根津美術館(東京都港区南青山)で、2025年2月9日まで、企画展「古筆切-わかちあう名筆の美-」が開催されています。
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※展示室内の写真は美術館の特別の許可を得て撮影しています。

古筆切とは?
古筆切とは、古い時代の人の筆跡を意味する「古筆」を分断・切断したものです。平安時代、貴族たちは書に秀でた人に和歌集などを書いてもらい、それを大切にしていました。それが室町時代以降、茶の湯の流行や鑑賞のために、1紙や1ページ、時には数行単位で切り分けられるようになりました。
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【重要美術品】《手鑑文彩帖》日本・奈良~江戸時代 8 ~ 19世紀

この展覧会では、新収蔵の重要文化財《高野切》をはじめ、館所蔵の平安から鎌倉時代の古筆切を中心に展示。それぞれの筆跡に込められた個性豊かな魅力を楽しむことができます。

古筆切は、もともと巻物(巻子)、冊子、歌会で詠歌を記した懐紙などの形で存在していました。展示の冒頭では、こうした切断前の形状を紹介しています。この作品は、初の勅撰和歌集として尊ばれた『古今和歌集』を書き写したものです。
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 【重要文化財】 《古今和歌集》藤原為氏筆 日本・鎌倉時代 文応元年(1260)

古筆切の形状
切断された古筆は、掛幅や手鑑として鑑賞されるようになりました。
手鑑とは、歴史上有名な人物の筆跡とされる古筆切を集めて、厚手の紙で作られた折帖に古筆切を貼り込んだアルバムのような形式のものです。「手」は筆跡を、「鑑」は手本や模範を意味します。手鑑は書院の飾りとしても用いられ、展示ではそのイメージを再現した形で紹介されています。
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展示風景

古筆切の書風
古筆切の書風は、時代ごとに変化しています。展示では、平安時代の優雅な書風から、鎌倉時代の個性的な書風まで、様々な書風が見られます。

平安時代の古筆切は、宮廷の雅やかな文化を反映した優雅な書風が特徴です。
重要文化財《高野切》は、仮名で書かれた古筆の中でも最高峰とされる傑作で、『古今和歌集』の現存する最も古い書写本の一部です。雲母の粉をまいた紙に、軽やかでのびやかな筆づかいで書かれ、今回根津美術館収蔵後初めての公開となります。
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 【重要文化財】 《高野切》伝 紀貫之筆 日本・平安時代 11世紀

平安時代の11世紀に作成された『和漢朗詠集』の写本である、《大字和漢朗詠集切》と《伊予切》は、料紙の装飾や筆跡の美しさが特徴で、能書の中でも特に優れた書き手の作品と評価されています。

平安時代後期に入ると、優美さを引き継ぐ書風に対して個性的な書風が台頭し始めます。
この2点は、天永3年(1112)に白河上皇の六十の賀の祝に調進された「本願寺本三十六人家集」の一部です。
伝藤原公任筆の《石山切(伊勢集断簡)》は、端正な字形、連綿のなだらかな運筆による温雅な書風をみせます。
対して藤原定信筆の《石山切(貫之集下断簡)》は、右肩上がりでスピード感あふれる個性的な書が特徴です。金や銀の粉をちりばめた紙に銀で下絵を施した上に文字が書かれています。
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(左から)《石山切(貫之集下断簡) 》藤原定信筆 日本・平安時代 12世紀 小林中氏寄贈、《石山切(伊勢集断簡)》伝 藤原公任筆 日本・平安時代 12世紀

実用性を兼ねた書風
時代が進むと、書風も実用性を兼ねたものになっていきます。
例えば、藤原教長筆の《今城切》は、装飾のない素紙や薄い色の紙に、一字一字がはっきりと書かれ、読みやすさを重視した実用的な書風となっています。教長は、平安時代末期の貴族であり、国宝 『伴大納言絵巻』などの詞書を担当したとされる能書家として名高い人物です。
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展示風景より、(右) 【重要美術品】《今城切(古今和歌集 巻第十五断簡)》 藤原教長筆 日本・平安時代 12世紀

鎌倉時代に入ると、さらに実用性と個性が強調される書風が見られます。藤原定家筆の《源氏物語奥入断簡》は、扁平で肥瘦のある定家晩年の書風を示します。古典籍の研究にいそしんだ定家が正しく速く書写するため、この書風に行き着いたといわれています。
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(左から)《源氏物語奥入断簡》 藤原定家筆 日本・鎌倉時代 13世紀、《右衛門切(古今和歌集 巻第十一断簡)》伝 寂蓮筆 日本・平安時代 12世紀

筆者名がわかる切
古筆切は筆者がわからないものが大多数ですが、筆者が特定できるものもあります。《今城切(古今和歌集 巻第二十断簡)》は、奥書の後半部の断簡およびその全文を記載した文書の発見により、藤原教長筆の断簡と判明しました。
《日野切(千載和歌集 巻第十四断簡) 》は、後白河院の命により藤原俊成が75歳の時に撰進した 『千載和歌集』の断簡で、撰者自筆本として貴重なものです。 
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展示風景より、(左)【重要美術品】《日野切(千載和歌集 巻第十四断簡) 》藤原俊成筆 日本・平安時代 12世紀

書と料紙の調和美
古筆切の見どころの一つに、美しい料紙と巧みな書との調和美があります。例えば、伝藤原公任筆の《太田切》は、中国北宋時代の唐紙を使用し、雲母摺りや空摺りで文様を描き、金銀泥で鳥や草花を加えています。伝源実朝筆の《中院切》は金銀の砂子を用いた華やかな料紙が見どころで、『後拾遺和歌集』成立から半世紀以内に写された最古本としても貴重です。
非常に豪華で多様な装飾が施されている《石山切》には、異なる色合いや質感の紙を巧みに組み合わせ、ちぎったような線で継いだものが多くあり、平安時代の文化と美意識を今に伝えています。
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(左から)《石山切(伊勢集断簡)》 伝 藤原公任筆 日本・平安時代 12世紀 個人蔵 、《石山切(貫之集断簡)》 藤原定信筆 日本・平安時代 12世紀 個人蔵 

一行の書
展示室2では、一行だけで書かれた書も展示されています。こうした一行の書は、江戸時代、禅僧や茶人だけでなく画家や武家などにもひろく普及しました。展示では江戸時代の狩野探幽、良寛のほか、清朝末期から中華民国初期にかけて活躍し、詩・書・画・篆刻の分野で優れた才能を発揮した呉昌碩の書も紹介されています。
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展示風景

同時開催展では、朝鮮半島で作られた金製装身具や古代中国の鏡、新春を迎えるにふさわしい華やかな吉祥の茶道具なども楽しめます。鏡からは古代の人びとの宇宙観や願い、茶道具からは日本人特有の季節を愛でる心を感じることができます。
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《海獣葡萄鏡》中国・唐時代 7世紀 村上英二氏寄贈

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展示室6「初月の茶会」展示風景

展示を通して、平安から鎌倉時代にかけての書風が、時代ごとにどのように変化していったのかを知ることができます。時代を超えて受け継がれてきた古筆切に込められた思いや技術、そして美しさを味わいながら、新しい年を迎えるひとときに古の人の心に思いをはせてみてはどうでしょうか。
※所蔵の記載のない作品はすべて根津美術館蔵 

【開催概要】
展覧会名:企画展「古筆切-わかちあう名筆の美-」
会期:2024年12月21日[土]~2025年2月9日[日]
会場:根津美術館
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(ただし1月13日は開館)、12月27日~1月6日、1月14日
入館料:オンライン日時指定予約 一般1,300円、学生1,000円
公式ホームページ:https://www.nezu-muse.or.jp/