東京・港区の根津美術館で、2025年3月30日まで特別展「武家の正統 片桐石州の茶」が開催されています。本展は、江戸時代の武家茶道の本流を確立した大名茶人・片桐石州(1605~73)と、その流派である石州流の茶の湯の世界を紹介する初めての本格的な展覧会。茶道史上重要な位置を占めながらも、あまり知られていない彼の功績に光を当て、石州の生涯や交流、そして後世への影響を、貴重な作品や資料を通してたどります。


会場入口
※館内は撮影禁止です。展示室内の写真は美術館の許可を得て撮影しています。
茶の湯を通じた交流
展覧会の第1章「茶人 片桐石州」と第2章「石州をめぐる人々」では、石州の人物像と彼を取り巻く人々について紹介しています。片桐石州は、大和国小泉藩の第2代藩主であり、茶道の石州流を始めた人物です。利休の侘び茶を基に、大名らしい厳かさや威厳を加えた独自の茶道を確立し、古田織部や小堀遠州に続く茶人として名を馳せました。石州が礼装である束帯姿で描かれてた肖像画からは、武家茶人としての側面がうかがえます。

(左から)《茶杓 銘 時鳥 共筒》片桐石州作 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館、《片桐石州像》洞月筆 真巌宗乗賛 日本・江戸時代 明和4年(1767) 芳春院蔵 前期展示
石州は29歳で京都知恩院再建の作事奉行を任じられ、約8年間京都に滞在しました。この間、大徳寺の玉室宗珀や小堀遠州、千利休の孫・元伯宗旦らと親交を深め、その後も交流を続けました。
《書状 片石州宛》は、遠州が石州の茶入の蓋と仕覆の取り合わせについて意見を述べた手紙で、二人の親密な交流を示す貴重な資料です。石州と千家との交流を示す、米俵のような形の《米市手茶入》も展示されています。
第2章展示風景より、(右)《書状 片石州宛》小堀遠州筆 日本・江戸時代 17世紀 大和文華館蔵
対峙する鶏が描かれた《闘鶏図真形釜》は、石州から菩提寺である高林庵へ譲られたもので、茶の湯を通じて大徳寺の玉室宗珀と交流があったことがわかります。

【重要美術品】《闘雞図真形釜》日本・室町~桃山時代 16世紀 芳春院蔵
武家茶道の確立
第3章「石州の茶の湯」では、石州が開いた茶会の記録や愛蔵の道具が展示されています。
《承応万治宗関公御客御飾付之留》には、石州の茶会記録が107回分も収められ、どんな道具を使ったかも記載されています。

(右)《承応万治宗関公御客御飾付之留》日本・江戸時代 寛政4年(1792)書写 慶應義塾図書館蔵 前後期頁替え
寛文5年(1665)、江戸城の黒書院で行われた4代将軍・徳川家綱への献茶は、石州の評価が定まり、武家茶道における地位を確立したといえる出来事でした。使用する道具は、将軍家が所蔵する名物茶道具「柳営御物」の中から選ぶことが許され、床の間には《無準師範墨蹟 帰雲》が掛けられました。

【重要文化財】(右)《無準師範墨蹟 帰雲》中国·南宋時代 13世紀 MOA美術館蔵
石州が愛蔵した3つの瀬戸茶入も展示。《尻膨茶入 銘 夜舟》(根津美術館)、《肩衝茶入 銘 奈良》(個人蔵 )、《肩衝茶入 銘 八重垣》(愛知県美術館(木村定三コレクション))は、いずれも武家茶人好みの牙蓋と仕覆を備えており、石州の美意識を反映した品です。この機会にじっくり見比べてみましょう。


第3章展示風景
《尻膨茶入 銘 夜舟》(根津美術館)は、石州が最も茶会で使用した愛らしい瀬戸茶入です。6点の牙蓋と仕覆のうち、2点が遠州好み、4点が石州好みとされています。《肩衝茶入 銘 奈良》(個人蔵 )は、石州が晩年の連会で何度も用いた瀬戸肩衝で、3種類の牙蓋と仕覆が付属しています。長らく行方不明だった《肩衝茶入 銘 八重垣》(愛知県美術館(木村定三コレクション))も石州愛用の茶入の一つで、武家好みの豪華な付属品が見どころです。

《尻膨茶入 銘 夜舟》日本·桃山~江戸時代 16~17世紀 根津美術館
石州自作の道具も展示されています。
(左から)《茶杓 銘 孤蓬大和尚禅室 共筒》、《茶杓 銘 芳春大和尚拝上 共筒》いずれも片桐石州作 日本・江戸時代 17世紀 個人蔵
全国に広がる石州流とその影響
(右)最も著名な石州流の茶書の一種《石州三百箇條》日本・江戸時代 天保9年(1838)書写 慶應義塾図書館蔵 前後期で頁替え
石州流は、幕府の数寄屋坊主(茶室の管理や道具の保管を担う役人)や各藩の茶道職に浸透し、「武家の正統」と呼ばれるまでになりました。
《東武綱鑑》からは、数寄屋坊主の最上位である「数寄屋頭」の多くが石州流であったことがわかります。

(左から)《東都茶人大相撲》日本・江戸時代 嘉永4年(1851) 個人蔵、《東武網鑑》日本・江戸時代 元禄10年(1697) 慶應義塾図書館蔵
この章では、江戸後期を代表する大名茶人・松平不昧愛蔵の石州の茶杓や、その弟子である姫路藩主・酒井宗雅が石州の遺品として譲り受けた釜など、後世の有名な大名茶人たちと石州のつながりを示す品も紹介されています。
この章では、江戸後期を代表する大名茶人・松平不昧愛蔵の石州の茶杓や、その弟子である姫路藩主・酒井宗雅が石州の遺品として譲り受けた釜など、後世の有名な大名茶人たちと石州のつながりを示す品も紹介されています。

第4章展示風景
前期展示の《入門記》は、幕末の大老・井伊直弼が自身の茶道一派の創立を宣言した文書です。村田珠光以来の茶の湯の歴史を振り返り、4代将軍家綱の命で石州が茶道師範となって以降、天下の師範は石州流に定まったとし、自身の茶が石州流に連なると述べています。
春の訪れを感じる展示も
展示室5では伝 狩野山楽筆の「百椿図」が公開されています。約24メートルの巻物に100種類以上の椿が精緻に描かれたこの作品は、江戸時代の園芸文化の粋を集めた逸品です。当時の皇族、公家や大名、僧侶などが寄せた多彩な賛の中には、石州ゆかりの人物の名前も見られるので、探してみてください。

根津美術館蔵
また、展示室6の「春情の茶の湯」では、春にちなんだ茶道具が展示され、華やかな春の茶会の雰囲気を味わうことができます。石州と石州流にかかわる道具も展示されているのでお見逃しなく。

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(上)《雨中桜蛙図》浮田一蕙筆 日本・江戸時代 19世紀 小林中氏寄贈 、(下)《赤絵花鳥文汲出碗》景德鎮窯 中国·明~清時代 17世纪 いずれも根津美術館蔵
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この展覧会では、石州流の茶道がどのように広がり、幕府や大名たちに愛されたのかを、石州やゆかりの人物が愛用した茶道具や手紙などを通じてたどることができます。この機会に千利休の侘び茶を受け継ぎつつ、大名らしい厳かさや威厳を加えた、「武家の正統な茶の湯」の世界に触れてみてはいかがでしょうか。
【開催概要】
展覧会名:特別展「武家の正統 片桐石州の茶」
会期:2025年2月22日(土)~3月30日(日)
前期:2月22日(土)~3月9日(日) 後期:3月11日(火)~3月30日(日)
前期:2月22日(土)~3月9日(日) 後期:3月11日(火)~3月30日(日)
会場:根津美術館
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(ただし2月24日は開館)、2月25日(火)
入館料(オンライン日時指定予約):一般1,500円、大学生1,200円、高校生1,000円
公式ホームページ:https://www.nezu-muse.or.jp/