東京・広尾の山種美術館で「福田平八郎×琳派」展が開催中です。本展の関連イベントとして10月19日に開催された、美術史家で明治学院大学教授の山下裕二氏による講演会「1975年、山下少年が観た福田平八郎の絵」を取材しましたので、その様子をレポートします。
山下氏は日本美術史の第一人者で、縄文から現代まで幅広く日本美術を研究し、「日本美術応援団」団長としても知られています。講演では、展示作品を中心に、福田平八郎の画業の変遷と琳派との関係、琳派の系譜、そして現代に至るまでの日本美術における琳派の影響を、わかりやすく幅広い視点で解説しました。
福田平八郎の代表作《漣》(大阪中之島美術館蔵)のシャツを着て講演する山下氏
福田平八郎との出会い
山下氏は講演の冒頭で、1975年に京都国立近代美術館で開催された平八郎の没後1年記念展を高校1年生の時に見た体験を語りました。その時に《雨》という作品を見て、その匂いまでも感じるような生々しい表現に強い印象を受け、「初めてかっこいい日本画がある」と感じた、と振り返りました。
山下氏は、平八郎の画業を年代順に追いながら、その画風の変遷を展示作品を中心に具体的に解説しました。
初期の作品《桃と女》(1916年)は写実的な描写が特徴ですが、《牡丹》(1924年)では妖気を帯びた独特な雰囲気が漂う作風に変化しています。これは当時流行していた岸田劉生らの「デロリ」と呼ばれる表現に影響を受けたことを指摘しました。
福田平八郎《牡丹》1924(大正13)年頃 山種美術館
昭和に入ると、平八郎の画風はさらに変化し、シンプルでデザイン性の高い作品を多く手がけるようになります。《春》(1925年頃)では3羽のツバメと花と波をシンプルに描き、《鮎》(1940年)では魚の動きを巧みに表現しています。
展示風景より、(左)福田平八郎《春》1925(大正14)年頃 山種美術館
展示風景より、(左)福田平八郎《春》1925(大正14)年頃 山種美術館
《筍》(1947年)は、タケノコと葉だけを描いた作品ですが、琳派の技法を用いた葉の表現とリアルなタケノコとのコントラストが見事です。
そして晩年になると、《紅白餅》(1960年頃、個人蔵)のように極めてシンプルな構図の作品も残しています。この作品には平八郎の両親の名前が落款として入れられており、山下氏は単なる餅の絵以上の意味が作品に込められている可能性について指摘していました。
(左)福田平八郎《紅白餅》1960(昭和35)年頃 個人蔵
《漣》の緞帳のための下絵(1932年、個人蔵)についても触れ、戦前に描かれた原画を元に、大阪の劇場の緞帳用に制作された作品が最近個人蔵として出てきて、今回借用して展示することができたと語りました。
(左から)《紅白餅三鶴》1960(昭和35)年頃 個人蔵、《漣》20世紀(昭和時代) 個人蔵
「平八郎って振れ幅が大きい人なんです。 極めてリアルで不気味な絵を描けば、ものすごいあっさりしたスパッとした絵も描く。その振れ幅の大きさっていうのを、この展覧会を通じて皆さんにも見ていただきたいと思います」(山下氏)
琳派の系譜:宗達から其一まで講演の後半では、琳派の流れを俵屋宗達から鈴木其一までたどりながら、山種美術館所蔵の作品を中心に解説が行われました。山種美術館は、多くの琳派関連作品を所蔵していますが、その中でも、俵屋宗達と本阿弥光悦の合作による《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》(17世紀)は、最高傑作の一つとして紹介しました。この作品は元々長い巻物だったものが切断され、山種美術館はその冒頭部分を所蔵しています。山下氏は、この作品が現在の状態になるまでの経緯や、所蔵先の変遷について詳しく説明しました。
[絵] 俵屋宗達 [書] 本阿弥光悦《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》17世紀(江戸時代) 山種美術館
《四季草花下絵和歌短冊帖》も宗達と光悦の合作で、宗達の優れたデザインセンスが発揮された作品です。
また、尾形光琳の《槙楓図》(東京藝術大学大学美術館蔵)は、山種美術館所蔵の伝 宗達の同名の作品を模写したと考えられ、琳派の継承を示す作品のひとつとして紹介しました。
さらに伝 俵屋宗達の《蓮池水禽図》(17世紀、個人蔵)や《鹿に月図》(17世紀、個人蔵)などの作品も紹介し、特に《狗子図》(17世紀、個人蔵)は、たらし込みの技法を巧みに用いた、宗達の真筆と考えられる貴重な作品と語りました。
また、酒井抱一や鈴木其一など、江戸琳派の画家たちの作品も詳しく紹介し、琳派の伝統がどのように継承されていったかを明らかにしました。
酒井抱一の作品のうち、《秋草鶉図》(19世紀)は、土佐派の伝統的な画題を抱一独自のセンスでアレンジした秀作です。《月梅図》(19世紀)は伊藤若冲の影響も感じさせる作品で、抱一の幅広い表現力を示していると解説しました。
(左から)酒井抱一《飛雪白鷺図》19世紀(江戸時代) 山種美術館、酒井抱一《月梅図》19世紀(江戸時代) 山種美術館
また鈴木其一の《牡丹図》(1851年)は、其一の中国画学習を示す重要な資料であること、2曲1双の屏風《四季花鳥図》(19世紀)は、非常に保存状態が良く、其一の切れ味鋭い作風が遺憾なく発揮された作品だと紹介しました。
鈴木其一《四季花鳥図」19世紀(江戸時代) 山種美術館
興味深かったのは、琳派の画家たちの特徴を刃物に例えた山下氏の説明です。宗達を「なた」、光琳を「柳刃包丁」、抱一を「カミソリ」、其一を「手術用のメス」と表現し、宗達の力強さ、光琳の洗練された表現など、それぞれの画風の特徴を巧みに言い表しました。
近代日本画と琳派
最後に、山下氏は菱田春草、小林古径、安田靫彦といった近代以降の日本画家たちが、琳派をどのように受容し、自身の作品に取り入れていったかを説明しました。
菱田春草の《月四題》のうち「秋」は、琳派特有のたらし込みの技法を全面的に使用し、ブドウを描いた秀作です。
菱田春草《月四題》のうち「秋」 1909-10(明治42-43)年頃 山種美術館
ほかにも牧進《寒庭聖雪》(1981年)など、現代の画家の作品も取り上げ、琳派の美意識が今もなお息づいていることを明らかにしました。
山口蓬春の《錦秋》(1963年)、《新宮殿杉戸楓4分の1下絵》(1967年)も琳派的な要素がみられる装飾的な作品です。山下氏は、山種美術館創立者の山﨑種二氏は、一般の人々も皇居新宮殿の美術品と同じようなものを鑑賞してもらいたいとの思いから、ゆかりの画家に同様の作品を依頼し、収集したのではないかと語りました。
山口蓬春《錦秋》1963(昭和38)年 山種美術館
山下氏は、自身の福田平八郎との出会いから、琳派が現代まで脈々と受け継がれていることを、ユーモアを交えて語り、とても楽しい講演会となりました。本展覧会は12月8日まで開催されています。展覧会の概要や会場の様子はこちらをご覧ください。