江戸時代、吉原で育まれてきた文化と芸術を紹介を紹介する展覧会「大吉原展」が、東京藝術大学大学美術館にて、5月19日(日)まで開催中です。

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吉原の文化と芸術を紹介
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約10万平方メートルもの広大な敷地に、幕府公認の遊廓として約250年の長きにわたって続いた吉原。
遊廓は現在の社会通念からは許されない制度ですが、江戸時代における吉原は、文芸や落語、芝居、ファッションなどを通じて、最新の流行を発信する場としての性格も持っていました。
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辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎《江戸風俗人形》(部分)昭和56年(1981)台東区立下町風俗資料館

本展では大英博物館からの里帰り作品を含め、喜多川歌麿、葛飾北斎、 歌川広重など、 日本美術を代表する絵師たちによって描かれた絵画など約230点の作品で、吉原の歴史、 遊女の教養、ファッションなどについてテーマごとに紹介。当時の美意識を探りながら、同時に吉原の負の側面も踏まえて、その文化と歴史を改めて考える展覧会です。
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会場入口

会場入口で迎えてくれるのは、現代美術家・福田美蘭さんの描きおろしの大作《大吉原展》。本展に出品される作品の数々をモティーフに、花魁や吉原の町並みがモノクロで描かれています。
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福田美蘭《大吉原展》令和6年(2024) 作家蔵

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吉原入門
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展示の冒頭では、吉原入門として、吉原の文化、しきたり、生活など吉原の概要を、厳選した浮世絵や映像を交えてわかりやすく紹介しています。

60人を超える遊女を抱える大見世「丁子屋」の1階内部の様子を克明に描いた鳥居清長《新吉原江戸町二丁目丁子屋之図》(大英博物館)、夜桜見物で賑わう光景を描いた歌川派の祖・歌川豊春による肉筆画の大作《新吉原春景図屏風》(個人蔵)などの作品を映像とともに紹介。 
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展示風景より

美人画で人気を博した勝川春潮の貴重な肉筆画も展示。仲之町は吉原の中央通りのこと。ちょうど茶屋に着いた花魁道中と、これを迎える遊客と芸者たちとの対面の場面が描かれています。 
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勝川春潮《吉原仲の町図》寛政(1781〜1801) 前期 大英博物館 

《青楼二階之図》では、吉原の妓楼の2階の様子や、そこで繰り広げられるさまざまな情景を見ることができます。
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歌川国貞《青楼二階之図》文化10 年(1813)  大英博物館

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吉原の歴史
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続いて、風俗画や美人画を中心に、吉原約250 年の歴史を紹介。江戸時代の名品の数々からはじまり、近代になり変化していく吉原の様子を絵画だけでなく、写真も交えてたどります。
おしゃべりをしている様子や、三味線と唄に舞、宴会の場面など出品作品の多くがにぎわいの空間を描いており、さまざまな声や音が画面から伝わってくるようです。
新出の豊春の肉筆作品《四季三遊里風俗図》では、下段に春の吉原が描かれています。
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展示風景より、左:歌川豊春《四季三遊里風俗図》寛政7年(1795) 個人蔵 前期展示

鳥文斎栄之の数少ない大首絵(女性の胸像をクローズアップして描いた浮世絵)の作品や、喜多川歌麿による「青楼七小町」シリーズも展示 。歌麿が吉原の遊女の1日を2時間ごとに描いた揃物は、12枚まとめて見ることができます。
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展示風景より

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喜多川歌麿《青楼十二時》の揃物の展示 (会期中展示替えあり、後期展示作品はパネル展示) 

吉原の幇間 (太鼓持ち、男芸者) としても活躍し、吉原を知り尽くした英一蝶は、三宅島で配流されたあとに、記憶をもとに吉原を描きました。
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英一蝶《吉原風俗図巻》元禄16年(1703) サントリー美術館

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近代の吉原
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明治時代に入って高橋由一が描いた油彩画《花魁(おいらん)》は、修復後初公開。由一は変わりゆく遊女の姿を絵にとどめたいとの依頼を受けて当時全盛であった花魁の姿を油彩画で描きました。しかし完成品を見たモデルは、「わちきはこんな顔ではありんせん!」と泣いて怒ったそうです。
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高橋由一《花魁》[重要文化財]明治5年(1872) 東京藝術大学

河鍋暁斎は《吉原遊宴図》で、桜の時期のにぎやかな宴会の様子を華やかに描きました。
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展示風景より、左:河鍋暁斎《吉原遊宴図》明治12~22年(1879~89) 河鍋暁斎記念美術館 前期展示

1872年10月、西洋諸国から遊女の人身売買を批判されたことをきっかけに、娼妓解放令が発布されます。その後、西洋化に伴う価値観の変化とともに、江戸の吉原文化は急速に失われていきました。
樋口一葉を愛読していた日本画家の鏑木清方は、 『たけくらべ』 の主人公の美登利を主題にし、 失われた江戸文化への郷愁を作品にしました。

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「演出空間」としての吉原
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吉原は、常に贅沢な非日常の世界を演出することで多くの人々をひきつけてきました。

美術館3階では、展示室全体で吉原の町並みの一角を再現したような展示となっており、来館者は浮世絵を中心に工芸品や模型といった作品を鑑賞しながら吉原という異空間を散策するような体験ができます。
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展示風景より

 妓楼 「玉屋」の張見世に集まる遊女たちを描いた作品や、妓楼の1階の様子を描いた北斎の作品などで、建物の構造についても詳しく知ることができます。
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伝 歌川豊春《新吉原玉屋の張見世図屏風》天明2年~6年(1782~86) 大英博物館

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葛飾北斎《吉原妓楼の図》文化8~10年(1811~13) 山口県立萩美術館·浦上紀念館 前期展示

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吉原の四季と文化
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また独得のしきたりや風習、遊女の生活やファッションなど、独自の文化についても紹介されています。吉原では、季節ごとに街を挙げて催事を行い、年中行事の演出にも工夫が凝らされました。

旧暦のお盆の時期には、茶屋(客に遊女を斡旋する店)に有名な画家や書家の手による燈籠がつるされ、町全体を華やかに彩りました.。
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歌川豊春《浮絵和国景跡新吉原中ノ町之図》安永(1772~81)初期 川崎・砂子の里資料館 前期展示

旧暦8月に開催される「俄(にわか)」の祭は1カ月続き、毎日「踊り屋台」が現れて非日常が演出され、踊りと唄が楽しめました。
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展示風景より

なかでも最も華やかなのは、桜の季節です。仲之町通りの中央にある植え込みに、開花前の根付きの桜を移植し散ると撤去するという、吉原ならではの仕掛けも行われました。
ワズワース・アテネウム美術館から里帰りした喜多川歌麿の《吉原の花》は、箱根・岡田美術館所蔵の《深川の雪》、アメリカ・フリーア美術館所蔵の《品川の月》と合せた3部作のひとつとして知られている、歌麿の肉筆画でも最大級の作品です。桜を愛でながら宴会を楽しむ総勢52人の女性たちが描かれ、画中には英一蝶の布袋と唐子の図も見ることができます。
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喜多川歌麿《吉原の花》寛政5年(1793)頃 ワズワース・アテネウム美術館

着物の柄、着重ね方、かんざしと髪型のつりあいなど、丁寧に描かれた遊女の豪華な装いも見どころです。遊女たちの華麗な装いは流行の最先端として注目され、浮世絵などを通じて拡まり、多くの女性のファッション、髪型にも影響を与えました。
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展示風景より

ふだんは吉原大門の外に出ることが許されなかった遊女たちの珍しい外出の場面を描いた作品。うれしそうな仕草や表情の彼女たちが印象的です。
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左から、鳥居清長《三囲の神詣》天明8年(1788) 大英博物館、勝川春潮《土手下遊山船の美人》寛政3~6年(1791~94) 頃 山口県立萩美術館・浦上記念館 前期展示

日本文化の集積地、発信地であった吉原では、遊女たちもさまざまな文化的な教養を身につける必要がありました。会場では、楽器演奏、書画など文化芸術に携わっている遊女たちの姿も紹介されています。
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展示風景より

三味線の名手であった遊女玉菊が使用していたと伝えられる、やや小ぶりで古風な姿の三味線も展示されています。
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左:《伝 玉菊使用三味線》江戸時代 18世紀 早稲田大学演劇博物館

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出版界と文芸サロン
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書や和歌俳諧、舞踊や音曲や生け花などの集積地でもあった吉原には、多くの文化人が集いました。特に吉原に生まれ、 出版によって吉原文化を世に発信し続けた文化人、 蔦屋重三郎を通じてジャンルを超えたネットワークが生まれ、膨大な絵画や浮世絵、文学、各種の書籍などさまざまな作品が生み出されました。

浮世絵も描いた戯作者山東京伝は、吉原物の作品を数多く手がけました。 京伝は妓楼玉屋弥八の玉ノ井を身請けし、晩年まで妻を頼りにしたといわれてます。
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[原本]山東京伝 詞書《吉原十二時絵詞(模本)》文久元年(1861)東京藝術大学(場面替えあり)

酒井抱一は、大田南畝らの文化人が中心となった狂歌サロンで活躍し、遊女を題材とした肉筆浮世絵も手がけています。
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左から、酒井抱一《吉原月次風俗図 六月 富士参り》江戸時代  18~19世紀 細見美術館 前期展示、酒井抱一《遊女と禿図》寛政(1789~1801)頃 東京国立博物館 前期展示

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妓楼の立体模型で遊女の生活を紹介
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さらに3階奥の展示室には、吉原の妓楼の3メートル四方の巨大な立体模型が展開されています。辻村寿三郎らによって精巧につくり込まれた人形や調度、建物は、当時の遊廓の賑わいをリアルに感じさせ、見ごたえたっぷりです。360度から見ることができ、写真撮影も可能。この機会にぜひ細部までじっくり鑑賞してみてください。
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辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎《江戸風俗人形》昭和56年(1981)台東区立下町風俗資料館

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辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎《江戸風俗人形》(部分)昭和56年(1981) 台東区立下町風俗資料館

展示では遊女たちの置かれた状況が丁寧かつ真摯に紹介されています。表面上はとても華やかで賑わいのある場であった吉原ですが、だからこそよけいに遊女たちの悲哀が伝わってくるようにも思えました。
今となっては2度と見られない吉原の様子を、多彩な美術作品を通じて知ることができる、とても貴重な機会です。江戸の文化・芸能や、浮世絵などの江戸絵画に関心のある方なら見逃せない展覧会といえるでしょう。前後期で大幅な展示替えがあります。

本展学術顧問であり、法政大学名誉教授・田中優子氏による記念講演会など、スペシャルな企画も予定されています。詳細は展覧会公式ホームページでご確認ください。

※文中、展示期間の注記がない作品は通期展示

【開催概要】
展覧会「大吉原展」
会期:2024年3月26日(火)〜5月19日(日) 会期中に展示替えあり
[前期 3月26日(火)〜4月21日(日) / 後期 4月23日(火)〜5月19日(日)]
会場:東京藝術大学大学美術館
住所:東京都台東区上野公園12-8
開館時間:10:00〜17:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(4月29日(月・祝)、5月6日(月・振)は開館)、5月7日(火)
観覧料:一般 2,000円、高校・大学生 1,200円、中学生以下 無料
※障がい者手帳の所持者および付添者1名は無料(入館時に障がい者手帳などを提示)
展覧会公式ホームページ:https://daiyoshiwara2024.jp/