企画展「ライトアップ木島櫻谷 ─ 四季連作大屏風と沁みる『生写し』」が、六本木の泉屋博古館東京にて5月12日(日)まで開催中です。
近代京都画壇を代表する日本画家、木島櫻谷(このしまおうこく)は、大正時代中期、大阪・茶臼山の住友家本邸のために、4双の金屏風「四季連作屏風」を2年をかけて制作しました。
「四季連作屏風」は、いずれも縦180cm、幅720cmを超える大画面に、四季折々のモチーフを描いた屏風です。本展では、この「四季連作屏風」全点を一挙公開。会場には金地の大屏風が華やかに並び、まるで住友家の屋敷に招かれたような贅沢な気分が味わえます。
展示風景より
写生を元に琳派の装飾性を取り入れた花鳥画は、制作中から「光琳風」ともいわれました。しかし、よく観ると、油彩画のように立体的な筆触を残したり、写生を生かしつつモチーフを大胆に切り取る狩野派のような画面構成で仕上げたりと、作品には櫻谷ならではの意欲的な取り組みを見ることができます。
例えば右隻に芽吹きの柳、左隻に満開の山桜を配した《柳桜図》は、桜の花弁は一枚を二筆で形作り、たっぷり絵具を用いた油彩のような筆跡で、葉や花びらの質感をよく表して います。
木島櫻谷《柳桜図》大正6年(1917) 泉屋博古館東京
木島櫻谷《柳桜図》大正6年(1917) 泉屋博古館東京
《燕子花図》は、光琳以来、琳派の系譜で繰り返し描かれた画題ですが、櫻谷は花の形態は類型化せず、写生を基礎として一輪一輪描き分けています。さらに花の配置を画面下半分に集中させ、安定感のある構図に仕上げています。
満開の菊を左上から右下に流れるように配した《菊花図》は、ひとつひとつ異なる花弁を持ち、花弁の揺らぎなどが、写生に基づく櫻谷らしい柔らかい筆致によって描かれています。
木島櫻谷《菊花図》大正6年(1917) 泉屋博古館東京
老木に白雪が積もる様子を描いた《雪中梅花》。「老木の幹の部分で大きく 切り取る大樹様式に近い構図は、琳派よりも、 桃山から江戸初期の狩野派や応挙の《雪松図》(三井記念美術館蔵)に倣ったと思われる」と泉屋博古館東京館長の野地耕一郎氏。応挙の作品では、雪は紙の地色の白を生かしていますが、櫻谷は、油彩画のように白い胡粉を厚く盛り上げ雪の立体感を演出。さらに雪に耐えて咲く紅梅の花や幹の苔の緑の対比がアクセントになり、鮮やかに画面を彩っています。
木島櫻谷《雪中梅花》大正7年(1918) 泉屋博古館東京
鶴好きであった15代住友吉左衞門 (春翠)のために描かれ、住友家本邸の大広間を飾った《竹林白鶴図》も展示。竹と鶴は、清雅なものとして文人たちが愛したモチーフ。緑の竹と濃紺の流水、鶴の白の対比が美しい、装飾的な屏風です。
木島櫻谷《竹林白鶴》大正12年(1923) 泉屋博古館東京
櫻谷の画業の中で最も評価されたのが動物画です。後半は櫻谷の動物画に焦点をあてた作品がならびます。
円山四条派の祖・円山応挙は、中国画や西洋画の技法を取り入れつつ、対象をありのままに描く「生写し」(写生)という方法を編み出しました。写生は、門下の「円山派」絵師たちによって継承され、応挙の画風に学んだ呉春を祖とする「四条派」もここから派生し、円山四条派の写生画風は近代にも大きな影響を与えることになりました。
第2章展示風景より
第2章「『写生派』先人絵師たちと櫻谷」では、櫻谷の時代に先駆けて活躍した、江戸から明治までの京都画壇の作品を紹介。輪郭線を用いず、筆の側面を使って陰影や立体感をあらわす「付立(つけたて)」や、鳥獣の毛を細かな線で描く「毛描き」の手法など、先人の画家たちによる動物表現と櫻谷の作品を比較しながら、伝統的な系譜を踏まえたうえで、写生を重視し新たな絵画を創出しようとした櫻谷の動物画を見ていきます。
第2章「『写生派』先人絵師たちと櫻谷」では、櫻谷の時代に先駆けて活躍した、江戸から明治までの京都画壇の作品を紹介。輪郭線を用いず、筆の側面を使って陰影や立体感をあらわす「付立(つけたて)」や、鳥獣の毛を細かな線で描く「毛描き」の手法など、先人の画家たちによる動物表現と櫻谷の作品を比較しながら、伝統的な系譜を踏まえたうえで、写生を重視し新たな絵画を創出しようとした櫻谷の動物画を見ていきます。
鯉を写実的に描いた応挙の《双鯉図》は、魚の量感や生臭い感触まで伝わってくるような、まさに「生写し」の作品です。細かく観ていくと、グラデーションによって鯉の立体感を表現するなど、応挙のさまざまな工夫を見ることができます。
《牡丹孔雀図》の百花の長牡丹と孔雀のとり合わせは、 円山派の得意とした画題ですが、孔雀の足裏を見せたり、足をクロスしているのは応挙の長男・円山応瑞のオリジナル。 彩色と毛描きで入念に表された変化に富む羽毛など見どころの多い作品です。
左から、円山応挙《双鯉図》江戸時代・天明2年(1782) 泉屋博古館、円山応瑞《牡丹孔雀図》江戸時代(18-19世紀) 泉屋博古館円山派は筆数を ふやすことで細密な描写をめざす「加筆系」、一方俳諧味を含んだ四条 派は筆数を減らす「減筆系」の傾向があり、時代が下るとそれらが融合した作風も現れます。
櫻谷は大正期以降次第に筆数を減らし、毛描きが少なくなります。
白井直賢は鼠画を得意とした江戸時代の画家。櫻谷画の葡萄と栗鼠はどちらも吉祥のモチーフです。葡萄の幹やざっくりした葉の表現には「減筆系」の四条派の傾向が見られますが、栗鼠のふさふさとした毛並みや柔らかな尾、愛らしい表情やしぐさなどはとてもリアルに生き生きと表現されています。
白井直賢画・本居大平賛《福寿草鼠図》江戸時代(18-19世紀) 泉屋博古館、木島櫻谷《葡萄栗鼠》大正時代(20世紀) 泉屋博古館東京
「狸の櫻谷」 の異名を持つ櫻谷が、狸を描いた作品も出展されています。 細密毛描きを得意とした円山派の森徹山の作品と比べると、櫻谷は付立風のにじみや濃淡、少ない毛描きだけでふわりとした毛並みとしなやかな肉体を表現していることがわかります。細い月と秋草のが老狸の心境をも映すようで、どこか詩情を感じさせるのも櫻谷の狸画の魅力です。
同様に、付立による濃淡とにじみで毛並みと形態の特色を捉えた《雪中鴛鴦図》や、大胆な筆さばきで犬の姿を捉えた《狗児図》などの作品を見ると、櫻谷は四条派に近い傾向の画家といえそうです。しかし徹山の養子・森一鳳の簡潔な描写で形態や個性を捉える洒脱な作風は、櫻谷につながる要素も認められます。
左から、木島櫻谷《雪中鴛鴦図》昭和初期頃(20世紀) 個人蔵、木島櫻谷《狗児図》大正時代(20世紀) 個人蔵、森一鳳《猫蝙蝠図》江戸時代(19世紀) 泉屋博古館
櫻谷の動物たちは、動物たちはリアルで存在感がありながら、どこか優しく人間的なまなざし、表情が特徴です。第3章「櫻谷の動物たち、どこかヒューマンな。」では、豊かな表情の櫻谷ならではの魅力的な動物画が楽しめます。
第3章展示風景より
《獅子虎図屏風》は、堂々としたライオンの立姿と、うずくまり水を飲む柔和な虎を、油彩画を思わせるようなタッチで描いた20代後半の作品。渡欧した時に動物園で写生したライオンをもとに、明治35年(1902)に竹内栖鳳が描いた《大獅子図》(藤田美術館)と写実的な描写はよく似ていますが、櫻谷は近所の京都市動物園に通いつめ、ライオンや虎などの写生を重ね、線をほとんど用いずに塗り重ねた色面で獅子の身体を立体的に表現しています。
木島櫻谷《獅子虎図屏風》明治37年(1904) 個人蔵
泉屋博古館東京館長の野地耕一郎氏は、「櫻谷が描こうとしたのは、 「生」すなわち「いのち」の在り様をまざまざと写し取ることだった。「いのち」の在り様とは、 物と心をともに描き出すこと。物と心が出会う時、「いのち」が湧き出ることに櫻谷は気がついた」そして次第に「歌(俳句)の心で物を写す 「四条派的減筆系」表現に到達」したと語ります。
櫻谷は生涯多くの鹿の作品を手がけました。会場では時代の異なる3幅の鹿の絵で、櫻谷画の変遷をたどることができます。
20代前半の《双鹿図》は、「生写し」を旨とする円山派の伝統の技に基づいて、毛並みの一本一本まで細かく丁寧に描きこんでいます。
左から、木島櫻谷《双鹿図》明治30年代(19-20世紀) 個人蔵、木島櫻谷《雪中孤鹿》明治30年代末頃(20世紀) 個人蔵、木島櫻谷《秋野孤鹿》大正7年(1918)頃 泉屋博古館東京
明治30年代後半の《雪中孤鹿》では、筆数は減じているものの、ごわついた毛並やしっかりした角など鹿の特徴をよく表現しています、
秋草の中、遠くに目をやる後ろ姿の鹿を描いた大正期の《秋野孤鹿》は、少ない筆数ながら鹿の形態や質感を確実に捉えています。そしてふと見返るような優しげな鹿のまなざしは櫻谷画ならでは魅力です。
櫻谷は生涯、片時も写生帖を離さなかったといいます。 本展では、本画のもととなったと思われる写生や、素早い筆致で動物の姿を的確に捉えた写生などが多数展示されています。後年になると写生においても動物の描き方が変化し、次第に動物に託した擬人化へのまなざしが感じられるようになります。
木島櫻谷《写生帖》明治時代(19-20世紀) 櫻谷文庫
今回特集展示として、 公益財団法人住友財団が推進してきた文化財維持・修復事業助成により甦った館蔵品2点が紹介されています。
頭体幹部を一木から作り出した、院政期の有力仏師の作と考えられる平安時代後期の毘沙門天像。 胸甲を飾る2つの大きな鬼面が目を引きます。
《毘沙門天立像》平安時代(12世紀) 泉屋博古館
呉春 (松村月渓) 、亀岡規礼はともに応挙の写生画風の影響を強く受けた画家。牡丹に孔雀、松に蝉はともに応挙の好んだ画題で、吉祥の象徴として円山四条派の絵師たちによって描き継がれました。
呉春・亀岡規礼《松・牡丹孔雀図衝立》江戸時代(18ー19世紀) 泉屋博古館
四季を描いた美しい金屏風だけでなく、近世から近代への京都画壇の流れをたどりつつ、櫻谷のさまざまな動物画が楽しめる展覧会。この機会に多彩な展示作品を通して、櫻谷の魅力を再認識してみてください。
※展示室内の写真は美術館の許可を得て撮影したものです。
【展覧会概要】
企画展「ライトアップ木島櫻谷 ─ 四季連作大屏風と沁みる『生写し』」
会期:2024年3月16日(土)~5月12日(日)
会場:泉屋博古館東京
住所:東京都港区六本木1-5-1
開館時間:11:00~18:00(金曜日は19:00まで開館)
※入館はいずれも閉館30分前まで
休館日:月曜日(4月29日(月・祝)、5月6日(祝・振)は開館)、4月30日(火)、5月7日(火)
入館料:一般 1,000円(800円)、高校・大学生 600円(500円)、中学生以下 無料
※20名以上の団体は( )内の割引料金
※障がい者手帳などの提示者本人および同伴者1名までは無料
泉屋博古館東京ウェブサイト:https://sen-oku.or.jp/tokyo/