国立西洋美術館(東京・上野)にて、企画展「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?──国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」が、2024年3月12日(火)~5月12日(日)まで開催されます。

20世紀前半までの西洋美術作品を収蔵・展示してきた国立西洋美術館。
1959年の開館以来、現代アーティストの作品を展示する初めての展覧会となる本展では、館設立の原点を見つめ直し、国内外で活躍する現代アーティストたちが西洋美術館の所蔵作品からインスピレーションを得て制作した作品や、美術館という場所の意義を問い直す作品などを通して、アーティストたちが 国立西洋美術館やそのコレクションにどのような眼差しを向け、どのような問題を提起しているかを紹介します。

国立西洋美術館の母体となった松方コレクションを築いた松方幸次郎は、日本の若い画家たちに本物の西洋美術を見せるため、膨大な数の美術品を収集しました。同館の目的を考えるうえで「アーティストのため」という視点は欠かせません。
冒頭「アーティストのために建った美術館?」の章では、国立西洋美術館は「未来のアーティストたち」の制作活動に資するべく建ったのではなかったかということを、松方幸次郎や画家・安井曾太郎の言葉を想起しつつ問いかけます。国立西洋美術館設立にあたっては、財界やアーティストを中心とした民間の多大な助力がありました。当時の経緯を資料で改めて確認し、同館本館を基本設計したル・コルビュジエが提唱した基準寸法「モデュロール」に合わせて構成した、本展のために制作される杉戸洋のタイル作品《easel》を展示します。

1章「ここはいかなる記憶の磁場となってきたか?」では、様々な時代や地域に生きた/生きるアーティストらの記憶群が同居し、それぞれの力学を交錯させあう磁場としての美術館の姿に着目。西洋銅版画の歴史的流れを意識した作品を制作した中林忠良、同館収蔵のポール・セザンヌ《葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々》に触発された内藤礼、さらに同館で開催された「セザンヌ展」(1974)や「モーリス・ドニ」展(1981)に影響を受けたという松浦寿夫の作品群を紹介します。
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中林忠良《転位’04−地−I》2004 年、エッチング、アクアチント、ドライポイント、作家蔵

国立西洋美術館は、脱西洋主義が進められる時代においても、原則として「西洋美術」のみを蒐集・保存・展示せざるをえない美術館です。
第2章「日本に『西洋美術館』があることをどう考えるか?」では、藤田嗣治の作品があくまで「西洋美術」として収蔵されていることに着目し、小沢剛の、藤田がパリではなくバリにたどり着いたという仮想の歴史を題材にした作品を藤田の作品と並べて展示。さらに小田原のどかによるロダンの彫刻を横倒しに「転倒」させる展示などで同館の在り方に揺さぶりをかけます。
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小沢剛《帰ってきたペインターF ─ Painter F Song》2015年、ビデオ、12分8秒、森美術館

第3章「この美術館の可視/不可視のフレームはなにか?」では、美術館という枠組みそのものに着目。布施琳太郎はル・コルビュジエが基本設計した同館建築を読み解き、美術館建築の在り方をサイコロをモティーフに呈示。田中功起は子供や車椅子の鑑賞者が作品を見る目線の高さや展示室内の翻訳言語といった「不可視のフレーム」を問題化。なお田中の提案を受け入れるかたちで3月12日から5月10日までの指定日において、企画展または常設展来場者を対象とした託児サービスが実施されます(事前予約制)。

第4章「ここは多種の生/性の場となりうるか?」では、白人男性アーティストが中心の同館コレクションを多様性の観点から紐解きます。鷹野隆大は美術館の空間にIKEAの家具を並べ、同館コレクションと自身の写真作品を併置し、生活空間に美術館の作品が並んでいたらどう見えるか問いかけます。
また飯山由貴は、松方コレクションの成りたちを読み解き、松方幸次郎が想定した「アーティスト」とはどういうものかを批判的に問いかけます。
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鷹野隆大《Kikuo (1999.09.17.Lbw.#16)「ヨコたわるラフ」シリーズより》1999年、ゼラチン・シルバー・プリント、Courtesy of Yumiko Chiba Associates ©Takano Ryudai 

また、第4章と第5章の間の「反-幕間劇――上野公園、この矛盾に充ちた場所:上野から山谷へ/山谷から上野へ」では、弓指寛治が膨大な絵画を通して、路上生活者をはじめ同館がこれまで見つめてこなかった上野公園がはらむ問題を改めて考えます。
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弓指寛治《ウエノさんのブルーシート小屋》2023年、アクリル、鉛筆/木製パネル、新聞紙、作家蔵

第5章「ここは作品たちが生きる場か?」では、美術館が作品を保存することの永続性の理念と実際を問いかけます。竹村京は、ルーヴル美術館で破損した状態で見つかった旧松方コレクションのクロード・モネ《睡蓮、柳の反映》の欠損部分を絹糸で想像的に補完する作品を作ります。またエレナ・トゥタッチコワは、国立西洋美術館の展示室を迷い歩いた経験をもとにした映像作品などを制作します。
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クロード・モネ 《睡蓮、柳の反映》1916年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館 松方幸次郎氏御遺族より寄贈(旧松方コレクション) 

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竹村京《修復されたC.M.の1916年の睡蓮》(部分、制作過程)2023-24年、釡糸、絹オーガンジー、カラープリント、作家蔵 

第6章「あなたたちはなぜ、過去の記憶を生き直そうとするのか?」では、時間のなかで読み換えられ、時空を超えて変容する芸術作品を紹介します。
梅津庸一は自身の身体像をラファエル・コランの《フロレアル(花月)》のなかに投入した自画像を描きました。遠藤麻衣は、同館の所蔵するエドヴァルド・ムンクのリトグラフ連作の世界観にインスピレーションを得たパフォーマンス映像を発表。ユアサエボシは、美術館の収蔵作家でもあるサム・フランシスの活動を1950・60年代に知っていたという「設定」で、自身の抽象画と並べて展示します。
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梅津庸一《フロレアル─汚い光に混じった大きな花粉》2012 -14年、油彩/パネル、角材、照明カバー、樹脂、吸水マット、照明機材用スタンド、ハンドクリーム容器、愛知県美術館

第7章「未知なる布置をもとめて」では、杉戸洋、梅津庸一、坂本夏子、2014年に亡くなった辰野登恵子の作品を、モネ、ポール・シニャック、ジャクソン・ポロックらの絵画と並べることで、現代の画家たちが同館収蔵作品にどれだけ拮抗するのかを検証します。
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辰野登恵子《WORK 89 -P-13》1989 年、油彩/カンヴァス、千葉市美術館

さまざまな初の試みを通して、国立西洋美術館の新たな可能性を模索するとても意欲的な企画です。参加アーティストだけでなく、鑑賞者にとって美術館の役割を見つめなおし、アーティストと美術館の関係について改めて考えるきっかけになりそうです。
館の未来を思い描く中で生まれたという、国立西洋美術館の挑戦ともいえる展覧会。何が出てくるのか、ぜひ会場で確認してみましょう。

◆ 参加アーティスト◆ (五十音順)
飯山由貴、梅津庸一、遠藤麻衣、小沢剛、小田原のどか、坂本夏子、杉戸洋、鷹野隆大、竹村京、田中功起、辰野登恵子、エレナ・トゥタッチコワ、内藤礼、中林忠良、長島有里枝、パープルーム(梅津庸一+安藤裕美+續橋仁子+星川あさこ+わきもとさき)、布施琳太郎、松浦寿夫、ミヤギフトシ、ユアサエボシ、弓指寛治

【開催概要】
展覧会名:ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?──国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ
会期: 2024年3月12日(火)~2024年5月12日(日)
会場: 国立西洋美術館 
時間:  9:30~17:30 (最終入館時間 17:00)※毎週金・土曜日は、9:30〜20:00まで(最終入館時間 19:30)
観覧料:一般2,000円、大学生1,300円、高校生1,000円※中学生以下は無料
TEL: 050-5541-8600 (ハローダイヤル)