室町時代に活躍した水墨画家・雪舟は、ひとりの画家として最多である6件もの作品が国宝に指定されていることからもわかるように、日本美術史上もっとも重要な画家のひとりです。しかし、雪舟の今日の高い評価は、ただ作品が優れているというだけでなく、歴史的に積み重ねられた評価の上に成り立っています。

5月26日まで京都国立博物館で開催される展覧会「雪舟伝説―『画聖(カリスマ)』の誕生―」では、雪舟に影響を受けた、あるいは雪舟を慕う、さまざまな画家たちの作品通して、雪舟評価の流れをたどり、雪舟が 「画聖」 として神格化されるようになった過程を明らかにしていきます。
※会場内の写真は内覧会にて撮影したものです。
IMG20240412145412
会場入口

会場には雪舟だけでなく、桃山時代に雪舟の後継者を自称した雲谷派や長谷川派、雪舟の画風を踏襲した江戸時代の狩野派、琳派の尾形光琳、 “奇想の画家” と呼ばれた伊藤若冲、円山応挙などによる、桃山から明治初期にかけてのさまざまな作品が並び、画家たちの雪舟に寄せる熱い思いもたどることができます。
本展の見どころについては、こちらもご覧ください。


=========================
雪舟の国宝6件をはじめ雪舟の代表作が勢ぞろい
=========================
現在の岡山県総社市に生まれた雪舟は、幼い頃に京都・相国寺に入り、禅僧として修行を積みました。やがて周防 (現在の山口県)に下り、 1467年には遣明使節の一行として明の時代の中国で当時の画風を学んだ後、 周防に戻って独自の画境を築きました。
IMG20240412145507
展示風景より、(右)明に滞在中の作品で、王族のコレクションにあったことが画中の印章からわかる【重要文化財】《四季山水図》雪舟筆 室町時代 15世紀 東京国立博物館

主に中国の宋・元時代の絵画を学んだ雪舟の作品は、幅広い画風と、骨太で力強い筆致や濃淡を生かした独特な画面構成を特徴としています。
雪舟筆と伝わる作品は数多く残っていますが、誰もが間違いないと認める作品は多くはありません。 展覧会冒頭では、 まず国宝6件をはじめとする雪舟の代表作を一堂に展示。
会場には、力強い筆致と独特の画面構成で描かれた《秋冬山水図》や、長さ16mにおよぶ大作《四季山水図巻(山水長巻)》、天橋立を俯瞰した構図で克明に描いた《天橋立図》、雪舟自筆の序文を伴う《破墨山水図》(いずれも国宝)など、雪舟の代表作が並び、「画聖」雪舟の魅力を改めて確認することができます。
IMG20240412145431
【国宝】《秋冬山水図》雪舟筆 室町時代 15世紀 東京国立博物館

IMG20240412145650
【国宝】《天橋立図》雪舟筆 室町時代 16世紀 京都国立博物館

=========================
桃山時代に雪舟の後継者を自称した画家たち
=========================
雪舟は多くの弟子を育てたものの、その画系は長くは続きませんでした。そうしたなか、雪舟の画風を継承したのが、桃山時代の雲谷等顔や長谷川等伯です。彼らは雪舟の後継者を名乗り、雪舟画風を規範とする作品を数多く制作しました。
会場では、当時門外不出とされていた雪舟筆《四季山水図巻(山水長巻)》を参照したと考えられる雲谷等顔筆《山水図襖》(重要文化財)や、等顔の子である雲谷等益による《四季山水図巻(山水長巻)》の模写などが展示され、雲谷派において雪舟の作品が受け継がれ、重要な役割を果たしていたことがわかります。
IMG20240412145608
【国宝】国宝《四季山水図巻(山水長巻)》雪舟筆 室町時代 文明18年(1486)毛利博物館 ※巻替あり

IMG20240412145943
【重要文化財】《山水図襖》雲谷等顔筆 桃山時代 16~17世紀京都 黄梅院

同時代に活躍した長谷川等伯は、《竹林七賢図屏風》をはじめとして「自雪舟五代」(雪舟より五代)と署名する作品を晩年に多く制作しています。雪舟の画系に連なることを名乗ることで、自らの画系の正統性をアピールする狙いがあったと考えられ、この時代雪舟の後継者であることが社会的な権威となっていたことがわかります。
IMG20240412150128
《竹林七賢図屏風》長谷川等伯筆 桃山時代 慶長12年(1607)京都 両足院

=========================
雪舟の神格化に寄与した狩野派の画家たち
=========================
江戸時代に雪舟の神格化に最も寄与したのは狩野探幽です。 探幽が自らの画風を形成するにあたり拠り所としたのが雪舟でした。
日本初の本格的な美術史『本朝画史』は、探幽が雪舟の画風を慕い、従来の狩野派様式を「一変」させたと述べています。
IMG20240412151221
展示風景より、《本朝画史》狩野永納編 江戸時代 元禄6年(1693)刊 京都国立博物館

瀟洒で余白をとった探幽の様式は、狩野派だけでなく江戸絵画に大きな影響を与え、それとともに雪舟もまた重要な位置を占めるようになっていきました。

完存する雪舟の画巻として「山水長巻」に次ぐ存在の大作。「山水長巻」が門外不出であった17世紀に狩野派が学びえた雪舟の貴重な作品で、探幽の模本も今回展示されています。
IMG20240412150642
【重要文化財】《四季山水図巻》雪舟筆 室町時代 15~16世紀 京都国立博物館

雪舟は、中国・北宋~南宋にかけて活躍した李唐など、有名な中国画家の様式ををもとに描いた連作を手掛けています。今回現存作品のうち5図が展示。江戸時代前期の狩野派の絵師・狩野常信によるこのシリーズの模写『流書手鑑』(17世紀、東京国立博物館)も展示され、狩野派の絵師が雪舟の図を参考にしていたことがわかります。
IMG20240412153958
展示風景より、【重要文化財】《倣李唐牧牛図(牧童)》(15世紀、山口県立美術館)など中国絵画に倣った雪舟作品

=========================
富士山のかたちの定型となった《富士三保清見寺図》
=========================
現在では雪舟の作品ではなく写しと考えられている《富士三保清見寺図》(16世紀、永青文庫)は、江戸時代には雪舟が明で描いた作品と信じれられ、当時は雪舟画として受容されていました。
奥に富士山、 左に清見寺、 右に三保松原を配置するという構図は、富士山を描くときの一つの定型となり、探幽をはじめ多くの画家が同様の構図で富士山を描いています。
IMG20240412150441
《富士山図》狩野探幽筆 江戸時代 寛文9年(1669)

江戸時代に京都で活躍した京狩野の狩野山雪も、雪舟の富士山の構図を継承した作品を描いています。
IMG20240412150421
《富士三保清見寺図屏風》狩野山雪筆 江戸時代 17世紀 

雪舟伝説に寄与したのは、 狩野派だけではありません。 江戸時代にはさまざま流派の画家が雪舟を慕い、その作品を規範としました。
会場には、江戸中期に活躍した曾我蕭白、幕末に活躍した京狩野の狩野永岳などが、独自にアレンジしながら富士山を描いた作品が並び、 雪舟の主題・様式が広く継承されてゆくさまを確認することができます。
司馬江漢の作品も並んでおり、洋風画家で西洋画の優位性を説いた江漢にとっても雪舟は規範とすべき別格の存在であったことがわかります。
IMG20240412151915
展示風景より

=========================
多くの画家のお手本となった雪舟
=========================
18世紀半ばまでには確実に相国寺の所蔵となっていた、雪舟筆の国宝 《破墨山水図》 は、多くの画家がお手本にした名作です。
墨の濃淡で描く 「破墨」の手法を用いて、 弟子の求めに応じて描いた作品で、制作経緯など 雪舟自筆の序文が記されている点でも重要。円山応挙は雪舟の「破墨」の手法を用いた水墨画を残しています。
IMG20240412145523
(中央)【国宝】《破墨山水図》雪舟筆 自序、月翁周鏡ほか五僧賛 室町時代 明応4年(1495)東京国立博物館

山水画の印象が強い雪舟ですが、 仏画や花鳥画も手がけています。本作は雪舟筆と考えられている現存する稀少な花鳥画の逸品です。
4月30日からは、この作品と類似点が見られる伊藤若冲 《竹梅双鶴図》(18世紀、 東京・出光美術館)が展示されます。
IMG20240412145704
【重要文化財】《四季花鳥図屏風》 雪舟筆 室町時代 15世紀 京都国立博物館

若冲は、当時相国寺にあった雪舟筆《破墨山水図》や、東福寺蔵の雲谷等益による雪舟《四季花鳥図屏風》 の模写を見た可能性が高く、図様などにその影響が見られる作品を残しています。
IMG20240412152201
展示風景より、伊藤若冲の作品

18世紀初めごろ、江戸に滞在していた尾形光琳は、 その頃毎日のように雪舟画を目にしていたことを書状に記しており、その模写を示す具体的な作品《雪舟筆山水図写》も展示されています。
IMG20240412151436
展示風景より、(右)《雪舟筆山水図写》尾形光琳筆 江戸時代・18世紀 大和文華館

会場ではほかにも、酒井抱一、葛飾北斎、狩野芳崖といった名だたる絵師たちを雪舟との影響関係に触れながら紹介。
よく知られた画家以外にも、雪舟の名から一文字とって号とした山口雪谿や、勝川春草筆の画中に雪舟の作品が登場する春画なども展示され、江戸時代に雪舟がどのように受容されていたかを確認することができます。
IMG20240412152355
《三十三観音図》山口雪渓筆 江戸時代 17世紀 京都 善導寺

このように時代を超えて多くの画家から規範とされ、評価され続けたことが「画聖」雪舟という現在の評価へと繋がっていったのです。

ミュージアムショップでは、《四季花鳥図屏風》をモチーフにしたTシャツやトートバック、祇園辻利や塩芳軒による京菓子、水墨画をイメージしたネズミの刺繍がワンポイントのソックスなど、展覧会オリジナルグッズが多数用意されています。
IMG20240412141639

IMG20240412141615

本展のチラシや展覧会公式ウェブサイトには「雪舟展ではありません」とありますが、国宝をはじめ、雪舟の代表作がこれだけそろう機会は滅多になく、「雪舟展」としても見ごたえたっぷりの展覧会です。
さらに雪舟に学んだ画家と雪舟の作品を比べて見ることで、雪舟の影響力の強さとともに、個々の画家たちの受容のしかたの違いやそれぞれの個性も見えてきます。
時代を超えて、さまざまな形で継承され続けた雪舟。近世の画家たちがどのように雪舟を慕い、その作品に学び、さらに新しい絵画を生み出していったのか、ぜひ会場で確かめてみてください。
IMG20240412141452

※文中、展示期間の記載のない作品は通期展示

【展覧会概要】
特別展「雪舟伝説―「画聖(カリスマ)」の誕生―」
会期:2024年4月13日(土)~5月26日(日)※会期中一部作品の展示替えあり
[主な展示替え]
前期:4月13日(土)~5月6日(月・休) 後期:5月8日(水)~5月26日(日)
会場:京都国立博物館
休館日:月曜日(ただし、4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)
開館時間:9時~17時30分(入館は閉館の30分前まで)
観覧料:一般1800円(1600円)、大学生1200円(1000円)、高校生700円(500円)
※( )内は20名以上の団体料金
展覧会公式ウェブサイト:https://sesshu2024.exhn.jp
問い合わせ:075-525-2473(テレホンサービス)