのあこがれ、そして日本へ」展示風景
後漢時代には、伝説上の琴の名手・伯牙(はくが)といった神仙を描いた「神獣鏡」が流行します。根津美術館が所蔵する《伯牙弾琴盤龍鏡》(後漢)は、伯牙の奏でる音楽が瑞獣を呼び寄せたかのような場面が描かれています。
重要文化財《画文帯同向式神獣鏡》には、伯牙とその演奏の良き理解者であったそ友人・鍾子期の姿が描かれているとされています。自分の音を真に理解してくれる友を失った伯牙は琴を壊し、二度と弾くことはありませんでした。京都・祇園祭の山鉾の一つ「伯牙山」は、この「知音(ちいん)」の逸話を主題としています。
また、本展では、魏の年号を持つ《黄初二年同向式神獣鏡》をはじめ、三国時代の魏・呉・蜀で作られた作品が一堂に会する点も大きな見どころです。

(左から)《黄初二年同向式神獣鏡(こうしょにねん どうこうしきしんじゅうきょう)》中国・魏黄初2年/CE221 泉屋博古館、《画文帯同向式神獣鏡( がもんたい どうこうしきしんじゅうきょう)》中国・三国/CE3c 根津美術館
こうした神獣鏡はやがて日本列島にもたらされ、有力者の権威を象徴する品として古墳に副葬されるようになります。
『魏志倭人伝』に記された、邪馬台国の女王・卑弥呼による魏への遣使と関連づけられることもある《三角縁神獣鏡》が、古墳から多数出土しています。
『魏志倭人伝』に記された、邪馬台国の女王・卑弥呼による魏への遣使と関連づけられることもある《三角縁神獣鏡》が、古墳から多数出土しています。
やがて中国の鏡を模倣して、日本国内でも鏡が作られるようになり、古墳時代に日本で生産された鏡も展示されています。

第5章「神仙へのあこがれ、そして日本へ」展示風景より、さまざまな三角縁神獣鏡の展示
時空を超えたコラボレーション
同時開催の「泉屋ビエンナーレSelection」では、現代の鋳金作家が中国古代青銅器からインスピレーションを得て制作した作品が紹介されています。

「泉屋ビエンナーレSelection」展示風景
また、京都本館のリニューアルに合わせて登場したオリジナルグッズも見逃せません。特にフェリシモ「ミュージアム部」とコラボした《鴟鴞尊》のポーチは、その愛らしい姿で人気を集めそうです。ほかにも古代青銅器の饕餮(とうてつ)文様をモチーフにしたポーチや、古代の文字・金文をあしらったマスキングテープ、西王母にちなんだフルーティーな味わいのオリジナルコーヒーブレンドなど、他では手に入らないユニークで魅力的なグッズが多数揃っています。

会期中には、専門家による講演会やスライドトークなど、展覧会をさらに深く味わうための関連行事も予定されています。詳細は泉屋博古館東京公式サイトでご確認ください。
一見すると難しそうに見える中国古代美術ですが、細部に目を凝らせば、そこには古代の人々の祈りや願い、そして豊かな想像力が生み出した壮大な世界観が広がっています。
泉屋博古館東京の野地耕一郎館長は「できるだけ作品に近づいて、細部を観察することが一番の楽しみ方。細かなディテールにこそ、すごく重要な意味が隠されている」と語ります。
謎解きのような面白さを体験できるのが、この展覧会の大きな魅力です。ぜひ会場で、古代中国のデザインに込められたメッセージを受け取ってみてください。
泉屋博古館東京の野地耕一郎館長は「できるだけ作品に近づいて、細部を観察することが一番の楽しみ方。細かなディテールにこそ、すごく重要な意味が隠されている」と語ります。
謎解きのような面白さを体験できるのが、この展覧会の大きな魅力です。ぜひ会場で、古代中国のデザインに込められたメッセージを受け取ってみてください。
【開催概要】
展覧会名:企画展「死と再生の物語(ナラティヴ)―中国古代の神話とデザイン―」
会期:2025年6月7日(土)〜2025年7月27日(日)
会場:泉屋博古館東京(東京都港区六本木1丁目5番地1号)
開館時間:11:00〜18:00(金曜は19:00まで、入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日、7月22日(火)(7月21日は開館)
入館料:一般1,200円(団体1,000円)、学生600円(団体500円)、18歳以下無料
※学生・18歳以下は証明書提示、障がい者手帳提示で本人と同伴者1名無料
泉屋博古館東京公式サイト:https://sen-oku.or.jp/tokyo/