東京・日本橋の三井記念美術館で、「唐ごのみ —国宝 雪松図と中国の書画—」が2025年1月19日まで開催されています。
日本人を魅了した唐物
日本人は古来より中国の文物に憧れを抱き、「唐物」や「唐様」として特別な価値を見出してきました。この展覧会では、国宝「雪松図屏風」とともに、三井家が大切に守り伝えてきた中国の絵画や書、そしてそれらに影響を受けた日本の作品が一堂に展示されます。
江戸時代から近代にかけての日本における中国美術の受容と鑑賞の歴史にも触れ、展示を通じて日本文化における中国美術の影響とその歴史的重要性を紹介します。
展示室4展示風景
館内は《雪松図屏風》を除き撮影禁止です。展示室内の写真は美術館の許可を得て撮影しています。
拓本の世界
展示室1、2では、三井高堅とその父・高敏収集の貴重な拓本コレクションが公開されています。
拓本は石碑などの彫刻文字を紙に写し取ったものです。「聴氷閣本」として知られるこのコレクションは、世界有数の規模を誇ります。
拓本は石碑などの彫刻文字を紙に写し取ったものです。「聴氷閣本」として知られるこのコレクションは、世界有数の規模を誇ります。
展示作品には、顔真卿の《多宝塔碑》や王羲之筆とされる《興福寺断碑》の拓本など、著名な書家の作品が含まれています。これらを含む多数の初公開作品が展示されているのも、この展覧会の見どころです。
《雁塔聖教序》は唐時代の永徽4年(653年)に玄奘三蔵(『西遊記』の三蔵法師のモデル)が天竺から持ち帰った経典を漢訳した功績を称えるために作られた石碑の拓本です。三井高敏が息子の高堅に宛てた手紙には、この拓本が想像以上に良い品であったことが記されています。
《雁塔聖教序》褚遂良 唐時代・永徽 4 年(653)〈初公開〉
「石鼓文」は、中国最古級の石刻文字資料として知られています。戦国時代(紀元前5〜4世紀頃)に作られたとされ、その古さと希少性から、日本でも大変珍重されました。今回は「先鋒本」「後勁本」「中権本」の3種類が展示されています。そのうち「中権本」は、497字を収める最多字本。明時代の著名な書画コレクターである安国が20年間探し求めた至高の拓本とされています。
《石鼓文 中権本(宋拓)》戦国時代・前 5 ~前 4 世紀
茶の湯と唐物
展示室3では、茶の湯の世界で愛された中国の美術品「唐物」を紹介しています。
「わび茶」の創始者として知られる村田珠光作として珍重された絵画や、南宋から元時代(12〜14世紀)の《珠光青磁茶碗 銘波瀾》、南宋時代(12〜13世紀)の茶葉を入れる小さな壺《唐物鶴首茶入》など、茶の湯の世界での美意識が感じられる作品が並んでいます。
展示室3 展示風景
北三井家の中国絵画
展示室4の主役は、《雪松図屏風》です。白い紙を雪に見立て、雪を被った松の木が、水墨画の技法で見事に表現されています。応挙の作品中、唯一の国宝であるこの作品は、 11家ある三井家のうち、 応挙と特に深い関係にあった北三井家の注文品とされ、同家において守り継がれてきました。
北三井家は日本の絵画だけでなく、中国の絵画も熱心に集めています。明時代(16〜17世紀)の作と考えられる《麝香猫図》と《鷺図》は、宋時代の徽宗皇帝や元時代の文人・趙孟頫の作品だと考えられていました。《海鶴蟠桃図》は、明時代中期の花鳥画で有名な呂紀の筆によるものとされています。《猿猴図》は、その様式から南宋時代の水墨画家で、日本で人気があった牧谿の作品と見なされていました。
これらの作品を通して、当時の日本人のそれぞれの画家に対するイメージを知ることができます。
(右から)《麝香猫図》 (伝)徽宗 明時代・16 ~ 17世紀 、 《鷺図》 (伝)趙孟頫 明時代・16 ~ 17世紀 北三井家 〈初公開〉、《海鶴蟠桃図》(伝)呂紀 明時代・16 ~ 17世紀
円山応挙や伊藤若冲など、江戸中期の日本画家に大きな影響を与えた清時代の沈南蘋の作品には、しばしば吉祥的なモチーフが登場します。例えば《藤花独猫図》の猫と芍薬は、それぞれ長寿と繁栄の意味を持つおめでたいモチーフです。
(右から)《藤花独猫図》沈南蘋 清時代・18世紀、 《柳下雄鶏図》沈南蘋 清時代・乾隆15年(1750)、《檀特鶏雛図》沈南蘋 清時代・18世紀、《於兎声震図》沈南蘋 清時代・18世紀
書と墨跡
展示室5、6では、宋〜元時代の僧侶や文人たちによる墨跡(書)が、伝来にまつわるエピソードとともに展示されています。
鎌倉時代、禅僧の栄西が中国から禅宗と喫茶の習慣を日本に持ち帰り、これをきっかけに、禅僧による書「墨跡」が茶の湯の世界で珍重されるようになりました。
南宋時代の虚堂智愚、元時代の愚極智慧や重要文化財である古林清茂などの墨跡は、単に見て楽しむ だけでなく、高僧の遺物として崇拝の対象にもなりました。
展示室5 展示風景
《了庵清欲 墨跡 送別偈》は元時代に書かれた墨跡です。古田織部が所持したとされ、後に700両という高額で購入されたという記録が残り、その評価の高さがうかがえます。
《了庵清欲 墨跡 送別偈》は元時代に書かれた墨跡です。古田織部が所持したとされ、後に700両という高額で購入されたという記録が残り、その評価の高さがうかがえます。
《陶淵明故事図巻》は明時代の15〜17世紀に制作された図巻で、「桃源郷」の作者として知られる陶淵明の逸話が14場面にわたって描かれています。北三井家で大切に扱われ、明治期には結婚式の棚飾りにも使用されました。
《陶淵明故事図巻》(伝)趙孟頫 明時代・15 ~ 17世紀 〈初公開〉
名物絵画の世界
展示室7では、「名物」と呼ばれる特に優れた鑑賞性や市場価値を持つ作品が中心に紹介されています。松江藩の10代藩主松平不昧は大名茶人として有名でした。この展覧会では、新町三井家が昭和初期に入手した「雲州名物」と呼ばれる不昧の旧蔵品の絵画5点が初めて全て展示されています。これらの作品には、不昧が自ら箱書を施し、特製の裂で箱を包むケースを作らせるなど、作品へのこだわりが見られます。
《白梅図》は室町から桃山時代に描かれたとされ、豊臣秀吉の正室・北政所の兄の家系にあたる木下家に伝わっていた作品です。
《六祖破経図》は南宋時代の画家・梁楷の作品とされています。足利義満、豊臣秀吉、東本願寺と伝わり、江戸後期には不昧が所蔵していました。
《六祖破経図》は南宋時代の画家・梁楷の作品とされています。足利義満、豊臣秀吉、東本願寺と伝わり、江戸後期には不昧が所蔵していました。
これらの作品は、歴史的価値と芸術的価値を兼ね備えた貴重な作品といえるでしょう。
(左から)《六祖破経図》梁楷 南宋時代・13世紀、《白梅図》(伝)銭選 室町~桃山時代・15 ~ 16世紀
「柳営御物」とは、徳川将軍家が所有していた作品のことです。柳営御物の一つ《川苣図》は、狩野探幽の所蔵品で、後に幕府に献上され、土浦藩土屋家へ下賜されました。伝牧谿作の《竹雀図》は、江戸時代半ばに、徳川綱吉の側用人を務めた柳沢吉保へ下賜され、近代に売却されるまで柳沢家に伝わりました。
(左から)《竹雀図 》 (伝)牧谿 15 ~ 16世紀 〈初公開〉、《川苣図》 (伝)牧谿 14 ~ 16世紀
秋田藩佐竹家、仙台藩伊達家旧蔵品も展示され、江戸時代から近代にかけて、どのような中国絵画が大名家や富裕層に好まれ、収集されていたかがわかります。
展示を通じて、日本人が長年にわたって中国の美術をどのように受け止め、自らの文化に取り入れてきたかを知ることができます。また、一部の作品については、江戸時代に記された鑑定書や、作品を納める箱なども展示され、収集に至るまでのストーリー、評価の変遷もたどることができます。
三井家が守り伝えてきた名品の数々を、作品の魅力だけでなく、その受容の歴史や愛でてきた人びとにも思いをはせながら鑑賞してみてはいかがでしょうか。
三井家が守り伝えてきた名品の数々を、作品の魅力だけでなく、その受容の歴史や愛でてきた人びとにも思いをはせながら鑑賞してみてはいかがでしょうか。
【開催概要】
展覧会名:唐ごのみ —国宝 雪松図と中国の書画—
会期:2024年11月23日(土・祝)〜2025年1月19日(日)
会場:三井記念美術館
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(1月13日は開館)、12月27日〜1月3日、1月14日
入館料:一般 1,200円、高校・大学生 700円、中学生以下 無料、70歳以上 1,000円
公式ホームページ:https://www.mitsui-museum.jp/