奈良国立博物館(奈良博)は、令和7年(2025)で130周年を迎えます。これを記念して、奈良博では初めての本格的な国宝展、特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」が2025年6月15日(日)(会期中展示替えあり。文中、展示期間表記のない作品は通期展示)まで開催されています。「超 国宝」というタイトルには、「とびきり優れた宝」という意味に加え、時代を超えて伝えられた祈りや文化を継承する人々の心もまた、かけがえのない宝であるという意味が込められています。
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本展では、奈良博や奈良の歴史に深く関わる国宝を中心に、国宝112件、重要文化財16件(国宝指定予定1件を含む)を含む仏教・神道美術の名品143件が集結します。先人たちの祈りが込められた文化財を通じて、文化の灯を次の時代へとつなぐ、奈良博の新たな一歩となる展覧会です。
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【国宝】 粟原寺三重塔伏鉢 奈良時代 和銅8年(715年) 奈良・談山神社

第1章「南都の大寺」
奈良は、法隆寺、東大寺、興福寺、元興寺、唐招提寺など、1300年以上の歴史を持つ大寺院が集まる地です。
明治維新後の混乱期、多くの文化財が失われる危機に瀕しました。奈良博は、こうした文化財を保護する役割を担うとともに、こうした歴史ある寺院の協力によって発展してきました。
第1章では、奈良博の歩みと深く関わってきた南都の大寺に伝わる、まさに「超 国宝」と呼ぶにふさわしい名宝の数々を紹介します。

この章の中心となるのは、国宝《観音菩薩立像(百済観音)》です。すらりとした八頭身の優美な姿、慈愛に満ちた表情は、飛鳥時代の仏像彫刻の最高傑作の一つとされています。
明治から昭和初期にかけて長く奈良博で展示され、哲学者・和辻哲郎の『古寺巡礼』によって広く知られるようになった、奈良博と縁の深い仏像です。その立ち姿は、まるで文化の灯そのもののようです。
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 【国宝】《観音菩薩立像(百済観音)》飛鳥時代(7世紀) 奈良・法隆寺

法隆寺からはほかにも、国宝《四天王立像 広目天・多聞天》(飛鳥時代・7世紀、通期展示)や、国宝《地蔵菩薩立像》(平安時代・9世紀、通期展示)などが出展されます。四天王像は現存最古級の作例であり、地蔵菩薩立像は、かつて大神神社の神宮寺であった大御輪寺に伝来したもので、量感あふれる体軀と整った衣文表現が見どころです。

また、聖徳太子の妃が太子の死後の冥福を祈って作らせたとされる国宝《天寿国繡帳》は、現存する日本最古級の刺繍であり、一針一針に込められた祈りの形を今に伝えます。
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【国宝】 《天寿国繡帳》 原本部分 飛鳥時代 推古天皇30年(622)頃 模本部分 鎌倉時代 建治元年(1275) 奈良・中宮寺 展示期間:4月19日~ 5月15日

平安時代初期を代表する力強い作風の奈良・元興寺の国宝《薬師如来立像》は、奈良博開館当初から寄託され、現在も仏像館の中心的存在です。穏やかな表情の奈良・唐招提寺の国宝《薬師如来立像》なども展示され、奈良博が南都の大寺と共に歩んできた歴史と、守り伝えられてきた祈りの形を見ることができます。
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(左から) 【国宝】 《薬師如来立像》奈良時代(8世紀) 奈良・唐招提寺、【国宝】 《薬師如来立像》 平安時代(9世紀) 奈良・元興寺

鎌倉時代の彫刻では、東大寺再興に尽力した僧の姿を写実的に捉えた国宝《重源上人坐像》、絵画では信貴山に住む僧・命蓮の奇跡を描いた国宝《信貴山縁起絵巻 尼公巻》(平安時代・12世紀、奈良・朝護孫子寺、前期展示)なども展示され、南都の豊かな仏教文化を物語ります。
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【国宝】 《重源上人坐像》鎌倉時代(13世紀) 奈良・東大寺

第2章「奈良博誕生」
明治8年(1875)から18回にわたり、東大寺を会場に開催された奈良博覧会は、正倉院宝物や社寺の文化財を広く公開し、大きな反響を呼びました。この成功が、現在の東京国立博物館に次ぐ国立博物館として、帝国奈良博物館(現・奈良博)が設立されるきっかけとなったのです。
第2章では、奈良博覧会に出陳された作品や関連資料を通して、奈良博創成期の歩みをたどります。

博覧会の「顔」ともいえる存在だったのが、国宝《天燈鬼・龍燈鬼立像》です。ユーモラスな表情の二鬼は、鎌倉時代の名仏師・運慶の子である康弁の作と考えられており、当時の写真資料にもその姿が残されています。
興福寺南円堂創建当初から伝わる唯一の遺品である国宝《金銅燈籠》も、奈良博誕生以前からの祈りの歴史を伝えます。
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(手前ガラスケース内2軀)【国宝】 《天燈鬼・龍燈鬼立像》鎌倉時代 建保3年(1215) 奈良・興福寺 前期展示、(中央)【国宝】 《金銅燈籠》平安時代 弘仁7年(816) 奈良・興福寺

また、法隆寺から皇室に献納され、現在は東京国立博物館が所蔵する「法隆寺献納宝物」からも、奈良ゆかりの至宝が展示されています。
国宝《竜首水瓶》は、ペルシア風の水差しに中国由来の龍の頭部が取り付けられた、東西文化の交流を示す優品です。
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【国宝】 《竜首水瓶》飛鳥時代(7世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)

また、同じく法隆寺献納宝物の《伎楽面 呉公》は、2025年に仮面として初めて国宝に指定されました。
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(左から)【国宝】 《伎楽面 呉公》飛鳥時代(7世紀) 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)、【重要文化財】 《伎楽面 波羅門》奈良時代(8世紀) 奈良・東大寺

第3章「釈迦を慕う」
仏教の開祖である釈迦への信仰は、奈良の仏教文化の根幹をなすものです。
第3章では、釈迦の姿を写した仏像や、その遺骨(仏舎利)を納めるための荘厳な容器など、釈迦を慕う心が生み出した各時代の名宝を紹介します。

この章では、日本の釈迦信仰を語る上で欠かせない、3つの異なる姿の釈迦像が一堂に会します。
東京・深大寺に伝わる国宝《釈迦如来倚像》(飛鳥時代・7世紀、通期展示)は、白鳳彫刻の最高傑作の一つとされ、明るく清らかな表情と優美な姿は、見る者を魅了します。
奈良・室生寺の国宝《釈迦如来坐像》の堂々とした体軀と威厳ある表情は、平安時代初期の密教彫刻の特徴を示しています。
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【国宝】 《釈迦如来坐像》平安時代(9世紀) 奈良・室生寺

後期展示の京都・清凉寺の国宝《釈迦如来立像》(中国・北宋時代・雍熙2年(985))は、釈迦在世時の姿を写したという伝説を持つ霊像として、中世以降、特に鎌倉時代の律宗僧・叡尊らによって篤く信仰され、多くの模刻像が作られました。

釈迦信仰のもう一つの重要な側面である「仏舎利(釈迦の遺骨)」信仰に関連する名品も展示されます。奈良・唐招提寺の国宝《金亀舎利塔》(鎌倉時代・13世紀、通期展示)は、鑑真和上がもたらした舎利を納めるための容器で、金色の亀が宝塔を背負う美しい姿をしています。
奈良・西大寺の国宝《金銅透彫舎利容器》は、龍などの文様が精緻な透かし彫りで表現された華麗な作品です。同じく西大寺の国宝《鉄宝塔および五瓶舎利容器》(鎌倉時代・弘安7年(1284)、通期展示)は、叡尊による舎利信仰の高まりを伝える重要な遺品です。
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【国宝】《金銅透彫舎利容器》鎌倉時代(13~14世紀) 奈良・西大寺

後期には、江戸時代の画家・伊藤若冲による国宝《動植綵絵》のうち2幅が展示されます。
京都・相国寺の釈迦三尊像を荘厳することを意図して描かれたと思われるこの絵は、釈迦入滅の際に多くの動物たちが供養する仏涅槃図の情景を念頭に置いたものと考えられ、若冲の釈迦への深い思慕が感じられます。

第4章「美麗なる仏の世界」
仏教美術は、各時代の最高の美意識と技術を結集して生み出されてきました。特に平安時代後期には、鮮やかな色彩や、金箔を細く切って文様を表す截金(きりかね)技法を用いた華麗な仏画や仏像が数多く制作され、「美麗」と称されました。
第4章では、そうした平安・鎌倉時代の美麗な仏教美術を中心に、密教や浄土教など多様な仏の世界を紹介します。

この章の見どころの一つは、奈良・円成寺の国宝《大日如来坐像》です。日本で最も著名な仏師・運慶が20代の頃に制作した、現存最古の作品として知られています。若々しいエネルギーに満ちた造形は、平安後期の優美な様式を受け継ぎつつも、新しい時代の到来を予感させます。
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【国宝】 《大日如来坐像》平安時代 安元2年(1176) 奈良・円成寺

密教美術では、宇宙の真理を視覚的に表現した国宝《両界曼荼羅(子島曼荼羅)》が目を引きます。紺色の絹地に金銀泥で諸仏諸尊が描かれた、現存最古級かつ最高レベルの曼荼羅図です。
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国宝《両界曼荼羅(子島曼荼羅) 》平安時代(11世紀) 奈良・子嶋寺 前期展示

工芸品では、奥州藤原氏の栄華を今に伝える岩手・中尊寺金色堂の堂内具に注目。
国宝《金銅華鬘》と国宝《金銅幡頭》は、金色堂内部を飾っていた荘厳具で、透かし彫りや線刻による繊細で流麗なデザインが、当時の工芸技術の高さを物語っています。
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【国宝】 《中尊寺金色堂堂内具のうち金銅華鬘・金銅幡頭》平安時代(12世紀) 岩手・中尊寺金色院

第5章「神々の至宝」
古来、日本では自然の中に神々を見出し、鏡や剣などを依り代として祀ってきました。やがて仏教の影響も受けながら神像も作られ、神々に捧げる工芸品(神宝)も制作されるようになります。
第5章では、古代から続く神々への祈りの世界を、貴重な神宝や神像、絵画を通して紹介します。

この章で注目すべきは、国宝《七支刀》です。
刀身から左右に三本ずつ枝刃が出た特異な形状の鉄剣で、金象嵌の銘文から、古代の百済(朝鮮半島)から倭(日本)へ贈られたと考えられています。古代東アジアの交流を示す一級史料であると同時に、1600年以上もの間、神社の神宝として大切に伝えられてきた伝世品としても極めて貴重です。
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【国宝】 《七支刀》古墳時代(4世紀) 奈良・石上神宮

神像彫刻の初期作例として重要なのが、薬師寺の鎮守社である休ヶ岡八幡宮に安置されてきた国宝《八幡三神坐像》(平安時代・9世紀、奈良・薬師寺、通期展示)です。八幡神、神功皇后、仲津姫命の三尊で構成され、平安初期彫刻らしい量感と威厳を備えています。
同じく薬師寺に伝わる国宝《獅子・狛犬》(鎌倉時代・13~14世紀、奈良・薬師寺、通期展示)も、力強く風格のある姿が印象的。
絵画では、天平美人画の最高傑作とされる国宝《吉祥天像》(奈良時代・8世紀、奈良・薬師寺)が、5月6日まで展示されています。
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第5章「神々の至宝」展示風景より、薬師寺所蔵の名宝

また、春日大社の神々の霊験譚(神仏の霊験による奇跡や利益)を描いた国宝《春日権現験記絵 巻第十八》は、鎌倉時代のやまと絵の至宝であり、当時の信仰の様子や風俗を生き生きと伝えています。
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【国宝】 《春日権現験記絵 巻第十八》鎌倉時代(14世紀) 国(皇居三の丸尚蔵館収蔵) 前期展示

第6章「写経の美と名僧の墨蹟」
第6章では、仏教の教えを伝える上で重要な役割を果たしてきた「書」、すなわち経典の書写(写経)と、高僧たちの筆跡(墨蹟)に注目します。
写経は、単に教えを広めるだけでなく、書写する行為自体に功徳があるとされ、また経典を美しく装飾することで、より深い信仰が示されました。
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第6章「写経の美と名僧の墨蹟」展示風景

日本の写経は、特に奈良時代と平安時代後期に大きな隆盛を見せます。
奈良時代の写経の代表が、国宝《金光明最勝王経(国分寺経)》(奈良時代・8世紀、奈良国立博物館、通期展示・巻替えあり)です。聖武天皇が全国の国分寺の塔に納めるために作らせたもので、金泥で書かれた文字が輝く、天平写経の最高峰の一つです。
平安時代後期の装飾経の粋ともいえるのが、国宝《法華経(久能寺経)》です。鳥羽上皇周辺の人々が分担して制作したとされ、金銀の箔や絵具で飾られた料紙に書かれた文字が、平安貴族の洗練された美意識を今に伝えています。
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【国宝】 《法華経(久能寺経)薬草喩品・随喜功徳品》平安時代(12世紀) 個人蔵 前期後期で展示巻変更

岩手・中尊寺の国宝《金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅 第六幀》(平安時代・12世紀、岩手・中尊寺大長寿院、前期展示)は、金色の文字でお経の全文を書き連ねて宝塔の形を描き出したもの。近づいて見ると宝塔の周辺には釈迦や四天王などが細密に描かれていることがわかります。信仰と芸術が見事に溶け合った、平安仏教美術の粋といえる作品です。
同じく中尊寺に伝わる国宝《金銀字一切経(中尊寺経)大般涅槃経 巻第四》(平安時代・12世紀、和歌山・金剛峯寺、前期展示)と、それを納めた国宝《中尊寺一切経箱》(平安時代・12世紀、岩手・中尊寺大長寿院、前期展示)も、奥州藤原氏の栄華と篤い信仰を物語ります。
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第6章「写経の美と名僧の墨蹟」展示風景より、中尊寺ゆかりの国宝の展示

第7章「未来への祈り」
第7章では、未来への祈りを象徴する品が展示されています。

日本では、平安時代中期以降、「末法」という仏法が衰える時代に入ると考えられ、経典を後世に伝えるために写経し、経筒に納めて土中に埋める「経塚」が盛んに行われました。
国宝《鞍馬寺経塚出土品》は、宝塔形や宝幢形の精巧な経筒や、ともに埋納された金銅三尊像など、平安時代の経塚遺物の代表例です。
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《鞍馬寺経塚出土品 宝塔形経筒・宝幢形経筒・金銅三尊像》平安時代(10~12世紀) 京都・鞍馬寺 前期展示

前期に展覧会の最後を飾るのは、京都・宝菩提院願徳寺に伝わる国宝《菩薩半跏像》です。
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 《菩薩半跏像》平安時代(8世紀) 京都・宝菩提院願徳寺 

仏教では、釈迦が入滅してから56億7000万年後に弥勒菩薩が現れ、人々を救済すると説かれています。この像は、弥勒菩薩の姿とも考えられており、未来の救済を願う人々の祈りの対象となってきました。その深く思索するような表情は、文化財を未来へ継承していくことの意義を、私たちに静かに問いかけているかのようです。
後期には奈良・中宮寺の国宝《菩薩半跏像(伝 如意輪観音)》(飛鳥時代・7世紀)が展示されます。

ミュージアムグッズも見逃せない!
鑑賞の記念となるミュージアムグッズも充実しています。出展される全作品を網羅した豪華な公式図録はもちろんのこと、人気キャラクター「すみっコぐらし」とのコラボレーショングッズなど、展覧会限定の魅力的なオリジナルグッズが特設ショップに並んでいます。
注目は、海洋堂制作の百済観音像の公式フィギュアの復刻販売(数量限定)です。2020年に制作された幻のフィギュアが、パッケージも新たに登場しています。
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奈良博は、文化財受難の時代に、その保護と継承を使命として誕生しました。この展覧会は、先人たちの祈りを受け継ぎ、文化の灯を未来へとつないでいくことの大切さを、改めて考えるきっかけを与えてくれるでしょう。
日本文化の根幹をなす仏教・神道美術の名品を通して、その奥深さと、時代を超えて輝き続ける「祈り」の力に触れてみてはいかがでしょうか。

 【開催概要】
奈良国立博物館開館130年記念 特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」
会期: 2025年4月19日(土)~ 6月15日(日)   
 前期展示: 4月19日(土)~ 5月18日(日)   
 後期展示: 5月20日(火)~ 6月15日(日)   
 ※会期中、一部作品の展示替えがあります。
会場: 奈良国立博物館 東・西新館
開館時間: 午前9時30分 ~ 午後5時 (入館は閉館の30分前まで)
休館日: 毎週月曜日、5月7日(水) (ただし、4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開館)
観覧料:
    一般: 2,200円 (団体 2,000円)
    高大生: 1,500円 (団体 1,300円)
    中学生以下: 無料
    ※団体は20名以上。
公式ホームページ: https://oh-kokuho2025.jp