大分県立美術館(OPAM)は、2015年4月の開館から10周年を迎えました。これを記念した企画展「OPAM開館10周年記念 LINKS―大分と、世界と。」が開催されています(会期中展示替えあり。文中、展示期間表記のない作品は通期展示)。
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本展のテーマは「出会い」。作家同士の交流や、作家と作品との「出会い」が生み出した、美術史における数々の「つながり」=“LINKS”を、大分を起点に日本、そして世界へと視野を広げながら紹介しています。約180点の名品を通して、美術のダイナミズムと、そこに大分がどのように関わってきたのかを探ります。

展示は2部構成となっており、近代洋画から現代の前衛美術までを扱う第1部と、日本画の巨匠たちの作品を通じて伝統と革新をたどる第2部で構成されています。

西洋と日本の交差点:近代洋画のダイナミズムと大分のかかわり
第1部では、19世紀末から20世紀半ばまでの西洋美術の潮流と、日本での受容、さらには戦後の前衛芸術まで、変化に富んだ近現代美術の流れを追います。
ここでは、作家同士や作品との「出会い」が、いかに新しい表現を生み出す原動力となったかが見どころです。

まず注目したいのは、黒田清輝と藤雅三の「出会い」。黒田はパリで法律を学ぶ予定でしたが、大分県臼杵出身の藤雅三と出会い、通訳を頼まれたことがきっかけで画家の道へ進みます。藤の油彩画は国内に1点しか現存しておらず、その貴重な作品が本展で公開されています。
また、黒田が師事したフランス人画家ラファエル・コランや、黒田に学び、南画など東洋的な要素を油彩に取り入れて独自の画風を築いた、大分出身の片多徳郎の作品も紹介されています。
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ラファエル・コラン《若い娘》1894年 福岡市美術館所蔵

一方、当時の西洋の画家たちは、日本の美術、特に浮世絵に新たな表現の可能性を見出していました。印象派を代表するクロード・モネもその一人で、彼の《アンティーブ岬》は、手前に松の木を大胆に配し、遠景との対比を強調する構図に、浮世絵からの影響がうかがえます。このように、本展では日本と西洋の美術が互いに影響を与え合った「つながり」を、作品を通して感じることができます。
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(左から)ポール・セザンヌ《水の反映》1888-90年頃、クロード・モネ 《アンティーブ岬》1888年 いずれも愛媛県美術館所蔵

20世紀に入ると、ヨーロッパでは写実主義を超えた新しい芸術運動が生まれます。フォーヴィスム、キュビスム、シュルレアリスムといったモダニズムの動きは、海を越えて日本の画家たちにも大きな刺激を与えました。

シュルレアリスム(超現実主義)の影響が色濃い、東郷青児の《超現実派の散歩》は、当時のヨーロッパの新しい芸術潮流をいち早く取り入れた画家の感性を示しています。
東郷青児《超現実派の散歩》1929年 SOMPO美術館 ©Sompo Museum of Art, 24026
〈大分県立美術館より提供〉東郷青児《超現実派の散歩》1929年 SOMPO美術館 ©Sompo Museum of Art, 24026

古賀春江は、キュビスムやシュルレアリスムの影響を受け、独特の世界を築きました。《窓外の化粧》は、飛行船やモダンなモチーフが不可思議に組み合わされた彼の代表作です。
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古賀春江《窓外の化粧》1930年 神奈川県立近代美術館所蔵

戦後になると、岡本太郎が《燃える人》のような、生命力とエネルギーに満ち溢れた抽象絵画が発表されるようになり、新たな時代が切り開かれました。
岡本太郎《燃える人》1955年 東京国立近代美術館所蔵
〈大分県立美術館より提供〉岡本太郎《燃える人》1955年 東京国立近代美術館所蔵

ピカソ《ゲルニカ》の影響
第1部のハイライトが、パブロ・ピカソが監修した《ゲルニカ(タピスリ)》の特別展示です(後期5月23日~6月22日のみ展示)。これは、1937年に描かれたスペイン内戦の悲劇を告発する絵画《ゲルニカ》(現・スペイン、ソフィア王妃芸術センター所蔵)を元に、ピカソ自身が監修し、原画の普及とメッセージ伝達のために3点のみ制作を許可したタペストリー(つづれ織り)の一つです。これは単なる複製ではなく、ピカソの平和への強い願いが込められています。
他にもピカソの油彩画2点と、南仏で作陶に励んだ時期のユーモラスな陶器7点(いずれも通期展示)も紹介されています。

《ゲルニカ》が発表された当時、美術雑誌などを通じてその衝撃は伝わり、大分市出身の佐藤敬や香川県出身で、妻の故郷である佐伯市との関わりが深い、猪熊弦一郎といった画家たちが、その主題や構図に影響を受けた作品を発表しました。
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佐藤 敬《水災に就いて》1939年 大分市美術館所蔵

また、本展で見逃せないのが、戦後日本の前衛芸術運動「ネオ・ダダ」と大分のつながりです。
大分市の画材店「キムラヤ」には、吉村益信や磯崎新ら若き芸術家たちが集い、「新世紀群」を結成。その後、彼らは東京で「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」の中心メンバーとして活躍し、日本の戦後美術に大きな転換をもたらしました。

さらにネオン管を用いた吉村益信のライト・アートや、現代美術とも深く関わった建築家・磯崎新の活動も取り上げられ、ジャンルを超えた芸術のつながりを通じて、日本戦後美術の重要な転換点の源流が大分にあったことを明らかにしています。 
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吉村益信 Neon Cloud-Neon ネオン雲 1966年 大分県立美術館所蔵

日本画の革新者――大分が生んだ巨匠たち
第2部は、日本画の伝統と革新がテーマ。中心となるのは、大分が生んだ二人の巨匠、福田平八郎と髙山辰雄です。彼らは伝統的な日本画の形式を守りつつ、時代に即した革新を加え、日本画の表現の幅を広げました。
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髙山辰雄《由布の里道》1998年 大分県立美術館所蔵

大分市に生まれた福田平八郎は、京都で絵画を学びました。写生を基礎としながらも、対象の本質を捉え、大胆な構図と色彩で独自の画風を確立しました。彼の作品は、伝統的な日本画の技法に、近代的な感覚を取り入れた斬新さが特徴です。
本展では、初期の《安石榴(ざくろ)》や、水の流れや雲の動きといった自然の一瞬を見事に捉えた《雲》、《水》、雪景色を描いた《新雪》など、彼の代表的な作品が多く展示されています。
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福田平八郎《安石榴》1920年 大分県立美術館所蔵 前期

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(左から)福田平八郎《水》1958年、《雲》1950年、《新雪》1948年 いずれも大分県立美術館所蔵

髙山辰雄は、東山魁夷、杉山寧とともに「日展三山」と呼ばれ、戦後の日本画壇を牽引した存在でした。
第2部の大きな見どころの一つが、1964年の日展で話題となった杉山寧《穹》、東山魁夷《冬華》、髙山辰雄《穹》が一堂に会するコーナーです。
ライバルとして互いを意識し、高め合った3人の巨匠による同時代の傑作を、比較しながら鑑賞できる貴重な機会となっています。(3点が揃うのは5月21日まで)
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(左から)髙山辰雄 穹 1964年 前期、東山魁夷 冬華 1964年 いずれも東京国立近代美術館所蔵

また、土田麦僊や堂本印象、村上華岳、小野竹喬、榊原紫峰ら京都画壇の作家たちの作品も見どころです。彼らは伝統的な日本画の枠を超え、個性豊かな表現を追求しました。大分出身の画家たちが、こうした日本画の革新運動とどのように関わってきたのか、展示を通して知ることができます

「LINKS―大分と、世界と。」展は、単に名作を並べるのではなく、「出会い」と「つながり」という視点から美術の歴史を読み解こうとする意欲的な試みです。
時空を超えて交差するアートの豊かな「出会い」と「つながり」、そしてその背景にある大分という土地の役割を、本展であらためて発見してみてはいかがでしょうか。
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【開催概要】  
展覧会名:LINKS(リンクス)―大分と、世界と。  
会期:2025年4月26日(土)~6月22日(日)  
会場:大分県立美術館(1階展示室A、3階コレクション展示室)  
開館時間:10:00~19:00(金・土曜は20:00まで、入場は閉館30分前まで)  
休展日:5月22日(木)  
観覧料:一般1,400円、大学・高校生1,200円(中学生以下無料)  
公式ホームページ:https://www.opam.jp/