セーヌ川のほとりに建つパリ市立近代美術館、皇居にほど近い東京国立近代美術館、大阪市中心部に位置する大阪中之島美術館は、いずれも大都市の美術館として、個性的で豊かなモダンアートのコレクションを築いてきました。
その3館を代表する作品を紹介する「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」が、東京国立近代美術館にて開催中です。

今回おもしろいのは、その展示方法。
あるテーマにそって各館のコレクションから共通点のある作品1点ずつ選び、3つの作品をトリオとして並べて展示するという、これまでにないユニークな展覧会です。
絵画、彫刻、版画、素描、写真、デザイン、映像など110人の作家による150点あまりの作品で、20世紀初頭から現代までのモダンアートの流れをたどります(会期中一部作品の展示替えあり)。
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会場入口

主題やモチーフ、 色や形、素材、作品が生まれた背景など、トリオの共通点はさまざまです。会場では、初来日の作品32点を含む34組のトリオを7つの章で紹介します。

展示の最初は、各館のコレクションのはじまりから。パリからは、開館の契機となったロベール・ドローネーの裸婦。東京からは、最初の購入作品の一つ、安井曽太郎の肖像画。 大阪からは、美術館構想のきっかけとなった実業家、 山本發次郎の旧蔵品から大阪市出身の佐伯祐三。いずれも椅子に座る人物がモチーフとなっています。
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トリオ、テーマ「コレクションのはじまり」より、佐伯祐三、ロベール・ドローネー、安井曽太郎の作品

20世紀初め、大勢の日本のアーティストがパリの芸術界で活躍しました。なかでもよく知られているのが、東京からパリに渡って第一線で活躍した藤田嗣治です。
「美の女神たち」では、キュビスムの画家ジャン・メッツァンジェ、藤田、マリー・ローランサンが描いた、人数も技法もさまざまな女神たちがトリオとして展示されています。
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トリオ、テーマ「美の女神たち」より、ジャン・メッツァンジェ、マリー・ローランサン、藤田嗣治(レオナール・フジタ) の作品

1920年代にフランスに滞在し、キュビスム的な表現の東郷青児《サルタンバンク》は、ピカソ、ブラックらと共に20世紀を代表するキュビスムの巨匠とされるフェルナン・レジェの作品と並んで紹介されています。
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トリオ、テーマ「機械と人間」より、フェルナン・レジェ、東郷青児、エル・リシツキーの作品

1930年代をパリで過ごした芸術家の岡本太郎も、フランス美術界に大きな跡を残したひとり。
同じ芸術家集団「抽象創造」のメンバーだったジャン・アルプの作品は、抽象的表現と生命感を共存させようとした点で岡本と共通しています。
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トリオ、テーマ「有機的なフォルム」より、ジャン・アルプ(ハンス・アルプ)、岡本太郎の作品

日本にいながら、雑誌や展覧会を通じてヨーロッパの近代芸術に触れ、独自の表現を模索した画家たちもいました。
日本に西洋の前衛芸術の傾向を最初に紹介した萬鉄五郎の《裸体美人》 は、モディリアーニ、マティスの作品とトリオ。大胆なポーズで寝そべる女性たちのトリオからは、鑑賞者に挑むような強いパワーが感じられます。
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トリオ、テーマ「モデルたちのパワー」より、アンリ・マティス、萬鉄五郎、アメデオ・モディリアーニの作品
※萬鉄五郎《裸体美人》(重要文化財)は7月23日(火)~8月8日(木)の期間、展示を一時休止。8月9日(金)より展示を再開。休止期間中は萬鉄五郎《裸婦(ほお杖の人)》を展示。

古賀春江は、ヨーロッパのさまざまな新しい芸術表現を吸収し、常識や形式にとらわれない自由な表現を探求しました。水着姿のモダンガールや工場といった当時の新しいイメージを雑誌や絵葉書から引用した《海》は、さまざまなモチーフで戦後の大阪の風景を描いた池田遙邨、科学技術の発展と都市の近代化を描いたラウル・デュフィ《電気の精》とともに展示されています。
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トリオ、テーマ「近代都市のアレゴリー」より、池田遙邨 、古賀春江の作品

都市風景は、フランスと日本、どちらの国においても近代絵画の重要なモチーフでした。
パリ、東京、大阪はいずれも川とともに栄えてきた都市です。
マルケはセーヌ川とノートルダム大聖堂の見えるパリの風景を、小泉癸巳男は連作版画で関東大震災から復興した東京の川辺の様子を、小出楢重は「煙の都」と呼ばれた大正末の大阪を描きました。
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トリオ、テーマ「川のある都市風景」より、小泉癸巳男、小出楢重、アルベール・マルケの作品

大阪に生まれ、東京で学び、1920年代にパリで数年を過ごした佐伯祐三は、ポスターや看板など都会にあふれる文字に関心をもち、パリの通りやカフェの風景を数多く手がけました。佐伯とモーリス・ユトリロ、松本竣介のトリオによる「都市の遊歩者」では、いずれも都会の風景の中にたたずむ黒いシルエットの人物が登場しています。
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トリオ、テーマ「都市の遊歩者」より、モーリス・ユトリロ 、松本竣介、佐伯祐三の作品

「都市と人々」では、石造りの建物が並ぶモンマルトル、新宿のビル街の賑わい、水の都・大阪の風景を、そこで生活する人々とともに切り取った作品が並びます。
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トリオ、テーマ「都市と人々」より、モーリス・ユトリロ、長谷川利行、河合新蔵の作品

近代女性のイメージや女性のファッションは、フランスと日本の芸術家たちがともに好んで取り上げたモチーフです。
「広告とモダンガール」では、パブロ・ガルガーリョが彫刻した、パリ文化の中心にいた女性キキの顔と、華やかに着飾った日本の女性たちが登場する百貨店のポスターをトリオとして対比させています。
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トリオ、テーマ「広告とモダンガール」より、早川良雄、パブロ・ガルガーリョ、 杉浦非水の作品 

20世紀には、看板やグラフィティといった都市の光景もアートのモチーフとなります。「都市のグラフィティ」は、それらに興味をもち、さまざまなアプローチで表した佐伯祐三が描いたパリ、ニューヨークと東京にインスパイアされたジャン=ミシェル・バスキア、 フランソワ・デュフレーヌによる破れた広告をもとにした作品という、都市の空気とエネルギーが感じられるトリオで構成されています。
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トリオ、テーマ「都市のグラフィティ」より、ジャン=ミシェル・バスキア、佐伯祐三、フランソワ・デュフレーヌの作品

これまでにない新しい自由な人物表現を試みた画家たちもいました。
画家の個性や自身の思いが画面から伝わるような自画像や、画家の家族を描いた作品も展示されています。
岸田劉生や原勝四郎は自身の娘を描きましたが、画風はまったく対照的。藤田はフランスや日本の人形から着想を得て、 繊細な少女像を生み出しました。
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トリオ、テーマ「こどもの肖像」より、原勝四郎、岸田劉生、藤田嗣治の作品

「人物とコンポジション」では、ブランシャール、小倉遊亀、岡本更園が、主役である人物をどのような構図の中に配置しているかに着目して鑑賞してみましょう。
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トリオ、テーマ「人物とコンポジション」より、岡本更園 、マリア・ブランシャール、小倉遊亀の作品 

夢や無意識、 空想、 幻想、 非現実、メタファーを表現に取り入れた作家たちは、自然や建築物、植物や動物、人間をモチーフにしながら、それらを単純化・抽象化し、現実にはありえない組み合わせで描くことで、それまでにないイメージを生み出しました。
辻永やデュフィ、アンドレ・ボーシャンは、絵の中にしか存在しない「空想の庭」を描きました。
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トリオ、テーマ「空想の庭」より、辻永、ラウル・デュフィ、アンドレ・ボーシャンの作品

過去の絵画を参照し、画家の分身のような存在を描き込むことで、「現実と非現実のあわい」を表現した作品も紹介されています。ヴィクトル・ブローネルは、ルソーの 《蛇使いの女》に、自ら生み出した怪物を登場させ、マグリットは、帽子をかぶった男の背後に、ボッティチェリの 《春》 に描かれた花の女神フローラを重ねています。
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トリオ、テーマ「現実と非現実のあわい」より、ヴィクトル・ブローネル、ルネ・マグリット、有元利夫の作品

ジョルジョ・デ・キリコは、ギリシャ悲劇の人物を、表情のない人体模型のようなマヌカン(マネキン)で表現しました。ブランクーシは神秘的なミューズ、イケムラレイコは樹の愛という概念を、人の頭部として表しています。
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トリオ、テーマ「まどろむ頭部」より、ジョルジョ・デ・キリコ、コンスタンティン・ブランクーシ 、イケムラレイコ の作品

「色彩の生命」で並置されたマーク・ロスコ、セルジュ・ ポリアコフ、辰野登恵子の作品のように、色と形そのものが、作品の主役になっていったのも20世紀という時代の特徴です。
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トリオ、テーマ「色彩の生命」より、辰野登恵子、セルジュ・ポリアコフ、マーク・ロスコ

彫刻の分野でも、伝統的な彫刻の概念から解放された、新しい表現を試みる作家が登場します。「デフォルメされた体」では、大胆に人体をデフォルメした彫刻、「軽やかな彫刻」では、空気の流れで静かに動く彫刻なども展示されています。
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トリオ、テーマ「デフォルメされた体」より、柳原義達、ジェルメーヌ・リシエ、イヴ・クラインの作品

モダンアートをコレクションの核とする3館は、同時代の作品の収集も続けています。 最後の第7章「越境するアート」では、20世紀に生まれた絵画や彫刻といったジャンルを越境するような作品を紹介。 時代と並走してきた3つの美術館の「いま」を見ることができます。
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第7章「越境するアート」より
手前中央:冨井大裕《roll (27 paper foldings) #15》 2009年、東京国立近代美術館 ©Motohiro Tomii, Courtesy of Yumiko Chiba Associates
後方左:奈良美智《In the Box》2019年、東京国立近代美術館寄託 © Yoshitomo Nara, courtesy of Yoshitomo Nara Foundation

ここでは、アーティストたちが表現しようとする素材やテーマも多岐にわたります。「ガラクタとアート」では、紙切れ、布、 木片、 缶、 新聞から切り抜いた写真などの廃材を組み合わせた、独創的で存在感のあるアートが並んでいます。
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トリオ、テーマ「ガラクタとアート」 より、村山知義、アルマン(アルマン・フェルナンデス)、菊畑茂久馬の作品

「日常生活とアート」では、日常生活で用いるモノでありながら、アートのような存在感を放つ作品、「自己と他者」では、映像という表現手段の特徴を生かして、女性の置かれた社会状況を描いた、出光真子などの作品が紹介されています。

展覧会では作品を鑑賞するだけでなく、個性あふれるミュージアムグッズも楽しみのひとつ。ミュージアムショップでは、モンパルナスのキキの顔をプリントした2WAYショルダーバッグ、ブランクーシの《眠れるミューズ》のクッションなど、出品作品をモチーフにした展覧会オリジナルの特別なグッズが多数用意されています。
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トリオで鑑賞することで、共通点だけでなく、単体では気がつかなかったそれぞれの画家の個性や独自の工夫も見えてきて、新たな気づきや発見、見どころの多い展覧会でした。
2度と見られないかもしれない本展のためだけの特別なトリオが会場には並んでいます。
この機会に、これまでにない鑑賞体験を楽しみながら、大きな時代のうねりの中で、新しい表現を模索した作家たちの美の世界に触れてみてください。
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【開催概要】
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
会期:2024年5月21日(火)~8月25日(日)
※一部作品の展示替えあり
前期展示: 5月21日 (火) ~ 7月7日 (日) / 後期展示: 7月9日 (火) ~ 8月25日 (日)
萬鉄五郎 《裸体美人》 : 5月21日 (火) ~ 7月21日 (日) / 8月9日 (金) ~8月25日 (日)
休館日:月曜日(ただし7月15日、8月12日は開館)、7月16日(火)、8月13日(火)
開館時間:10:00-17:00(金曜・土曜は10:00-20:00)入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般2,200円(2,000円)、大学生1,200円(1,000円)、高校生700円(500円)
※( )内は20名以上の団体料金
※中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。それぞれ入館の際、学生証等の年齢のわかるもの、障害者手帳等を提示すること。
TRIO(トリオ)展公式サイト:https://art.nikkei.com/trio/
巡回:大阪中之島美術館 9月14日(土)~12月8日(日)