東京・虎ノ門の大倉集古館で、2025年4月15日(火)から6月29日(日)まで、企画展「幽玄への誘い―能面・能装束の美」が開催されます。能関係では5年ぶりとなる本展では、能と狂言の世界を彩る面や装束、絵画などが一堂に会し、日本の伝統芸能の美しさと奥深さを堪能できます。

華麗なる能の世界
第1章「幽玄の美―能」では、能の世界を彩る華やかな装束や面が展示されます。能は14世紀の室町時代に成立し、江戸時代には「武家の式楽」として重要な地位を占めるようになりました。その内容は格調高く、人間の感情を深く描き出す悲劇が多いのが特徴です。会場では、さまざまな役柄に応じた装束が展示され、これらの装束を通じて、能の物語や登場人物の性格を表現する工夫を知ることができます。
《浅黄茶段格子蔦模様唐織》は、中年以上の女役が着る表着(うわぎ)で、茶色と浅葱(あさぎ)色を組み合わせた渋い中にも粋な色使いが魅力です。格子模様と蔦の模様が見事に調和しており、能装束の美しさを存分に感じられる作品です。
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浅黄茶段格子蔦模様唐織 江戸時代 18世紀

《紅地籠目牡丹蝶模様唐織》では、破れ籠目の隙間に牡丹と蝶が戯れる様子が色鮮やかに表現されています。牡丹と蝶の組み合わせは武家の繁栄を願う吉祥文様として知られ、能装束の中でも特に豪華な一品です。
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紅地籠目牡丹蝶模様唐織 江戸時代 18世紀(前期展示)

《紅白段業平菱菊模様唐織》は、紅白の段替わり地に多彩な小菊が生い茂る風景を織り出した装束で、生き生きとした写実性が感じられる逸品です。
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紅白段業平菱菊模様唐織 江戸時代 18世紀(後期展示)

《白地籠目に花丸模様縫箔》は、刺繍と摺箔で模様を表した優美な装束です。籠目を背景に四季の花々が描かれ、力強さと典雅さを兼ね備えています。
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白地籠目に花丸模様縫箔 江戸時代 18世紀

《紫地葡萄蔦模様長絹》は、紫の絽地に金で葡萄と蔦の葉を織り出した装束です。リズミカルな模様配置が特徴的で、優美に舞う姿にふさわしい一品です。
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紫地葡萄蔦模様長絹 江戸時代 19世紀

《濃萌葱地輪宝模様袷狩衣》は、仏法のはじまりと護持の象徴である輪宝を織り出した意匠が特徴で、鬼神や天狗など超越的な力を持つ役柄に用いられます。
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濃萌葱地輪宝模様袷狩衣 江戸時代 18世紀

絵画で楽しむ能の世界
能の界を絵画で楽しめるのも本展の魅力です。繋岡鑒一(しげおかけんいち)の《能画》20枚1組は、能と狂言の役柄に合わせて能装束を描いた貴重な作品です。能の演目「石橋(しゃっきょう)」や狂言の演目「嘘吹(うそふき)」など、様々な場面が生き生きと描かれています。
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繫岡鑒一「能画《石橋》」20枚1組 紙本着色 昭和51年(1976)頃


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繫岡鑒一「能画《嘘吹》」20枚1組 紙本着色 昭和51年(1976)頃

《横山大観「夜桜」》は、夜の闇に浮かび上がる満開の桜が幻想的に描かれ、まるで夜桜を背景にした薪能の舞台のような雰囲気を醸し出しています。
6 夜桜(左)7 夜桜(右)
横山大観「夜桜」6曲1双 紙本着色 昭和4年(1929年)(前期展示)

狂言の魅力
第2章「喜怒哀楽の妙―狂言」では、狂言の世界に焦点を当てています。狂言は中世の庶民の日常生活を風刺と滑稽さで描く喜劇で、セリフを中心に展開します。

狂言面の《猿》や《狐》は、動物の役を演じる際に使用される面です。特に《猿》の面は、子役の初舞台で使われる「靭猿(うつぼざる)」や、猿の婿入りを描く「猿聟(さるむこ)」といった演目で活躍します。これらの面を通して、狂言の多彩な世界を垣間見ることができます。
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狂言面 猿 江戸時代 17-19世紀

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狂言面 狐 江戸時代 18世紀

《茶地斜縞模様素襖》は、明るい茶色の地に白い斜めの縞模様が染め抜かれ、機知にとんだ意匠の装束です。
《縹地源氏車青海波模様素襖》は、牛車の車輪をモチーフにした「源氏車文」を波模様のように表現した洒落た意匠が特徴です。
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茶地斜縞模様素襖 江戸-明治時代 19世紀(前期展示)

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縹地源氏車青海波模様素襖 江戸時代 18世紀(後期展示)

因州池田家伝来の能面
第3章「因州池田家伝来の能面」では、鳥取藩主であった池田家に伝わる貴重な能面が展示されます。《増女(ぞうおんな)》は、端正で清冷な美しさが特徴の女面で、天女や女神の役に使用されます。《大飛出(おおとびで)》は、金泥を施した厳めしい表情の神の面で、雷神などの役で使われます。
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能面 増女 江戸時代 18世紀

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能面 大飛出 江戸時代 18世紀

これらの能面は、江戸時代18世紀に作られたもので、能面師の出目満水(でめまんすい)が制作したと推定されています。長い歴史を経て今に伝わる逸品の数々を目の当たりにできる貴重な機会です。

本展は、能と狂言という日本を代表する伝統芸能の世界を、視覚的な美しさを通して体感できる貴重な機会です。華麗な装束、表情豊かな面、そして絵画作品を通じて、幽玄の世界から笑いの世界まで、日本の伝統芸能の奥深さと多様性を感じることができます。普段は舞台でしか見ることのできない能や狂言の世界を、美術館で楽しんでみてはいかがでしょうか。

【開催概要】
展覧会名:企画展「幽玄への誘い―能面・能装束の美」
会期:2025年4月15日(火)~6月29日(日)
会場:大倉集古館
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(ただし5月5日は開館)、5月7日(水)
入館料:一般1,000円、大学生・高校生800円、中学生以下無料
公式ホームページ:https://www.shukokan.org/