三井記念美術館にて、特別展「文明の十字路 バーミヤン大仏の太陽神と弥勒信仰 ―ガンダーラから日本へ―」が開催されています。会期は11月12日まで。

バーミヤン遺跡は、アフガニスタン中央部のヒンドゥークシュ山脈に位置し、古来より「文明の十字路」として知られています。渓谷の崖には約800の石窟群が掘られ、その中に東西二体の巨大な大仏がそびえ立ち、東大仏の頭上には、ゾロアスター教の太陽神・ミスラの姿、一方西大仏の周囲には、弥勒が住む世界の様子が描かれていたと考えられています。
本展では、バーミヤン遺跡の東西2体の大仏を原点とする太陽神と弥勒の世界に迫ります。特に弥勒信仰の流れを、インド・ガンダーラの彫刻や日本の法隆寺をはじめとする奈良の古寺に伝わる仏像、仏画等の名品を通してたどります。
※展示室内の写真は主催者の許可を得て撮影
※展示室内の写真は主催者の許可を得て撮影

会場入口
よみがえるバーミヤン大仏と壁画
バーミヤンの大仏と壁画は、2001年3月にイスラム原理主義組織・タリバンによって破壊されてしまいましたが、破壊以前に行われた調査時のスケッチと写真をもとに、壁画の描き起こし図が新たに制作され、東京で初公開されています。
バーミヤンの他の石窟に描かれていた弥勒菩薩坐像を参考にして作成された西大仏龕天井部分の想定復元図もパネルで紹介。失われてしまったバーミヤン大仏との姿を再現した描き起こし図を見ると、かつてそこにあった壮大な文化遺産の姿が目に浮かんでくるようです。

東西二体の大仏と壁画の描き起こし図
宮治氏の調査記録の展示より
太陽神の信仰
東大仏の天井の壁画は、長剣と槍を持った太陽神が、四頭立ての馬車に乗った姿が描かれていたという説が有力視されています。会場では馬車に乗った太陽神がを表現したさまざまな作品が展示されています。

7頭立て馬車に乗った正面向きの太陽神を表した《スーリヤ像》4 〜 6 世紀 龍谷ミュージアム
また、太陽神は仏伝 (釈迦一生の主な出来事) にも関係しています。この作品ではストゥーパ (仏塔) 正面の浮彫パネルの中央下段が、 太子(のちの釈迦) が出家して宮殿を去る 「出城」 の場面になっており、太子は太陽神のような姿で表現されています。

仏伝浮彫「出城」 2 〜 3 世紀 半蔵門ミュージアム

仏伝浮彫「出城」 2 〜 3 世紀 半蔵門ミュージアム
玄奘三蔵と『大唐西域記』
『西遊記』の三蔵法師のモデルとしてよく知られている、中国・唐の仏教僧・玄奘 (602~664)は、インドに経典の原典を求めて旅する途中、630年頃にバーミヤンに滞在しました。玄奘の旅行記である『大唐西域記』には、二体の大仏を含めてバーミヤンの信仰の様子が書かれています。

展示風景より、玄奘関連の展示
展示の後半ではガンダーラ、中国、朝鮮、日本のさまざまな弥勒菩薩像が紹介され、その変遷を見ることができます。
アジアの弥勒信仰
バーミヤン遺跡の西大仏は、周囲の壁画の内容から弥勒仏である可能性が高いことが明らかになりました。
「弥勒」とは、現在兜率天に住まい、釈迦入滅後の56億7千万年後にこの世に下生するという、いわば未来の救世主です。弥勒は2~3世紀頃のガンダーラにおいて既に信仰され、その後バーミヤンを含む中央アジア、そして中国・朝鮮半島へと広がりました。

菩薩半跏像 朝鮮三国時代・ 7 世紀 京都・八瀬 妙傳寺
ガンダーラの弥勒菩薩像は、髪は結い上げられ、装飾品を身に着け、髭を蓄えた男性的な容姿であることが特徴です。また「交脚」と呼ばれる両足をクロスさせた座り方は、弥勒菩薩像の特徴的な姿勢として、ガンダーラ地方から中国やアジア各地に広がりました。

展示風景より、ガンダーラの弥勒菩薩の展示
展示を通じて、弥勒菩薩の表現が地域や時代によって異なることがわかります。これにより、弥勒信仰がアジア各地でどのように受け入れられ、変化してきたのかをたどることができます。
日本の弥勒信仰
中国・朝鮮を経て日本にも伝わった弥勒信仰は、仏教伝来当初より重視されました。
特に奈良時代に発展した法相宗の寺院では弥勒信仰が盛んとなり、平安時代後期以降も、密教や阿弥陀信仰とも関連を持ちながら独自の展開を遂げました。
本展では、日本各地に伝わる弥勒信仰に基づいた仏像や絵画などで、多様な弥勒の姿を紹介しています。
本展では、日本各地に伝わる弥勒信仰に基づいた仏像や絵画などで、多様な弥勒の姿を紹介しています。

展示風景
7世紀に作られたこの像は、日本に弥勒信仰が伝わった頃の貴重な作例です。台座の銘文によれば天皇の病平癒を誓願して造立した弥勒菩薩であるとされ、右手の指を頬に当て、片足を伸ばしてもう一方は曲げて座る半跏思惟像が、弥勒菩薩であることを示しています。

【重要文化財】弥勒菩薩半跏像 白鳳・天智 5 年(666) 大阪・野中寺

展示風景より、奈良・法隆寺や滋賀・櫟野寺の弥勒菩薩像の展示
平安時代に作られた法隆寺の弥勒菩薩坐像も見逃せません。日本的な優しさと気品を感じさせる表情は、弥勒信仰が日本でどのように受け入れられ、変化していったかを伝えてくれます。ほかにも大阪・四天王寺、奈良・興福寺、奈良・薬師寺などの名刹の、弥勒菩薩像や曼荼羅、弥勒菩薩来迎図などが一堂に会し、見ごたえたっぷりの展示が楽しめます。

展示風景より、奈良・法隆寺や滋賀・櫟野寺の弥勒菩薩像の展示
弥勒に関する経典と図像
弥勒に関する経典や弥勒の姿を収めた図像集も展示されています。これらを見ることで、弥勒信仰の背景にある思想や、さまざまな弥勒の姿について理解を深めることができます。
北三井家旧蔵の敦煌写経コレクションのひとつで、特別に仕立てられた 「長安宮廷写経」 と名高い写本の一巻も展示されています。
北三井家旧蔵の敦煌写経コレクションのひとつで、特別に仕立てられた 「長安宮廷写経」 と名高い写本の一巻も展示されています。
本展は、失われた文化遺産の価値を再認識しつつ、ガンダーラから日本に至る弥勒信仰の変遷と弥勒菩薩の多様な表現をたどることができる貴重な機会となっています。
会期中、一部作品の展示替えがあります。美術館公式サイトで展示期間を確認のうえ、ぜひ足を運んでみてください。
<開催概要>
『特別展 文明の十字路 バーミヤン大仏の太陽神と弥勒信仰 ―ガンダーラから日本へ―』
会期:2024年9月14日(土)~ 11月12日(火) ※会期中展示替えあり
会場:三井記念美術館
時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休館日:9月24日(火)、9月30日(月)、10月7日(月)、10月15日(火)、10月21日(月)、10月28日(月)、11月5日(火)
料金:一般1,500円、70歳以上1,200円、大高1,000円※リピーター割引あり
美術館公式サイト:https://www.mitsui-museum.jp/