展覧会「特別展 大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエ ~絵画をめぐって~」が東京・虎ノ門の大倉集古館で8月12日まで開催されています。
ル・コルビュジエは、東京・上野の国立西洋美術館本館をはじめ、世界7ヶ国で17の建築がユネスコの世界文化遺産に登録されるなど、20世紀を代表する建築家のひとりとして知られていますが、画家としても才能を発揮し、多くの作品を残しています。
本展では、世界有数の所蔵作品をもつ大成建設ル・コルビュジエ・コレクションの中から、約130点の作品を厳選し、彼の芸術家としての一面に光を当てていきます。

展示風景より
※会場内はすべて撮影禁止です。掲載の写真は主催館の許可を得て撮影したものです。
ピュリスムの時代
スイスの美術学校を卒業後、30歳の時にパリに拠点を移したル・コルビュジエは、画家のアメデ・オザンファンに出会います。この頃の美術界では、対象物を様々な視点から捉えて空間と時間を表現するキュビスムが大きな影響力を持っていましたが、2人はそれを継承する新たな絵画表現として「ピュリスム」を提唱。ピュリスムとは、テーブルや楽器などの対象物を幾何学的な形態に単純化し、黄金比や正方形を基準にした構図の中で描いていく手法です。

「ピュリスムから」展示風景より
なお、「ル・コルビュジエ」という名前はペンネームで、絵画制作では、1928年まで本名のシャルル・エドゥアール・ジャンヌレの名前を使用していました。
やがてル・コルビュジエとオザンファンは決別し、1926年ごろからル・コルビュジエの作風に変化が現れます。この時期に絵画のテーマとしていたのが「詩的な感情を喚起する静物」で、骨や石、貝殻や愛犬などぬくもりを感じる身近な自然を好んで描いています。
《レア》は、妻、愛犬、自分を貝殻や骨、ギターなどのモチーフで表した、シュルレアリスム的表現による家族の肖像画とも考えられる作品です。
《レア》は、妻、愛犬、自分を貝殻や骨、ギターなどのモチーフで表した、シュルレアリスム的表現による家族の肖像画とも考えられる作品です。

「ピュリスムから 詩的なオブジェまで」展示風景より、(右)《レア》1931年
1920年代末以降になると「女性」が絵画の中心的なテーマになります。
ル・コルビュジエは、多くの画家たちのアプローチとは異なり、モデルの内面ではなく、女性たちのフォルムを描くことに力を注ぎました。
会場には、ふくよかでたっぷりとした女性、筋肉質でたくましい女性など、重量感や柔らかさが感じられるような女性を描いた作品が並んでいます。
ル・コルビュジエは、多くの画家たちのアプローチとは異なり、モデルの内面ではなく、女性たちのフォルムを描くことに力を注ぎました。
会場には、ふくよかでたっぷりとした女性、筋肉質でたくましい女性など、重量感や柔らかさが感じられるような女性を描いた作品が並んでいます。

「女性たち」展示風景より
またダンスをしたり、歌ったりする女性の姿も好んで描いています。《女性のアコーディオン弾きとオリンピック走者》は女性やランナーなどさまざまな要素を1つの画面に盛り込んだ作品。ル・コルビュジエは 母がピアノの教師、兄アルベールはバイオリンを弾き、のちに音楽家になるという、つねに身近に音楽がある環境で育ちました。
「女性たち」展示風景より、(中央)《女性のアコーディオン弾きとオリンピック走者》1928-1932年
1930年ごろから、ル・コルビュジエは、ゆったりとくつろぐ女性たちを多く描くようになります。
《長椅子 ソファに座る裸婦と犬、カラフェ》は、自由な曲線と形態でソファでくつろぐ妻イヴォンヌを描いた作品です。
社会情勢を絵画のテーマに取り込むことはなかったル・コルビュジエですが、1937年のスペイン内乱を題材にした作品を繰り返し描いています。
激しい戦闘が繰り広げられたバルセロナでの人々の苦悩を表現したような《行列》や《人物》は、ル・コルビュジエにとって、この内乱が衝撃的な出来事だったことを物語っています。

(左から)《行列》1962年刊 、《人物》1962年、《アコーディオンに合わせて踊る女性》1949年
象徴的なモチーフ
第2次世界大戦後、牡牛、翼のある一角獣、 開いた手、 イコンなど、さまざまな物語を秘めたモチーフが彼の絵画の中心となっていきました。
1950年代になるとギリシャ神話などから着想を得て、牡牛を繰り返し描くようになります。
ル・コルビュジエは写実的な牛だけでなく、角が何本も描かれて翼のようになったり、牛の顔が男女が合体した顔になったりするなど、さまざまなバリエーションで牡牛を描いています。《牡牛XVIII》では大きな角だけで牡牛を表現するという大胆な試みを行いました。
ル・コルビュジエは写実的な牛だけでなく、角が何本も描かれて翼のようになったり、牛の顔が男女が合体した顔になったりするなど、さまざまなバリエーションで牡牛を描いています。《牡牛XVIII》では大きな角だけで牡牛を表現するという大胆な試みを行いました。

「象徴的なモチーフ」展示風景より、牡牛をテーマにした作品
ル・コルビュジエがつくりだしたオリジナルキャラクターの一つが「翼のある一角獣」 です。 空を飛ぶ姿だけでなく、翼を休めて大きな手に支えられるように描かれることも多く、彼はこのキャラクターを妻イヴォンヌの愛称でもある 「Von」 と呼びました。

「象徴的なモチーフ」展示風景より、(左)翼のある一角獣をテーマにした《コンポジション》1959年
彼は、ものづくりの基本は手にあることを重視しました。その思いは「開いた手」のモチーフにも表れています。
1950年代から街づくりを手掛けたインド・チャンディガールに、 彼の没後に建設された「開いた手」のモニュメントは、風によってゆるやかに回転し、羽ばたく鳥のようにも見えるデザインが特徴です。
1950年代から街づくりを手掛けたインド・チャンディガールに、 彼の没後に建設された「開いた手」のモニュメントは、風によってゆるやかに回転し、羽ばたく鳥のようにも見えるデザインが特徴です。
「モデュロール」とは、「モデュール(基準の尺度)」と「ノンブル・ドール(黄金比)」を組み合わせた言葉。人間の体の寸法を基準にしてつくられた建築空間は、人間にとってちょうど良いサイズで居心地の良さを感じられるという考え方です。
ル・コルビュジエは、絵画においても、モデュロールの考えを象徴する、「モデュロール・マン」と呼ばれる片手を挙げた人物像を作品に登場させています。
ル・コルビュジエは、絵画においても、モデュロールの考えを象徴する、「モデュロール・マン」と呼ばれる片手を挙げた人物像を作品に登場させています。

「象徴的なモチーフ」展示風景より、色紙や新聞紙などを貼って制作したパビエ・コレの作品や「モデュロール・マン」が登場する作品
グラフィックな表現
第2次世界大戦後には、油彩に加えて版画や彫刻、タピスリーなど創作活動を広げていきます。
第2次世界大戦後には、油彩に加えて版画や彫刻、タピスリーなど創作活動を広げていきます。
1940年代後半から60年代にかけては、散文的な詩とそれに合わせた挿画のある版画集を制作。会場では7冊の版画集の中から『直角の詩』『行列』『二つの間に』の3つが展示されています。

「グラフィックな表現」展示風景より
《奇妙な鳥と牡牛》は、モデュロールの寸法に従って織られた大きなタピスリー。1936年、織物ギャラリーの経営者からの依頼でタピスリーのための下絵を描いたのが、ル・コルビュジエとタピスリーとの関わりの始まりでした。彼は、移動する現代人にとってタピスリーは壁そのもので、転居先に設置することで、どこにいても彼の空間を作り出すことができると考えました。

「グラフィックな表現」展示風景より、(左)《奇妙な鳥と牡牛》1957年
デザイナーのシャルロット・ぺリアンやピエール・ジャンヌレと協働で制作した椅子や、ル・コルビュジエが手掛けた建築の模型や書籍も紹介されています。

「グラフィックな表現」展示風景より、建築模型の展示
大成建設ル・コルビュジエ・コレクションがこれだけまとまって公開されるのはおよそ30年ぶりのこと。この貴重な機会に、彼の絵画への深い情熱と多面的な才能にぜひ触れてみてください。
【開催概要】
会期:2024年6月25日(火)~2024年8月12日(月・振)
会場:大倉集古館
住所:東京都港区虎ノ門2-10-3
時間:10:00~17:00(入場は16:30まで)
※金曜日は19:00まで開館(入場は18:30まで)
休館日:月曜日※休日の場合は翌火曜日
観覧料:一般1,500円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下 無料
大倉集古館ホームページ:https://www.shukokan.org/