東京・虎ノ門の大倉集古館で、2024年11月21日から2025年1月19日まで特別展 「志村ふくみ100歳記念 ―《秋霞》から《野の果て》まで―」が開催されます。人間国宝・志村ふくみの100歳を記念した本展では、初期から晩年までの作品を通して70年にわたる創作活動をたどります。
染織家としての原点
《秋霞》は、志村ふくみの染織家としての原点ともいえる作品です。1958年に制作されたこの作品は、第5回日本伝統工芸展で奨励賞を受賞しました。紬織の着物が受賞したことは当時画期的で、工芸界に大きな影響を与えました。藍で染められた絹糸で織られた《秋霞》からは、若き日の志村の感性と技術が感じられます。
志村ふくみ《秋霞》1958年 紬織/絹糸、藍 個人蔵(通期展示)
志村の母・小野豊の作品《吉隠》も展示されています。母を通じて柳宗悦や富本憲吉らと出会った志村は、民藝の精神を自身の作品に取り入れていきました。
小野豊《吉隠》1960年頃 紬織/絹糸、藍 個人蔵(前期展示) 撮影: 安河内聡
小野豊《吉隠》1960年頃 紬織/絹糸、藍 個人蔵(前期展示) 撮影: 安河内聡
展覧会のタイトルにもなっている《野の果て》は、志村が19歳の時に書いた童話に兄が絵を描いた手稿です。
そして100歳を目前にして制作された《野の果てII》は、若き日を回想した作品です。紫根、紅花、春草で染められた絹糸を使用し、80年の時を経て再び「野の果て」の世界に立ち返った志村の思いが込められています。
志村ふくみ《野の果てⅡ》2023年 紬織/絹糸、紫根、紅花、春草 個人蔵(通期展示)
自然との対話
志村の出身地である滋賀県近江八幡市は琵琶湖のほとりにあります。《月の湖》は、濃淡のある紺地にからし色の横筋が、さざ波に反射する月の光を思わせます。自然の風景を織物で表現する志村の感性が光る一作です。
志村ふくみ《月の湖》1985年 紬織/絹糸、藍、玉葱 個人蔵(前期展示)
志村は自然の植物から染料を抽出し、独自の色彩を生み出しています。《若紫》は『源氏物語』の帖名にちなんだ作品で、紫根と茜で染められた絹糸を使用しています。紫のぼかしと茜色の組み合わせは、高貴な少女の純真さを表現しているようです。
志村ふくみ《若紫》2007年 紬織/絹糸、紫根、茜 個人蔵(後期展示)
志村ふくみ《若紫》2007年 紬織/絹糸、紫根、茜 個人蔵(後期展示)
芸術性の追求
《クロイツェル・ソナタ》は、ベートーヴェンの曲にインスピレーションを得た作品です。黒と刈安で染められた絹糸を使用し、即興演奏のような躍動感あふれる織りが特徴です。音楽と織物の融合という新たな表現に挑戦した意欲作といえるでしょう。
志村ふくみ《クロイツェル・ソナタ》2013年 紬織/絹糸、黒、刈安 個人蔵(後期展示)
志村ふくみ《舞姫》2013年 紬織/絹糸、紅花、紫根、刈安、藍、梔子 個人蔵(前期展示)
新たな挑戦
2000年に制作された《風露》は、小さな布片を接ぎ合わせる切継ぎの技法を用いた作品です。紬の端切れをつなぎ合わせて、風露(ゲンノショウコ)の可憐な花をイメージしています。無駄なく布を活用する志村の姿勢が感じられる作品です。
志村ふくみ《風露》2000年 紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、紫根 個人蔵(後期展示)
志村は新作能「沖宮」の衣装制作にも取り組みました。本展が初公開となる《紅扇》《Francesco》《竜神》の3点は、従来の能装束にはない独特な雰囲気を醸し出し、志村の新たな挑戦を感じさせます。
志村ふくみ監修 制作:都機工房 舞衣《紅扇》2021年 紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、臭木 個人蔵(後期展示)
志村ふくみ監修 制作:都機工房 小袖《Francesco》2020年 紬織/絹糸、臭木、藍 個人蔵(後期展示)
自然の色彩を丹念に紡ぎ出し、独自の感性で織り上げられた志村の作品は、見る者の心に深い感動を与えます。この機会に志村ふくみの奥深い作品世界の魅力に触れてみてはいかがでしょうか。
<開催概要>
【展覧会名】特別展 志村ふくみ 100 歳記念―《秋霞》から《野の果て》まで―
【会期】2024 年 11 月 21 日(木)~2025 年 1 月 19 日(日)
*前期:11 月 21 日(木)~12 月 15 日(日)
*後期:12 月 17 日(火)~2025 年 1 月 19 日(日)
【開館時間】 10:00~17:00(入館は 16:30 まで)*金曜日は 19:00 まで開館(入館は 18:30 まで)
【休館日】 毎週月曜日(祝・休日の場合は翌平日)、12 月 29~31 日 *新年は 1 月 1 日から開館
【入館料】 一般 1,500 円、大学生・高校生 1,000 円、中学生以下無料
【会場】 公益財団法人 大倉文化財団 大倉集古館
〒105-0001 東京都港区虎ノ門 2-10-3(オークラ東京前)