国立西洋美術館(東京・上野公園)で、2025年2月11日まで開催中の「モネ 睡蓮のとき」展は、印象派の巨匠クロード・モネの晩年の作品に焦点をあてた展覧会です。
パリのマルモッタン・モネ美術館から日本初公開を含む約50点の作品が来日し、さらに日本国内に所蔵される名画も加えた計64点の作品を通して、モネの芸術の豊かな展開をたどります。
展示はすべてモネの作品で、特にモネが晩年に取り組んだ〈睡蓮〉が20点以上も展示され、日本では過去最大規模の〈睡蓮〉が集う貴重な機会となっています。
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会場入口

セーヌ河から睡蓮の池へ
第1章では、モネが睡蓮の連作に至るまでの、初期の作品や風景画が並びます。
展示は、モネが愛したセーヌ河の風景から始まります。
《セーヌ河の朝》は、水面に映る光と空の色が絶妙に調和し、後の〈睡蓮〉シリーズを予感させます。1896年から1898年にかけて、モネはセーヌ河の眺めを主題とする連作およそ20点を制作しました。《ジヴェルニー近くのセーヌ河支流、日の出》では、朝もやに包まれた風景を柔らかな色彩で美しく表現しています。この詩情豊かな連作は、モネに大きな名声をもたらしました。
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(左)《セーヌ河の朝》1897年 ひろしま美術館(右)《ジヴェルニー近くのセーヌ河支流、日の出》 1897年 マルモッタン・モネ美術館、パリ(エフリュシ・ド・ロチルド邸、サン゠ジャン゠キャップ゠フェラより寄託) 

モネが初めて睡蓮を描いたのは、1897年のこととされています。本展では、最初期の貴重な〈睡蓮〉も展示されています。この時期の作品は、晩年の表現と異なり、睡蓮の花と葉をクローズ・アップして描き、細部まで細やかな筆致で表現されているのが特徴です。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024−2025年

モネは1899年から定期的にロンドンを訪れ、ロンドンのさまざまな光景を描きました。「チャリング・クロス橋」の連作では、モネは同じ橋の風景を異なる天候や時間帯で描き、光と大気の変化を捉えています。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景より、(右)《テムズ河のチャーリング・クロス橋》1903年 吉野石膏コレクション(山形美術館に寄託) 

モネの大装飾画の構想と花々のモティーフ
続く第2章では、モネが大装飾画の構想のために描いた花々の作品群が紹介されています。
モネは、当初は睡蓮だけでなく、多種多様な花々も装飾画のモティーフとして想定していました。その中でも、睡蓮に次いで重要な位置を占めた花はアイリスでした。1914年以降に制作された花々の習作のうち、アイリスを描いたものが最も多く、20点を数えます。本展では、多彩な構図で描かれたアイリスを見ることができます。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景より、アイリスをモティーフにした作品

モネは当初、睡蓮の池を描いた装飾画の上に藤のフリーズ(帯状の細長い装飾パネル)を設置する予定でした。 この計画は財政上の理由で頓挫しますが、今回の展覧会では、現存する8点のフリーズ習作の中でも最も大きく、明るい色彩の2点の《藤》が展示されています。
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いずれも《藤》1919–1920年頃 マルモッタン・モネ美術館、パリ 

当初の計画では、装飾画を構成する4つの主題の一つが、《アガパンサス》でした。この3点は、アガパンサスの花を主題とする装飾画のための習作です。青紫色の花の群生が、自然の生命力を感じさせ、優美な曲線を描く花の姿が印象的な作品となっています。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景より、(左)《アガパンサス》1914–1917年頃 マルモッタン・モネ美術館、パリ 

モネの大装飾画プロジェクト
第3章では、モネの晩年の集大成である大装飾画プロジェクトに関連する作品が展示されています。
「大装飾画」 とは、 睡蓮の池を描いた巨大なパネルによって楕円形の部屋の壁面を覆うという、 モネが長年にわたり追い求めた装飾画の計画です。 この計画は、モネの死後にパリのオランジュリー美術館で実現されることになります。
この壁画の制作過程において、モネは水面に映し出される木々や雲の反映をモティーフとする、膨大な数の作品を制作しました。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024−2025年

大装飾画に関連する作品は、実際の展示空間を想定して制作されたため、画面サイズが大きいことが特徴です。
会場では楕円形の部屋で、水面いっぱいに広がる睡蓮の葉と花、池に映し出される周囲の木々や空といったものと一体となるかのような体験が楽しめます。モネが追求した理想の空間を、この機会にぜひ体感してみてください。 また本展では、第3章に限り写真撮影も可能です。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024−2025年

この部屋では、2016年にルーヴル美術館で再発見された、旧松方コレクションの作品も展示されています。 
モネは生前、大装飾画に関連する作品をほとんど手放さなかったのですが、この作品は、大装飾画に関連する4メートル以上の巨大な装飾パネルの中で、売却を認めた唯一の作品です。
画面の上半分が破損していますが、会場では同じモティーフを描いたマルモッタン・モネ美術館の作品も展示されているので、作品の元の画面をイメージしながら鑑賞することができます。
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クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》1916年? 国立西洋美術館(旧松方コレクション) 

交響する色彩、モネ晩年の抽象表現
第4章では、モネの晩年の作品が持つ音楽的な色彩表現に焦点をあてています。最晩年のモネは、大装飾画の制作と並行して、複数の独立した小型連作を手がけました。
モネは1895年、浮世絵にインスピレーションを得て、睡蓮の池に架かる太鼓橋を描き始めます。橋は彼の作品に繰り返し登場するモティーフですが、晩年の「日本の橋」連作では、抽象的な色彩と大胆な筆触で表現されています。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景より、「日本の橋」連作

1908年頃から顕在化した白内障の症状が、晩年のモネの色覚を変容させ、独特の色彩表現を生み出しました。同時代からしばしば音楽にたとえられたモネの作品ですが、ここでは洋画家の和田英作が、モネの晩年の作品を「色彩の交響曲」と評したことの意味を、実際の作品から感じ取ることができます。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景より、「枝垂れ柳」連作

晩年になるにつれ、より抽象的で内面的な表現へと変化していったモネ。会場では、彼が光と色彩を自由自在に操り、新たな表現へと進化していった様子を見ることができます。
「ばらの庭から見た家」は、モネの最後のイーゼル画の連作の一つです。ばらの花が咲き誇る庭越しに、モネの家が描かれています。
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「モネ 睡蓮のとき」展示風景より、「ばらの庭から見た家」連作

さかさまの世界、モネが描いた新しい景色
この展覧会は、エピローグとして枝垂れ柳を描いた2点の睡蓮の作品で終わります。
モネは第一次世界大戦後、友人で当時の首相クレマンソーを通じて、戦勝を記念する大装飾画をフランス国家に寄贈することを申し出ます。その画面に描かれた枝垂れ柳の木は、その涙を流すような姿から、悲しみや服喪を象徴するモティーフでもありました。 
本展の日本側監修者であり、国立西洋美術館研究員の山枡あおい氏は、「作品の制作がなされた時代背景といったものに思いをはせていただくと同時に、モネがいかにして西洋の伝統的な遠近法に基づく視点、世界観を覆し、新しい造形を展開していったかをご覧いただければ」と語っています。
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(左)クロード・モネ《枝垂れ柳と睡蓮の池》1916–1919年頃 マルモッタン・モネ美術館、パリ
(右)クロード・モネ《睡蓮》1916–1919年頃  マルモッタン・モネ美術館、パリ 

印象派150周年という記念すべき年に開催される本展では、モネが生涯をかけて追求した光と色彩の表現、そして自然と一体化しようとした芸術家の魂に触れることができます。
モネがその長い道のりの果てにたどり着いた境地を、この機会にぜひご覧ください。

【開催概要】
展覧会名:モネ 睡蓮のとき
会場:国立西洋美術館[東京・上野公園]〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7
会期:2024年10月5日[土]-2025年2月11日[火・祝]
開館時間:9:30 〜 17:30(金・土曜日は21:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、11月5日[火]、 12月28日[土]-2025年1月1日[水・祝]、1月14日[火]
(ただし、11月4日[月・休]、2025年1月13日[月・祝]、 2月10日[月]、2月11日[火・祝]は開館)
観覧料:一般2,300円、大学生1,400円、高校生1,000円、中学生以下は無料
※詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
展覧会公式サイト:https://www.ntv.co.jp/monet2024/