本展では、葛飾北斎(1760-1849)や門人が描いた浮世絵作品から、江戸時代の人々が抱いていたサムライのイメージを紹介します。さらに実際にあった戦いや物語の中の戦う場面を描いた作品のほか、重要文化財の刀剣を含む刀剣類も展示され、さまざまな角度からサムライの世界に触れることができます。
第1章 サムライの姿
日本の歴史の中で、平安時代末期の平清盛の政権から江戸幕府が倒れる約700年の間、主にサムライが政権を握ってきました。当初は武力の担い手であったサムライですが、江戸時代の太平の世になると、主に政治を担う役人として活躍します。
この作品では、江戸の住人としてサムライが市中を歩いていた日常の様子を見ることができます。江戸時代には、サムライは大小の刀の二本差しが許されており、平和な時代でも武器を携帯していました。
葛飾北斎『絵本庭訓往来』文政11年(1828)頃 通期展示
《新板浮絵神田明神御茶の水ノ図》には、神田川の土手沿いを歩くサムライと従者が、《冨嶽三十六景 東都駿台》には、左下に裃を付けたサムライが従者を従えて歩いている様子が描かれています。
働くサムライ、狂歌を嗜むサムライを描いた作品もあります。
帰藩する大名の参勤交代の行列など、旅するサムライを描いた作品も並んでいます。久々に故郷に戻るサムライたちの表情は何となく和やかです。
展示風景
浮世絵には武者絵というジャンルがあり、北斎や門人は、源頼朝や徳川家康など江戸時代以前の戦乱の世で活躍したサムライも描いています。本展では彼らが武勇や義信で知られていた著名な人物を描いた作品を紹介。こうした人物が江戸時代にどのようにイメージされていたかを知ることができます。
展示風景より、大阪で活躍した浮世絵師の二代長谷川貞信が平将門を描いた作品などの展示
福原殿とは平清盛のこと。これは北斎門人の北為が描いた『平家物語』に基づく図で、立ち上がって刀に手をかけているのが清盛です。
葛飾北為《福原殿舎怪異之図》天保14年~弘化4年(1843-47) 前期展示
北斎による凛々しい源頼朝です。源氏の家紋である笹龍胆(ささりんどう)があしらわれた狩衣(かりぎぬ)姿で、海岸沿いから遠くをみつめる姿で描かれています。
葛飾北斎《『北斎漫画』五編 源頼朝》文化13年(1816) 通期展示
歌川国芳の門人である歌川芳虎は、騎乗する姿の源義経を描いています。
歌川芳虎《源九郎判官義経》天保年間~明治20年(1830-87) 前期展示
佐々木高綱は、源頼朝の挙兵に参じ、宇治川の合戦では名馬生食(いけずき)で梶原景季と先陣争いを繰り広げ、高綱が勝って先陣の名乗りをあげました。勝川春亭は、勝川春章の弟子で北斎と同門の勝川春英に師事した勝川派の絵師です。
勝川春亭《佐々木高綱》寛政10年~文政3年(1798-1820) 前期展示
源頼朝のいとこにあたる木曽義仲の生涯を読本に仕立てた作品です。陣幕内で鎧櫃に腰掛けるのが義仲で、左頁には女武者として知られる甲冑姿の巴御前が描かれています。
蹄斎北馬《『義仲勲功図会』前編 一 旭将軍義仲公像 木曽殿妾巴御前像》天保4年(1833) 通期展示
昨年大河ドラマに登場した鎌倉幕府の2代執権北条義時や3代執権泰時を描いた作品もあります。義時は幕府政治を担うサムライの姿として描かれています。
展示風景
加藤清正は豊臣秀吉子飼いのサムライで、 賤ヶ岳の七本槍のひとりです。右側の流旗や烏帽子、 陣羽織に、 蛇の目紋がある人物が清正です。
抱亭五清《加藤清正図》文政(1818-30)末期~天保(1830-44)中期頃 前期展示
サムライのイメージの一端である、切腹、御裁、拝謁という、3つのキーワードに関連する作品も紹介されています。
展示風景
第2章 戦いの場面
江戸時代になると、 歴史上活躍したサムライや戦いなどを記した書物が広く普及します。 第2章では、北斎たちが描いた歴史上実際にあった戦いや、当時の小説である読本などの物語の挿絵として描かれた戦いの場面を紹介します。
後三年の役(1083-87) で鎌倉景政と鳥海弥三郎の戦いを描いた本図では、藍色の背景に2人のサムライが争う様子が躍動感いっぱいに表現されています。
葛飾北斎《鎌倉の権五郎景政 鳥の海弥三郎保則》天保(1830-44)初期 前期展示
寿永4年(1185)の屋島の戦いの一場面。『平家物語』の中の鎌倉の御家人である那須与一宗高が平氏方の船上にたてられた扇の的を馬上から射とめて、敵味方から賞賛された場面が描かれています。
葛飾北斎《『絵本武蔵鐙』下 那須の与市宗高 扇の的のほまれ》天保7年(1836) 通期展示
一の谷の戦いでは、源義経は平氏軍の背後から奇襲して勝利しました。北斎は、《浮絵一ノ谷合戦坂落之図》で鵯越の断崖を騎馬が連なってかけ降りている様子を迫真的に描いています。
展示風景より、一の谷の戦いを題材とした作品の展示
川中島の合戦、桶狭間の戦いなど歴史上有名な戦いを描いた作品も並んでいます。
葛飾北斎《『絵本魁』二編 上杉輝虎入道兼信 武田晴信入道信玄》天保7年(1836)以降 通期展示
当時の小説に挿絵として描かれた、迫力ある戦いの場面も紹介されています。
展示風景より、『絵入 山枡太夫』『椿説弓張月』など読本の挿絵の展示
サムライは魔を払う存在としても認識されていました。妖怪退治や、当時の小説に登場する怪異との戦いのシーンを描いた作品なども展示されています。
葛飾北斎《羅生門》文政7年(1824)前期展示
『太平記』には鎌倉末期から室町初期のサムライ・真弓広有が矢を使用して怪鳥(けちょう)退治をした話が収載されています。北斎による本図では、闇夜に現れた怪鳥に、弓ではなく薙刀(なぎなた)をかまえて対峙する広有が描かれています。
葛飾北斎《『絵本魁』初篇 隠岐の次郎左ヱ門広有内裏に召れ化鳥を退治す》天保7年(1836) 通期展示
第3章 サムライの得物
サムライは、刀や弓などの得物(武器)を駆使して戦います。
第3章ではサムライの象徴でもあるそうした刀や弓や、鑓(やり)や鉄炮などの武器、そして鎧に着目。このコーナーでは、弓矢の射懸け合いや、鑓の稽古をする人などを描いた作品が展示されています。
刀に関する作品では、刀鍛冶の姿を描いたもの、刀の意匠のデザインを北斎の門人が描いたものが紹介されています。
宗近は、能の 「小鍛冶」 で取り上げられた刀鍛冶で、平安時代、京の三条に住んでいたことから三条宗近と呼ばれています。国宝「三日月宗近」(東京国立博物館蔵)は有名ですね。
鎌倉中期に山城国で活躍した刀鍛冶で、来派の事実上の祖とされる国行を描いた作品もあります。 いずれも鎚を振り上げている後姿で、刀鍛冶の仕事の様子が表現されています。
鎌倉中期に山城国で活躍した刀鍛冶で、来派の事実上の祖とされる国行を描いた作品もあります。 いずれも鎚を振り上げている後姿で、刀鍛冶の仕事の様子が表現されています。
葛飾為斎《『山水花鳥 早引漫画』第弐編 宗近》年代未詳 通期展示
能や謡曲の「小鍛冶」を題材にした二代柳川重信による肉筆画です。 稲荷明神の化身の鮮やかな衣装と、刀を打とうとする宗近の真剣な表情が印象的です。
賛は、代々刀の鑑定などをして幕府に抱えられた本阿弥家の一族である芍薬亭によるものです。
浮世絵師にはデザイナーとしての側面もありました。この作品は職人のための下絵集の中の刀の鐔の文様の図で、 亀や魚貝などの海の生物がデザインされています。
二代葛飾戴斗《『万職図考』四編 亀 赤魚 簳魚 綳魚》嘉永3年(1850)頃 前期展示
本展では刀や鑓そのものも展示されています。絵画に描かれた刀や鑓と実物を見比べて、イメージをふくらませながら鑑賞することができるのも本展の見どころのひとつです。
概ね平安時代末期から鎌倉時代初期頃の作と考えられるこの作品は、当時の太刀の姿の特徴をよく残した優れた出来映えの1口です。因幡藩藩主の池田吉泰が徳川家八代将軍の徳川吉宗から拝領し、以来池田家に伝来しました。
《太刀 銘 信房作》平安時代(794-1185頃)末期~鎌倉時代(1185頃1333)初期 刀剣博物館蔵 通期展示
本展では波を描いた傑作である北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》と、押し寄せる波のような形状をした刃文が特徴の《刀 銘津田越前守助広/延宝九年八月日》が並べて展示されています。絵画と工芸という異なる分野の名人が波を表現した作品が鑑賞できる貴重な機会といえます。
ミュージアムショップでは、本展オリジナルグッズのほか、展覧会公式図録も販売中。コンパクトなA5サイズの図録は、本展の出品作品全ての図版、解説のほか、担当学芸員による論考やコラムも収載された充実した内容の一冊です。
会期中、3階ホワイエのフォトスポットでは、ARで北斎が描いたサムライたちと記念撮影が楽しめます。ほかにも、ワークショップ「北斎サムライ折紙づくり」などのイベントも予定されています。詳細はすみだ北斎美術館展覧会紹介ページをご確認ください。
テレビもインターネットもなかった時代、北斎らの作品がサムライのイメージ形成に果たした役割はとても大きかったと思います。当時の人々は映画や時代劇ドラマを見るように、彼らの作品を楽しんだのではないでしょうか。
画面の中で生き生きと活躍するバラエティに富んだサムライたちをこの機会にぜひご覧ください。
画面の中で生き生きと活躍するバラエティに富んだサムライたちをこの機会にぜひご覧ください。
※文中のうち、所蔵先表記のない作品は、すべてすみだ北斎美術館蔵
【開催概要】
【開催概要】
展覧会名: 特別展 北斎サムライ
会期:2023 年 12 月 14 日(木)~2024 年 2 月 25 日(日) ※前後期で一部展示替えを実施
前期:2023年12月14 日(木)~2024 年1月21 日(日)
後期:2024年1月23 日(火)~2024 年2月 25 日(日)
休館日:毎週月曜日、12 月 29 日(金)~1 月 1 日(月・祝)、1 月 4 日(木)、1 月 9 日(火)、2 月 13 日(火)
※ただし1月 2 日(火)、1 月 3 日(水)、1 月 8 日(月・祝)、2 月 12 日(月・振休)は開館
会場:すみだ北斎美術館 3 階企画展示室、4 階企画展示室
開館時間:9:30~17:30 (入館は 17:00 まで)
観覧料:一般 1,200 円、高校生・大学生 900 円、65 歳以上 900 円、中学生 400 円、障がい者 400 円、小学生以下無料
すみだ北斎美術館展覧会紹介ページ:https://hokusai-museum.jp/Samurai/