東京都港区の緑豊かな庭園に囲まれた根津美術館では、財団創立85周年を記念した特別展「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図——光琳・応挙・其一をめぐる3章」が開催中です(2025年4月12日~5月11日)。
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この展覧会では、日本絵画の歴史を彩る三人の画家、尾形光琳、円山応挙、鈴木其一の代表作である金屏風が初めて一堂に展示されています。3章構成で、それぞれの章が一人の画家に焦点を当てつつ、関連する作品を通して流派の変遷や画風の継承、そして画家たちの個性とその革新性を浮かび上がらせる構成になっています。
※展示室内の写真は美術館の許可を得て撮影

 応挙の写生画の革新性
「藤花図屏風の章」では、写生によって革新を試みた円山応挙と、その流れを受け継ぐ円山・四条派の作品が紹介されています。応挙の代表作《藤花図屏風》は、金地を背景に垂れ下がる藤の花が描かれており、幹や枝は墨の濃淡だけで立体感を表現しています。白・青・紫の絵の具を重ねた花房は、まるで香りまで感じられるような瑞々しさがあります。
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【重要文化財】《藤花図屏風》円山応挙筆 日本・江戸時代 安永5年(1776)

応挙はただ形を写すのではなく、対象の本質に迫り、その中に潜む美しさを捉えようとする「写生画」の道を切り開きました。単なるリアルとは異なる、写実と装飾性が融合したこの作品は、応挙の写生画の真骨頂といえるでしょう。

さらに応挙の弟子たちによる作品もあわせて展示されており、応挙の革新性がどのように受け継がれていったかを見ることができます。
応挙の高弟のひとり、山口素絢の《草花図襖》は、春から秋までの草花を生き生きと描いたもので、細部への観察眼と写実的な描写に応挙の影響が見て取れます。
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【重要美術品】 《草花図襖》 山口素絢筆 日本・江戸時代 文化10年(1813)

一方、与謝蕪村の門下から応挙の弟子になり、後に四条派の祖となった呉春は、南画と写生を融合させた新しい様式を展開しました。
ほかにも呉春の異母弟、松村景文や森狙仙の作品なども展示され、応挙から始まった円山・四条派の多彩な広がりを楽しむことができます。
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「藤花図屏風の章」展示風景より、(左)《鹿図(龍・鹿図のうち)》森狙仙筆 日本・江戸時代 18世紀

光琳が描いた装飾的な琳派の世界
「燕子花図屏風の章」は、琳派の巨匠・尾形光琳が主役です。展示の中心となるのは、国宝《燕子花図屏風》。金地に、群青と緑青のわずか二色で描かれた燕子花(かきつばた)の群れが広がります。左右の隻で配置に変化をつけつつも、全体としては絶妙な均衡が保たれており、どこを切り取っても美しい構図となっています。写生的な描写よりも、植物の美しさを意匠化し、装飾として完成させた光琳ならではの感性が光ります。
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【国宝】《燕子花図屏風》 尾形光琳筆 日本・江戸時代 18世紀

ミュージアムショップでは、《燕子花図屏風》 をモチーフにしたさまざまなオリジナルグッズも用意されています。鑑賞の記念に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
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『源氏物語』の一場面を描いた《浮舟図屏風》は、宇治の山荘から浮舟を連れ出した匂宮が、小舟で対岸の別荘へ向かう場面が描かれています。銀箔で表された月と金箔を貼った舟の不安定な構図が、浮舟の行く末を暗示しているようです。俵屋宗達にその源流を求めることができる図様と大胆な構図は、光琳の作品にも影響を与えたと考えられます。
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(左から)《浮舟図屏風》日本・江戸時代 17世紀、《白楽天図屏風》尾形光琳筆 日本・江戸時代 18世紀

宗達の工房で制作されたとされる《桜下蹴鞠図屏風》も展示されており、この章では、光琳が宗達から何を学び、それをどのように独自の洗練されたスタイルへと昇華させたのかを、作品を比較しながら鑑賞することができます。

 江戸琳派の異才・其一
「夏秋渓流図屏風の章」では、江戸琳派の異才・鈴木其一が登場します。其一は、師である酒井抱一の画風を習得しながらも、自らのスタイルを模索し、独自の世界を築き上げました。
代表作《夏秋渓流図屏風》は、金地を背景に檜の林を流れる渓流が描かれ、右隻には夏の白い山百合、左隻には紅葉の桜が鮮やかに配されています。
水の流れや岩肌、苔の表現には、独特の粘りのある線と濃淡が施されており、自然が画面の中でうごめいているかのような、幻想的な世界が広がります。
琳派の様式を受け継ぎながらも新たな表現を生み出した、其一の個性がよく表れた代表作といえるでしょう。
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【重要文化財】《夏秋渓流図屏風》鈴木其一筆 日本・江戸時代 19世紀

この章では、近世の個性的な水墨画もあわせて紹介されています。《鷲鷹図屏風》(會我宗庵筆)は墨の濃淡を活かし、劇的に鷲と鷹を描いた迫力ある一作。筆者の曾我宗庵は桃山時代から続く鷹図を得意とした曾我派の画家と考えられ、奇想の画家・曾我蕭白の画風を先取りしているようにも見えます。
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(左)《鷲鷹図屏風》曾我宗庵筆 日本・江戸時代 17 ~ 18世紀

狩野山楽の高弟で、京狩野家2代目にあたる山雪の《梟鶏図》は、夜と朝を象徴する二羽の鳥を主軸に構成された作品です。梟のとぼけた表情と、鶏の不機嫌そうな顔つきが楽しい作品ですが、独創的かつ卓越した水墨の技も見どころです。
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(右から)《梟鶏図》狩野山雪筆 日本・江戸時代 17世紀、《藤原惺窩閑居図》狩野山雪筆 堀杏庵・林羅山賛 日本・江戸時代 寛永16年(1639)

季節の美とともに——庭園と関連展示
展示室3では中国の小金銅仏の特集展示、展示室5では能面展「女面の魅力」、展示室6では茶道具展「若葉どきの茶」が同時開催中です。
展示室5では「杜若(かきつばた)」に使われる女性の面や関連する装束が展示され、能の感情表現の繊細さや面の持つ物語性を味わうことができます。
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展示室5「女面の魅力」展示風景

展示室6では、《小井戸茶碗 銘 忘水》など、季節に寄り添う道具の美が集められており、初夏の茶の湯の空気感が楽しめます。
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展示室6「若葉どきの茶」展示風景

展示室3で特に注目すべきは、北魏時代の489年に作られた《釈迦多宝二仏並坐像》(重要文化財)です。裏面には、父母の供養のために兄弟4人が制作を願ったことが銘文として刻まれており、制作年代が明確な貴重な基準作となっています。仏像の上部は、堂々とした姿と細やかな衣の表現が見事で、北魏時代の特徴をよく表しています。一方、台座の下部には亡くなった父母の姿が線刻されていますが、その描写は素朴で少し拙く、こちらは兄弟自身が刻んだのかもしれません。
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【重要文化財】 《釈迦多宝二仏並坐像 1軀 銅造鍍金》中国・北魏時代 太和13年(489)

鑑賞を終えたあとは、美術館の庭園を散策してみましょう。会期中には池のほとりに燕子花が咲き誇り、まるで《燕子花図屏風》の世界に足を踏み入れたかのような光景が広がります。自然と芸術が響き合うこのひとときは、根津美術館ならではの贅沢な楽しみのひとつです。
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庭園風景 ※2025年4月11日撮影

応挙の革新的な写生、光琳の洗練された装飾性、其一の異才あふれる独創性。それぞれの画家の魅力が発揮された3つの金屏風は、異なる時代や場所で制作されたにもかかわらず、どこか不思議なつながりも感じさせます。関連展示や庭園散策とあわせて、ぜひその美しさを体感してみてください。

【開催概要】
展覧会名: 財団創立85周年記念特別展  「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図――光琳・応挙・其一をめぐる3章」 
会期: 2025年4月12日(土)~5月11日(日) 
会場: 根津美術館 展示室1・2(東京都港区南青山6-5-1) 
開館時間: 午前10時~午後5時(最終入館 午後4時30分) ※5月5日~11日(5月7日休館)は午後7時まで開館(最終入館 午後6時30分) 
休館日: 4月21日(月)、5月7日(水) 
入館料(オンライン日時指定予約): 一般 1500円、学生 1200円 
公式サイト: https://www.nezu-muse.or.jp