力強くも素朴な造形と、微笑みをたたえた姿で 人々を魅了してやまない 「円空仏」。 多彩な佇まいの円空仏約160体が集合する展覧会「円空 ―旅して、彫って、祈って―」が、あべのハルカス美術館の開館10周年記念展として開催中です。
IMG20240201160259

本展では、魅力あふれる円空仏を多数紹介するとともに、絵画や円空の人柄に触れられる貴重な資料によって、円空の初期から晩年までの足跡をたどりながら、ひたすらに神仏を彫り続けた円空の生涯と活動を紹介します。関西での大規模な円空展は約20年ぶりとなります。

晩年の円空と思われる肖像。 肖像の上の「一心」と読まれる墨書は円空自筆と伝わります。
IMG20240201150943
《円空像》大森旭亭筆 文化2年(1805) 岐阜県・千光寺

展示は、「旅の始まり」「修行の旅」「神の声を聴きながら」「祈りの森」「旅の終わり」の5章構成。
-------------------------------------------------------
第1章 旅の始まり
-------------------------------------------------------
円空は、江戸時代前期に美濃国(現在の岐阜県)に生まれました。幼いころに出家し、修験僧として各地の霊場を旅をしながら神仏を彫り続けました。その足跡は、円空が生まれ、没した東海地方にとどまらず、北海道から近畿にわたる広い範囲に及んでいます。生涯に12万体彫ると誓ったといわれるほどの多作で知られ、現存する円空仏は5400体を超えます。

円空の死後100年近く経ってから書かれた『近世畸人伝』には、幼い頃に出家し、23歳で寺を離れ、富士山や白山に籠ったと前半生について記されています。第1章ではこの近世畸人伝が並ぶほか、円空が神仏を彫り始めた初期に岐阜や三重でつくったと思われる作品が展示されています。
IMG20240201153505
左:《近世畸人伝》伴蒿蹊 著 1790年(寛政2年) 京都府立京都学・歴彩館

展示室入口で来場者を迎えてくれるのは巨大な《金剛力士立像》。円空らしい形式にとらわれない自由でダイナミックな作風の像は、地面に生えたままの木を彫って作ったと伝えられています。展示されている《近世畸人伝》の挿絵は、この像を彫る場面を描いたものです。
IMG20240201141233
《金剛力士(仁王)立像(吽形)》1685年(貞享2年)頃 岐阜県・千光寺

円空が神仏を掘り始めた初期の頃の仏像は、表面がすべすべで、 じっくり丁寧に作られています。晩年の作風とはずいぶん異なり、ちょっと驚きました。
IMG20240201153616
左から、《大日如来坐像》寛文5年(1665)頃 三重県・浜城観音堂、《釈迦如来坐像》寛文5年(1665)頃 岐阜県・天徳寺

円空としてはもっとも大きな作品のひとつが、この《十一面観音菩薩立像》。彫刻を作り始めたばかりの頃の作品ですが、初期の頃からすでに円空が高い力量を持っていたことがわかります。
IMG20240201153547
《十一面観音菩薩立像》寛文5年(1665)頃 三重県・真教寺

-------------------------------------------------------
第2章   修行の旅
-------------------------------------------------------
寛文11年(1671) 40歳の円空は奈良県・法隆寺において、奈良時代の名僧・行基(ぎょうき)ら、 法相宗の高僧の師弟関係に連なる僧であると認められました。右はこの前後に作られたと考えられる像です。
40代の円空は、各地で修験の行者としての修行を積み重ねていきます。 その間に円空の彫刻の作風はだんだんと変化し、なめらかな表面を持つ初期の作風から、材をバサッと切ったり、木の柱に彫りつけたり、ゴツゴツと大胆な作風に変化していきます。栃尾観音堂の 《護法神像》の胴体は、四角い材木をそのまま使っているようです。
IMG20240201151234
左から、《護法神像(荒神像)》寛文13年(1673)頃 奈良県・栃尾觀音堂、《大日如来坐像》寛文11年(1671) 奈良県・法隆寺

簡潔で荒削りな表現だからこそ多数の造仏が可能であったともいえますが、同時に、円空仏の力強さ、温もり、そしてその不思議な微笑が、人々にとって仏教を身近にする役割も果たしていました。
IMG20240201142102
1本の巨木をまるまる用いた、円空の大黒天像では最大の像《大黒天立像》個人蔵

右の2像はほとんど手を加えず、風化した木の表面をそのまま生かし、最低限顔だけを彫刻した、プリミティブな力強さを感じさせる像です。円空の対象の本質を捉え、それを効果的に単純な形態で表現する手法は、現代美術にも通じる自由な造形といえるでしょう。
左の役行者こと役小角は修験道の開祖とされ、怖い表情で表されることが多いのですが、円空はにっこり微笑む癒し系の姿で表しています。
IMG20240201151551
展示風景より

円空は彫刻だけでなく、三重県・志摩ではその地に伝わる大般若経の修理をして、 その見返し (表紙の裏) に 絵を描いています。伸びやかで生き生きとした筆づかいが感じられる絵画は、当初は仏の姿を丁寧に描いているのですが、やがて自由で奔放な構図へと大胆に変化していきます。 円空の画風の変化を見ることができる貴重な作品です。
IMG20240201151808
《大般若経》 延宝2年(1674)  三重県・立神自治会

令和2年(2020) に新たに発見された今回初公開の像。背面には輪郭を線刻した蛇が表されています。会場では仏像の背面の彫刻や署名などもパネルで紹介されています。
IMG20240201142020
《藥師如来立像》愛知県・三明神社

昭和47年(1972)、愛知県名古屋市にある荒子観音寺の多宝塔内の厨子から円空作の1024体の小像が発見されました。今回そのうちの30体が展示されています。いずれも最小限の彫りですが、1体ずつ表現は異なり、一生懸命に仏像を彫り続ける円空の姿が目に浮かぶようです。
IMG20240201151938
《千面菩薩像・千面菩薩厨子》延宝4年(1676) 頃  愛知県・荒子観音寺

-------------------------------------------------------
第3章 神の声を聴きながら
-------------------------------------------------------
延宝7年(1679)、48歳の円空は「円空の彫像は仏そのものである」 と、飛騨と越前と加賀の境にあ る霊山・白山の神の託宣を聴き、円空の造仏活動はますます盛んになっていきました。
第3章では、力のみなぎった50歳前後の円空の作品を紹介します 。

天台宗寺門派の本山である滋賀県・園城寺(三井寺)は、円空がこの寺で血脈(けちみゃく、仏教における師から弟子へと受け継がれる教義、戒律など)を受け、晩年には円空が再興した弥勒寺が天台宗寺門派の末寺に加えられるなど、ゆかりの深い寺です。円空はこの寺に7体の善女龍王立像を残していますが、最も大きい像の背面には、小さな龍王像が彫られており、八大龍王を表すとも考えられます。
IMG20240201142047
《善女龍王立像》延宝7年(1679)頃 滋賀県・園城寺(三井寺)

観音、不動、毘沙門の三尊像は天台宗系の寺院に多い組み合わせです。
IMG20240201142122
《観音菩薩及び両脇侍立像》延宝8年(1680)頃 埼玉県・観音院

円空は、関東の修験の寺院や霊場も巡って修行の旅を続けながら作品を残しています。
栃木県日光市にある清瀧寺の《不動明王立像》の火焔光背は、材料とした木のかたちそのままを使っており、円空ならではの独創的な表現です。 
IMG20240201142115
《不動明王および二童子立像》天和2年(1682)頃 栃木県・清瀧寺

-------------------------------------------------------
第4章 祈りの森
-------------------------------------------------------
高野山真言宗に属する密教寺院である岐阜県・千光寺は、今から約1600年前に飛騨に出現した両面宿儺(りょうめんすくな)が開いたという伝承があります。円空は、千光寺の住職・舜乗(しゅんじょう)と意気投合し、 千光寺に滞在して多くの像を手がけました。この滞在は、貞享2年(1685年)前後であると考えられており、円空の制作活動がもっとも充実した時期にあたります。千光寺の庫裏には、円空と舜乗が囲んで語り合ったとされる囲炉裏が当時のまま残されており、現在も暖を取るために火が起こされ ています。
IMG20240201142243

近代になると美術の歴史の中で円空の存在は忘れられていたものの、千光寺で1931年、彫刻家・橋本平八(1897〜1935)が円空仏を発見したことがきっかけで再び注目されるようになりました。第4章では、千光寺に伝わる円空仏の数々を紹介します。
IMG20240201142445
展示風景より

 『日本書紀』では異形の悪人で、朝廷に背き討伐されたと記されている両面宿儺は、実際は大和朝廷に服従せずに滅ぼされた地方豪族を象徴していると考えられ、飛騨や美濃では地域を守った英雄と語り継がれています。
両面宿儺は、通常は2人の人物が背中合わせに合体したような姿で表現されますが、円空は独自の解釈で、両手で斧を持ち、正面向きの武神の背後からもう一人の武神が顔を出しているような姿で表しています。
IMG20240201142311
《両面宿儺坐像》貞享2年(1685)頃 岐阜県・千光寺

 《観音三十三応現身立像》は、近隣の人びとが病のときに借り出し、治癒を祈ったものだといわれ、円空仏が人々の身近な拠りどころとして親しまれていたことがうかがえます。現存する31体は眉や目は横線で簡単に表現されていますが、一体ずつの個性が感じられます。
IMG20240201142322
第4章展示風景より

顔を右に傾け、親しみのある表情のこの像は、表面が永年撫でられてきたような艶があり、「撫で仏」賓頭盧尊者の像であると考えられています。
IMG20240201153744
《賓頭盧尊者坐像》貞享2年(1685)頃 岐阜県・千光寺

-------------------------------------------------------
第5章 旅の終わり
-------------------------------------------------------
最後の第5章では、旅し、神仏を彫り、祈ることに生涯捧げた円空の最後の約10年間に迫ります 。千光寺に滞在した前後から晩年の10年間、円空は飛騨や美濃を中心に各地を旅し、神仏を彫り、祈りを続けています。
上を向く愛らしい姿の善財童子と棍棒をもつ力強い一本眉の護法神の2像は、同じ材から彫られており、本来は不動明王を中尊とする、矜羯羅童子像・制吒迦童子像であったと考えられています。
IMG20240201142646
《善財童子立像・護法神立像(矜羯羅童子立像・制吒迦童子立像)》貞享元年(1684)頃 岐阜県・神明神社(関市内空館寄託)

青面金剛は、庚申待(庚申(かのえさる)にあたる日に神仏を祀って徹夜をする行事)の際に祀られる像。 足下には三猿(見ざる、聞かざる、言わざるの3匹の猿)が表されていますので、こちらもお見逃しなく。
IMG20240201154125
《青面金剛神立像》元禄4年(1691) 個人蔵

実は円空は数多くの和歌を残しています。会場では、円空の歌も合わせて紹介されています。
IMG20240201142607
展示風景より

信仰の歌、修行の歌、季節の歌、場所の歌、恋の歌など、テーマは多岐にわたり、仏像制作の心構えについて詠んだ歌もあります。古今和歌集などの和歌を学んだ跡が見られ、過去の和歌を引用した本歌取りの歌も多くあります。代表的な万葉歌人・柿本人麻呂を尊敬していた円空は、くつろいだ姿の坐像を残しています。
IMG20240201153931
左から、《思惟菩薩坐像(如意輪観音菩薩坐像)》貞享2年(1685)頃 岐阜県・東山白山神社、《柿本人麻呂坐像》貞享2年(1685)頃 岐阜県・東山神明神社

現存する最後の彫刻が、 岐阜県・高賀神社の3体です。 2メートルを超える像ですが、1本の木からできています。 まず最初に半分に割って真ん中の 《十一面観音立像》をつくり、 さらに残りをふたつに 分けて、 両側の像をつくっています。 木の特徴を生かし、無駄にすることなく、鉈とノミで大胆に彫られた仏像は、木の中にある仏性を取り出すという円空の思想の表れといえます。
IMG20240201142822
《十一面観音菩薩及び両脇侍立像》元禄5年(1692)頃 岐阜県・高賀神社

その後、元禄8年(1695) に円空は弥勒寺を弟子に譲り、 弥勒寺の傍らを流れる長良川の岸辺で64歳のときに亡くなったと伝えられます。

日本各地の霊場を旅し、神仏を彫り、祈りを捧げた円空。ときに優しく、ときに威厳のある表情をたたえている彫刻は、多くの人々の心に寄り添い、苦しみから救ってきました。
日本に点在する円空の初期から晩年までの作例が一堂に会する本展では、さまざまな作風の円空仏を見ることができます。難しく考えずに一体一体を見て、自分なりの感じ方で円空仏と向き合うだけでも十分楽しめる展覧会です。
時に彼の生きざまにも思いをはせながら、魅惑の円空ワールドをぜひ会場で体感してみてください。
IMG20240201151503
フォトスポット

【開催概要】
展覧会名 :あべのハルカス美術館開館10周年記念「円空 ―旅して、彫って、祈って―」
会 期 :2024年2月2日(金)~ 4月7日(日)
会 場 :あべのハルカス美術館(〒545-6016 大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16階)
開館時間 :火~金 / 10:00~20:00 月土日祝 / 10:00~18:00 ※入館は閉館30分前まで
休館日 :3月4日(月)
観覧料 :一般 1,800円(1,600円)/ 大高生 1,400円(1,200円)/ 中小生 500円(300円)
※( )内は15名様以上の団体料金。
※観覧料はいずれも税込。
※障害者手帳をお持ちの方は、美術館 チケットカウンターで購入されたご本人と付添者1名様まで当日料金の半額。
美術館公式HP:https://www.aham.jp/