東京・南青山にある根津美術館にて、2024年12月8日まで、重要文化財指定記念特別展「百草蒔絵薬箪笥と飯塚桃葉」が開催されています。この展覧会では、江戸時代の蒔絵師・飯塚桃葉が制作した「百草蒔絵薬箪笥」を中心に、当時の博物学と美術の関係性を探ります。
ポスター
※展示室内の写真は美術館の特別の許可を得て撮影しています。

第1章 飯塚桃葉とは何者か」では、「百草蒔絵薬箪笥」を制作した飯塚桃葉の生涯と作品に焦点が当てられています。桃葉は印籠蒔絵師として名を馳せた名工で、1764年に徳島藩主・蜂須賀重喜に召し抱えられました。
展示では、桃葉の初期の名品から始まり、繊細な技術が光る《兎蒔絵印籠》や《雲霞桜花散蒔絵印籠》、中国の五岳を描いた《五岳蒔絵印籠》、蓮池と雲龍を組み合わせた《蓮池雲龍蒔絵厨子》など、桃葉の確かな技術が光る作品が並びます。
最初期 (2)
「第1章 飯塚桃葉とは何者か」展示風景より、桃葉の初期の作品

蓮池雲
《蓮池雲龍蒔絵厨子》 飯塚桃葉作 日本・江戸時代 18世紀 妙心寺天授院蔵

また葦手文字を用いた優美な太刀の拵《塩山蒔絵細太刀拵》や、瀟湘八景図が描かれた《箏 銘九江》といった、蒔絵技術を他の芸術分野と融合させた作品も手がけており、桃葉の芸術性の幅広さを見ることができます。
楽器
《箏 銘 九江》飯塚桃葉作 日本・江戸時代 天明2年(1782) 徳島県立博物館蔵 表裏面替えあり

特に注目したいのは、《波涛蒔絵鞍》です。室町時代の名工・大坪道禅の作とされる馬具に、桃葉が蒔絵を施したもので、阿波鳴門の渦潮が立体感あふれる蒔絵で表現されています。会場では現在別々に所蔵されている鐙も並んで見ることができます。さらに下絵を駿河台狩野家四代の狩野美信 (1747 ~ 97) が手がけている《熊笹蒔絵鞍鐙》も展示されています。
くら あぶみ  左から12 13 11
(左から)徳島県指定 有形文化財 《波涛蒔絵鐙》 飯塚桃葉作  日本・江戸時代 天明元年(1781)頃 徳島市立徳島城博物館蔵、徳島県指定 有形文化財 《波涛蒔絵鞍》 飯塚桃葉作 日本・江戸時代 天明元年(1781)頃 個人蔵、徳島県指定 有形文化財 《熊笹蒔絵鞍鐙》 飯塚桃葉作  日本・江戸時代 18世紀 徳島市立徳島城博物館蔵

第2章 「百草蒔絵薬箪笥」のすべて」では、本展の主役「百草蒔絵薬箪笥」を紹介しています。この薬箪笥は、阿波徳島藩主・蜂須賀家に伝わったもので、2024年に重要文化財に指定されました。その最大の特徴は、蓋の裏に100種もの草花や昆虫が精巧な研出蒔絵で描かれていること。薬箪笥全体に施された研出蒔絵や金工の技術は、当時の最高水準を示しています。
百草だんす
重要文化財 《百草蒔絵薬箪笥および内容品》飯塚桃葉作 日本・江戸時代 明和8年(1771) 根津美術館蔵

薬箪笥の外観は、器表と内部の抽斗前面に寄裂風の文様が鮮やかに施され、エキゾチックで繊細な金具が要所に付されています。内部には10個の抽斗があり、美しい銀の合子をはじめとする数多くの内容品が収められています。
中身 (2)
重要文化財 《百草蒔絵薬箪笥および内容品》飯塚桃葉作 日本・江戸時代 明和8年(1771) 根津美術館蔵

一般的に美術における「百」は「多くの」という意味で使われることが多いのですが、この作品では、正確に100種類の草花や昆虫が描かれ、それぞれの草花や昆虫に約1.5ミリの大きさで名称が金蒔絵で書き添えられています。一部の植物で名称が異なるのは、植物の生薬としての特性を表すよりも、意匠としての美しい形状を優先したためと考えられています。
百草だんす (2)
重要文化財 《百草蒔絵薬箪笥および内容品》飯塚桃葉作  日本・江戸時代 明和8年(1771) 根津美術館蔵

第3章「百草蒔絵薬箪笥」の制作」では、「百草蒔絵薬箪笥」が制作された背景に迫ります。18世紀後半、日本では博物学が大いに流行しました。その中心にいたのが、高松藩5代藩主・松平頼恭です。松平頼恭の事跡を記した資料《増補穆公遺事》からは、彼の博物学への関心がうかがえます。
頼恭の命により制作された博物図譜《衆芳画譜》は、対象の特徴を精密に写し取った美しい彩色が特徴で、「百草蒔絵薬箪笥」の蓋裏の図像との関連性が感じられます。
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香川県指定 有形文化財 《衆芳画譜 薬木第三》  日本・江戸時代 18世紀 高松松平家歴史資料 (香川県立ミュージアム保管) 頁替えあり

《物類品隲》は、平賀源内による博物書で、当時の本草学の発展を示す重要な資料です。
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《物類品隲》平賀源内著 宋紫石画 6冊のうち 1冊  日本・江戸時代 宝暦13年(1763) 大東急記念文庫蔵 頁替えあり

18世紀の薬箪笥の実例も展示されており、当時の薬箪笥の形状や使用方法を知ることができます。
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(左から)《薬箱(緒方洪庵所持、晩年期)》、《薬箱(緒方洪庵所持、壮年期)》いずれも日本・江戸時代 19世紀 大阪大学適塾記念センター蔵 

第4章 博物図譜の広がり」では、博物学の広がりが高松藩だけにとどまらなかったことを示す資料が展示されています。熊本藩6代藩主・細川重賢の命で制作された植物図譜には、高松松平家の図譜と同じ図像も含まれており、大名家同士で図譜の貸し借りや転写が行われていたことがうかがえます。
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(左から)《錦繍叢》日本・江戸時代 18世紀 永青文庫蔵 頁替えあり、 香川県指定 有形文化財 、《写生画帖 菜蔬》日本・江戸時代 18世紀 高松松平家歴史資料 (香川県立ミュージアム保管) 頁替えあり

展覧会の最後のセクション「第5章 自然を写す蒔絵」では、博物学の隆盛を背景に生まれた蒔絵作品が紹介されています。下総古河藩主・土井利位による雪の結晶の研究書《雪華図説》の図様をもとに、原羊遊斎が蒔絵作品に昇華させた《雪華蒔絵印籠》や、雪の結晶を精密に表した《雪華蒔絵硯箱》などは、科学と芸術の融合を感じさせる逸品です。
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「第5章 自然を写す蒔絵」展示風景

本草学者・木村蒹葭堂 (1736~1802) 旧蔵とされる貝類の標本。 集められた貝は、漆塗りの重箱に貼られたものも含めると394種におよび、江戸時代に流行した貝類収集熱の様子がうかがえます。
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大阪府指定 有形文化財 《木村蒹葭堂貝類標本》日本・江戸時代 18世紀 大阪市立自然史博物館蔵

蒔絵と螺鈿を効果的に使い、虫の姿を生き生きと表現した《蝶蜻蛉蒔絵螺鈿料紙箱・硯箱》や、多彩な分野で才能を発揮し、蒔絵に鉛・貝・陶片・堆朱などをはめ込む破笠細工の創始者として知られる小川破笠による《貝尽蒔絵料紙箱・硯箱》も見逃せない作品です。
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《貝尽蒔絵料紙箱・硯箱》 小川破笠作 日本・江戸時代 18世紀 サントリー美術館蔵

同時開催展「花と鳥たちの楽園」(展示室5)では、中国・南宋時代の伝 李安忠による国宝《鶉図》や室町時代の蔵三による《牡丹猫図》など、多彩な花鳥をモチーフに、さまざまな表現で描かれた中国と日本の絵画や工芸品が紹介されています。
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「花と鳥たちの楽園》展示風景より、(手前)《呉州赤絵花鳥文壺》漳州窯 中国・明時代 15 ~ 16世紀

展示室3では、鎌倉時代初期の仏像を特集展示。慶派仏師・定慶による《帝釈天立像》は、量感あふれる造形が特徴。頭部はほぼ後補ですが、銘文により制作年代が確実な基準作として重要な作品です。

炉開きの茶会」(展示室6)では、11月の炉開きの茶会を再現した展示が行われています。炭道具や茶碗など、格式高い茶道具が取り合わせられており、静かな空間で茶の湯の世界に浸ることができます。
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「炉開きの茶会」展示風景

江戸時代の蒔絵技術の粋と、当時の博物学ブームが美術に与えた影響をさまざまな角度から知ることができる見どころの多い展覧会です。江戸の人びとの自然に向けた好奇心と、それを表現しようとした匠の技をぜひ会場でご覧ください。

【開催概要】
重要文化財指定記念特別展「百草蒔絵薬箪笥と飯塚桃葉」
会期:2024年11月2日(土)〜12月8日(日)
会場:根津美術館 展示室1・2
住所:東京都港区南青山6‐5‐1
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(11月4日(月・振)は開館)、11月5日(火)
入館料:一般 1,500円(1,300円)、学生 1,200円(1,000円)、中学生以下 無料
※オンライン日時指定予約制
根津美術館ホームページ:https://www.nezu-muse.or.jp/