かつて動物たちは さまざまな形で人びとの暮らしと関わりをもって存在していました。 人に飼育された動物もいれば、ともに 働く動物、自然の中に生きる動物もいました。
本展は、長期休館中の江戸東京博物館の61万点にも及ぶコレクションから厳選した作品を中心に、259点の美術品や工芸品で、江戸・東京で暮らした人びとがどのように動物と関わってきたのかをたどります。
会期中に展示替えが行われますが、このレポートでは、前期の展示内容や会場のようすをご紹介します。
《鞍掛木馬》江戸時代 上流武家の子どもの乗馬の稽古のための木馬
本展は、2022年にパリで開催されて好評だった展覧会がもとになっていますが、今回の展示にあたり新たな作品資料を大幅に追加し、改めて日本でのお披露目となっています。
展示の冒頭では、外国人から見た日本人の動物に対する関わりについて紹介。
1877(明治10)年に来日した米国の動物学者モースは、町の人々が道にいる犬や猫を邪魔しないように避けて通行し、 動物の名に親しみを込めて「さん」づけして呼ぶと記しています。
外国人が日本の暮らしを描いた作品からは、犬や猫、 馬などの動物が、 今よりもずっと身近に存在し、 当時の人びとが親近感をもって接していたようすを見ることができます。
展示風景より
国立歴史民俗博物館所蔵の《江戸図屏風》は、江戸城天守閣を中心に、江戸市街と近郊の風景を描いた屏風です。
17世紀前半の江戸の様子がよくわかるこの屏風には、よく見るとたくさんの動物たちが描かれています。鹿狩、鷹狩、犬のけんか、猿回しのようすなどのほか、犬や猫、 牛、 馬、 鳥などの動物が登場し、当時は多くの動物たちが江戸の町や郊外にいたことわかります。
主な見どころはパネルで紹介されているので、確認しながら動物をチェックしてみましょう。
《江戸図屏風》(複製・国立歴史民俗博物館原蔵)17世紀前半[オリジナル]
かつて荷物の運搬や農耕に役立つ馬、牛などは、人の生活には欠かすことができない存在でした。
荷物や人を運ぶために馬など、動物たちが人を助けて活躍しているようすを描いた絵画なども紹介されています。
荷物や人を運ぶために馬など、動物たちが人を助けて活躍しているようすを描いた絵画なども紹介されています。
歌川広重(三代)《東京名所之内 銀座通煉瓦造鉄道馬車往復図》1882(明治15)年 〈前期展示〉
江戸時代の犬は、都市の場合、多くは町で飼われる「町犬」で、番犬的な役割を担っていました。広重や国芳の画を改めて見ると、犬や猫が画面に多く登場していますが、それだけ動物が身近な存在であったことがわかります。
歌川国芳《深川佐賀町菓子船橋屋》1839~41(天保10~12)年 〈前期展示〉
平和な時代が長く続いた江戸時代、家庭内で動物が飼育されるようになります。猫や犬がペットとして可愛がられ、明治の初めにはウサギの飼育ブームも起きました。
大奥の新年の様子を描いた作品では、大奥の婦人たちから好まれた犬・狆が、部屋の中央の座布団の上に鎮座しています。
ウサギの種類を描いた、明治初めの兎の飼育ブームの頃の浮世絵。
《当世名兎揃》1872~73(明治5~6)年頃 〈前期展示〉
ウズラの声を競い合うというイベントを描いた珍しい屏風。人びとの中には武士や商人もいて、当時は身分の差を超えてウズラを愛する人びとが交流していたことがわかります。
《鶉会之図屏風》江戸後期 〈前期展示〉
江戸時代、都市の周辺には豊かな自然環境が広がり、多くの野生動物が住んでいました。そこでは将軍や大名の武芸の訓練の狩猟が繰り広げられ、野生の鹿や猪、野鳥などが獲物となりました。
(右)楊洲周延《千代田之御表》1897(明治30)年 〈会期中場面替えあり〉
将軍の年中行事のひとつ、鷹とともに鶴を捕らえる光景を描いた作品
季節ごとの行事の中には、春の潮干狩、夏の金魚売りや蛍遊び、虫の声を楽しむ秋の虫聞きなど、鳥や昆虫、魚介などの動物と関わりがあるものが多くありました。江戸の人びとは、季節の移ろいの中で動物との触れ合いを楽しんでいたのです。
江戸時代、十二支は時刻や方角を表す単位としても用いられ、現代よりも生活に根付いた存在でした。十二支を表す動物は歌舞伎の演目の題材となり、美人画にも描かれました。
都市化が進んだ江戸では、さまざまな娯楽の一つとして、珍しい動物を見せる興行が行われるようになります。18世紀後半に描かれた歌川豊国《しか茶屋》は、敷地内に動物を展示し、客に飲食を提供する茶屋のようすを描いた作品。この時期には鹿はすでに珍しい動物だったことがわかります。
展示風景より、ラクダ、象などの見世物のようすを描いた作品明治期以降には、 動物園や競馬場といった施設が作られます。動物を見せる場が国際交流や教育、社交の場としても機能するようになっていったのです。
小泉癸巳男《昭和大東京百図絵版画完制判 第四十八景 春の動物園》1934(昭和9)年 〈前期展示〉
小泉癸巳男《昭和大東京百図絵版画完制判 第四十八景 春の動物園》1934(昭和9)年 〈前期展示〉
町人たちが文化の担い手となった江戸時代になると、動物は素朴な郷土玩具や、洗練されたデザインの精巧な工芸品、装飾品の意匠としても用いられるようになりました。
会場には、四季を象徴する動物や、縁起の良いイメージを持つ生きもの、愛玩対象の動物をモチーフとした、衣装や身の回りの品々が展示されています。
展示風景より、吉祥のモチーフである、鶴と亀やクジャクなどが表されたきものの展示
展示風景より、随所に動物のデザインが見られるたばこ入れの展示
驚くほど緻密な飾りのついた装飾品。単眼鏡があればご持参をおすすめ。なかには先端に鳥かごや耳かきがついたかんざしもあります。
展示風景より
動物は人形や玩具のモチーフにもなりました。観光名所である浅草に近い隅田川の沿岸の今戸では、お土産物として今戸土人形が作られました。
猫の置物のようなものは、蚊取り線香を設置し、煙を立てるための容器です。
展示風景より
猫の置物のようなものは、蚊取り線香を設置し、煙を立てるための容器です。
展示風景より
展示風景より、さまざまな今戸土人形の展示
本展は巡回展ですが、東京の鉄道馬車にまつわる作品は東京会場だけの展示。大宮にある鉄道博物館所蔵品を中心に、さまざまな作品で鉄道馬車の歴史と当時の東京のすがたをたどることができます。
明治15年(1882年)から約20年間、新橋駅から京橋、日本橋、浅草、 上野といった東京の名所をつなぐ大通りでは、鉄道馬車が都市の交通の一端を担っていました。
展示風景より、東京の鉄道馬車のようすを描いた作品の展示
鉄道馬車は、レール上の決まったルートを周遊する乗合馬車で、最盛期には2000頭近い馬が働き、1分に満たない間隔で発車するという、超過密ダイヤで運行していました。馬も人間も大変ですね。
小林清親の弟子、井上安治が東京の名所を描いた新版画や、鉄道馬車の路線が名所の情報とともに記された観光マップのような図なども紹介されています。
歌川国利《東京市街鉄道馬車往復之図並ニ名所一覧》1890(明治23)年 〈前期展示〉
現代の都市生活では、動物と人との関係について意識することはほとんどありませんが、かつて動物はとても身近にいて、人を助け支えてくれるパートナーのような存在でした。
この機会に展示作品の中のさまざまな動物のすがたを通して、都市に生きた動物の歴史と人との関わりについて、改めて振り返ってみてはどうでしょうか。
※所蔵先表記のない作品はすべて東京都江戸東京博物館蔵
【開催概要】
会期:2024年4月27日(土)〜2024年6月23日(日)
<前期>4月27日~5月26日 <後期>5月28日~6月23日 *前・後期で作品の展示替えがあります
会場:東京ステーションギャラリー
時間:10:00~18:00(金曜日~20:00)*入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(4月29日、5月6日、6月17日は開館)、5月7日(火)
入館料:一般1,300円、高校・大学生1,100円、中学生以下無料
*障がい者手帳等持参の方は200円引き(介添者1名は無料)
【東京ステーションギャラリー|公式サイト】https://www.ejrcf.or.jp/gallery/