静嘉堂@丸の内にて『サムライのおしゃれ―印籠・刀202装具、風俗画―』展が開催中です。
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サムライの装身具などの近世の美術工芸品は、海外において浮世絵と同様に日本を代表する美術品として高く評価されており、明治期以降はネクタイピンやカフスボタンのようなおしゃれな品として、世界中の愛好家に蒐集されてきました。本展では、「サムライのおしゃれ」をテーマに同館コレクションの中から、武家文化の日常生活の中ではぐくまれたサムライの装身具である刀装具、提げ物の印籠根付の優品を紹介します。

あわせておしゃれな江戸時代の人々の様子をいきいきと描いた、描いた近世初期風俗画を紹介するとともに、静嘉堂で発見された、岩﨑彌之助の義父・後藤象二郎が1868 年に英国ヴィクトリア女王から拝領したサーベルを初公開します。

第1章 サムライのおしゃれ
第1章では、戦いの場でのサムライのおしゃれを見ていきます。
最初に展示されている熊本藩の絵師・狩野養長による《蒙古襲来絵巻 摸本 巻二》は、現在三の丸尚蔵館に収蔵されている国宝《蒙古襲来絵詞》の摸本。
原本は、 文永11年(1274) ・弘安4年(1281) の 元寇の際、 合戦に参加した肥後の御家人・竹崎季長の戦闘の様子を、季長自身が記録として描かせたもので、当時の武家風俗や実戦の様子を伝える史料としても貴重な作品です。展示の場面は、弘安の役において、 肥前生の松原に築かれた石築地の前を進む季長一党を描いたもので、鎌倉武士たちの華やかな鎧兜や腰に佩いた太刀、季長の金色の拵を見ることができます。
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狩野養長《 蒙古襲来絵巻 摸本 巻二 》(1867)

今回特に注目したいのは、土佐藩士・後藤象二郎がイギリスのヴィクトリア女王より拝領したとされるサーベルです。これは、1868年3月に起きた攘夷志士による英国公使ハリー・パークス襲撃事件の際、新政府の接待係であった後藤と薩摩藩士による護衛に対し、感謝のしるしとして贈られたもの。本作は後藤の没後、長く行方不明でしたが、近年静嘉堂文庫にて再発見され、本展が初の一般公開となります。
鍍金金具で装飾された銀製鞘など一式を収めた木製の専用ケースに加え、 パークス自筆の後藤象二郎宛感謝状など関係文書も当初のまま付属しており、歴史の転換期の資料としても価値のあるものです。
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左から:原撫松《後藤象二郎像》1903年、専用ケース、C.SMITH&SON《サーベル形儀仗刀 後藤象二郎拝領》ヴィクトリア朝時代・1868年

鐔元(つばもと)には製造者 「C.SMITH & SON」社の名と住所が、刀身表側銘部分には、1868年3月23日 (太陽暦)の襲撃事件での奮戦を記念し後藤象二郎に贈る旨が記されていますので、お見逃しなく。なおサーベルを展示するGallery1は撮影可能です!
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《「サーベル形儀仗刀 銘」(部分)後藤象二郎拝領》 1868年

第2章 将軍・大名が好んだ印籠
「印籠」の本来の目的は常備薬を入れることでしたが、次第に本来の用途から離れ、デザインや技術を凝らし、 蒔絵や螺鈿、彫金や象牙など贅沢な材料を用いたおしゃれな装飾品として、江戸時代以降に流行しました。
第2章では静嘉堂文庫創設者・岩崎彌之助 (三菱第2代社長、1851~1908) によって蒐集されたものとみられる同館のコレクションの中から、選りすぐりの印籠40点を将軍・大名家お抱えの流派・ 蒔絵師ごとに紹介します。
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展示風景より

小さな印籠の中にはさまざまな日本の美の視点が凝縮されています。 将軍や大名も自分の好みの意匠や材質で花鳥風月、四季草花、故事人物などを描かせ、印籠蒔絵師という専門職が生まれました。
梶川家は徳川将軍家の印籠蒔絵師。古今第一の名工とされ、5代将軍綱吉の時代から明治維新まで12代にわたり将軍家に仕えました。
金地に浜辺を飛び交う40羽あまりの鶴を描いた印籠。 金と銀の高蒔絵で鶴の体を表して、鶴の頭には朱漆を塗り、喉元の羽は黒く彩るなど、小さな中にも写実的な表現がみられます。
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梶川《洲浜に千羽鶴蒔絵印籠 角彫根付 籠》江戸時代 (18~19世紀)

七夕の夜、カササギが翼を重ねて天の川に橋をかけ、牽牛・織女を会わせるという伝説を描いたもの。橋の上には3羽のカササギ、裏側の空には銀の小粒で七夕の星を表しています。
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梶川《橋に鵲・七夕星蒔絵印籠 木彫根付 犬に太鼓》江戸時代 (18~19世紀)

山田常嘉は4代将軍家綱の時に京都から召し出された将軍家の印籠蒔絵師で、幕末まで8代続きました。 多くの弟子を抱えて印籠工房を経営していたとみられ、 硯箱や刀剣の蒔絵鞘などの作も残されているます。
本作は、表裏それぞれに蒔絵と沈金の異なる技法で獅子が表され、下絵は御用絵師である狩野派の一族と考えられます。
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山田常嘉・堆朱楊成《獅子蒔絵・沈金印籠》江戸時代 (18~19世紀)

諸大名家のお好み印籠も紹介されています。
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阿波徳島藩蜂須賀家御用蒔絵師・飯塚桃葉の作品

初代飯塚桃葉は、江戸時代中期に最も人気のあった江戸の蒔絵師の一人。阿波徳島藩主のために蒔絵した印籠・武具・文房具・調度品には、藩主から与えられた 「観松斎」の銘を記してぉり、「桃葉」銘の作品と合わせて16個の印籠が静嘉堂文庫に所蔵されています。観松斎の銘の作は、いずれも自然の花や鳥などを上品に描き、また風景の中に働く庶民の姿を細やかに加えるなど、独自の視線が特徴です。
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飯塚桃葉《蘭に鶺鴒蒔絵螺鈿印籠 象牙彫根付 宝尽し》江戸時代 (18世紀)

雪中芭蕉図を研切蒔絵の技法で水墨画風に描いた作品。
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飯塚桃葉《雪芭蕉蒔絵印籠 紫檀饅頭形根付》江戸時代 (18世紀)

名古屋を拠点に活動した吉村寸斎は、尾張徳川家の御用蒔絵師とされていますが、現存作例は希少。
本作では、黒漆地に金の研出蒔絵で木目を繊細に表し、馬の体の線には太い螺鈿を用い、たてがみの細かな毛の流れは微細に貝殻を切り込んで表すなど、高い技術がうかがえます。楽しい表情の根付もみどころ。
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吉村寸斎《木目地馬蒔絵螺鈿印籠 焼物根付 面》 江戸時代 (19世紀)

江戸後期の蒔絵師として最も人気があった原羊遊斎は、下総古賀藩土井家の御用蒔絵師。 古河藩主が顕微鏡を使って雪の結晶を観察・記録し、20年にわたる研究成果を 『雪華図説』 として出版すると、 雪華模様は江戸の庶民の間で流行しました。 本作は古河藩家老で蘭学者の鷹見泉石を介して注文されたもの。
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原羊遊斎《雪華蒔絵印籠 雪華文鏡蓋》江戸時代 (19世紀)

諸大名や学者・文化人、富裕な町人らとの交流もあった羊遊斎。本作は江戸琳派の絵師・酒井抱一の下絵を用いた印籠で、金地に薄や女郎花などの秋草が高蒔絵で描かれ、さらに蝶・バッタ・蜻蛉などの虫が金・銀・銅の合金を高彫りし た彫金金具の象嵌で表されています。江戸後期・文化文政時代(1804~30)、印籠の絶頂期の豪華な作といえます。
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原羊遊斎 (下絵:酒井抱一)《秋草虫蒔絵象嵌印籠 象牙彫根付 鹿置物》江戸時代 (19世紀)

初代古満寛哉は、原羊遊斎と人気を二分した江戸後期の印籠蒔絵師。本作は、熊本藩主細川家のお抱え蒔絵師となった、名人との評判の高い2代寛哉の作と考えられ、黒地に高蒔絵で秋草が風にそよめく様子を緻密に表わしています。根付は木彫で、野晒し (骸骨) と狼が取っ組み合っている姿を表わしたもの。 秋の野と野晒しで、寂寥感ただよう中にもユーモアのあるデザインとなっています。
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古满寛哉《秋草蒔絵印籠 木彫根付 狼に野晒》江戸時代 (19世紀)

柴田是真は幕末から明治にかけて、江戸の富裕層に人気があり、最も評価の高かった蒔絵師であり絵師。 8代将軍吉宗の享保の改革以来、幕府により金銀を浪費する蒔絵を規制されると、是真は貴金属の使用を控えた技術と意匠を工夫し、本作では黒く着色した赤銅の地に金象嵌を施し、本物の刀装金具のような図柄を蒔絵で表現しています。
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柴田是真《刀装具蒔絵印籠 象牙彫根付 南瓜に鳥》江戸時代 (19世紀)

第3章 江戸の風俗画にみる武士のよそおい
桃山~江戸時代初期(16世紀後半から17世紀前半)にかけ、上方を中心に「近世初期風俗画」と呼ばれる、庶民の生活が主題となった屏風や襖絵が誕生します。第3章では江戸時代の人びとの装いに着目しつつ、こうした近世初期風俗画を紹介します。
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展示風景より、近世初期風俗画の展示

近世初期風俗画の代表的作品である重要文化財《四条河原遊楽図屏風》には、京都四条河原に誕生した芝居小屋や見世物小屋で遊興する人々の様子が描かれており、様々な年代、身分の人々の衣装のほか、印籠、 根付、刀剣、刀装具といった「おしゃれ」を見ることができます。
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【重要文化財】《四条河原遊楽図屏風》 江戸時代(17世紀)

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【重要文化財】《四条河原遊楽図屏風》 (部分)江戸時代(17世紀)

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【重要文化財】《四条河原遊楽図屏風》 (部分)江戸時代(17世紀)

各場面のみどころはキャプションで詳しく解説されているので、見比べながら鑑賞してみてください。
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【重要文化財】《四条河原遊楽図屏風》 (部分)江戸時代(17世紀)

「拵(こしらえ)」とは、刀剣の外装全体(=刀装)の形式を指し、鍔や目貫などの拵を構成する金具などは、刀装具といいます。
江戸時代の刀装具の意匠は、サムライたちのおしゃれを示す代表となり、富裕な町人の間にも広まりました。今回の展示では、江戸時代から伝わる様々な種類の美しい拵や、拵を飾る刀装具が展示されています。
会場には刀の各部名称の解説パネルもあるので、参考にしてください。
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拵は定められた形式のもの、時代の流行や武士の嗜好を反映したものなど、多種多様な形態があります。
手前は色鮮やかな青貝を微塵に塗り施した鞘の拵。鞘を彩る細かな貝片は、角度を変えて見ると碧色、青色、紫色などさまざまな色に煌びやかに輝きます。
小倉巻は、実用性重視の「薩摩拵」 にしばしば使用された柄巻(つかまき)。鞘に藍鮫を巻き、目貫に三匹獅子図を据えた本作は愛刀家・黒田清隆の旧蔵品。
※柄巻:柄に柄糸(柄に巻く組紐などの総称)を巻き、柄の強度を高める他、握り具合を良くするなどの役割をもっています。
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手前:《青貝微塵笛巻鞘脇指拵(仙台国包脇指付属)》江戸時代 (18~19世紀)
奥:《藍鮫鞘小倉巻柄半太刀拵 (源清麿刀付属)》江戸~明治時代 (19世紀)

名刀の拵を写した作品もあります。本作は江戸時代に編纂された古美術図録『集古十種』にて室町幕府15代将軍・足利義昭の短刀としても紹介されている著名な「藤丸」の明治期の写し。
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《藤丸写合口拵(長船兼光脇指付属) 》明治時代 (19世紀)

拵を飾る鐔(つば)や目貫(めぬき)などは、職人のこだわりと思いが凝縮された、美術品としてもみどころの多い刀装具です。江戸時代には、はじめから鑑賞を目的とした作品も多数作られるようになりました。
目貫は表裏各1つ、2つで1セットになります。会場では装飾性の高い華やかなものやユニークなデザインの品が並んでいます。
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展示風景より、牡丹に孔雀、眠り布袋などが表された目貫

こちらは鐔の展示。左は、黒々とした厚い鉄地に長寿の象徴たる亀と寿老人の姿を表したもの。右は地透しと色金を巧みに用いて樹下にたたずむ虎を表しています。
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左《亀乗り寿老図鐔》江戸時代 (18世紀)
右《飛瀑猛虎図鐔》江戸時代 (18世紀)

刀装具には、複数の刀装具を同じデザインで揃える方式があります。一番ポピュラーなのは、笄と小柄、目貫の「三所物(みところもの)」のセット。本作は花鳥を題材に絢爛豪華な作風を得意とした江戸金工の有力な一派・石黒派の石黒是美による代表作で、金・銀・赤銅・緋色銅を用いて、江戸時代に中国から輸入された高価な珍鳥 「錦鶏」 と大輪の牡丹を華やかに表現しています。
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石黒是美《花鳥図大小鐔・三所物》 江戸時代(19世紀)

刀は、日本の技術を集めた総合芸術品ともいわれます。様々なデザインで彩られた芸術品としても見ごたえのある刀装具をこの機会に楽しんでみてください。とても精緻な細工がみどころなので、単眼鏡をお持ちの方はご持参をおすすめします。

第4章 貴人のおしゃれ
第4章では、 貴族や皇帝といった貴人たちおしゃれの世界を紹介します。
この屏風は、杉板に黒漆を塗り、密陀絵(顔料に密陀僧と呼ばれる一酸化鉛を加えた一種の油絵) を主として、蒔絵・漆絵・螺鈿・金具等の各種技法を用いて、和漢の風俗を描いています。漆では出せない白色を表す密陀絵の技法は、奈良時代に行われて以来近世までその遺例がほとんど知られず、各種の漆芸技法を駆使した本作のような大作は非常に珍しいものだということです。
左隻は中国・唐の玄宗皇帝の故事 「羯鼓催花」、 右隻は王朝文学『源氏物語』 より 「紅葉賀」。 ともに貴人の豪華な装いと雅やかな音楽の世界が表現されています。 
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 【重要文化財】《羯鼓催花・源氏紅葉賀図密陀絵屏風》桃山~江戸時代 (17世紀)

完品は世界に3碗しかない貴重な品であり、同館を代表する国宝《曜変天目(稲葉天目)》も展示されています。
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【国宝】建窯《曜变天目》南宋時代 (12~13世紀)

ミュージアムショップではほぼ実寸の曜変天目ぬいぐるみも1日10個限定で販売されています。
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本展のみどころをコンパクトにまとめたリーフレットも販売中。展示では見ることができない印籠の裏側の画像も掲載されています。ミュージアムショップのみの利用も可能です。
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※上記文中で紹介した作品はすべて静嘉堂文庫美術館蔵
【開催概要】
展覧会「サムライのおしゃれ─印籠・刀装具・風俗画─」
会期:2023年6月17日(土)〜7月30日(日)
会場:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
住所:東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館 1F
開館時間:10:00〜17:00(金曜日は18:00まで)
※入館はいずれも閉館30分前まで
入館料:一般 1,500円、高校・大学生 1,000円、中学生以下 無料
静嘉堂文庫美術館ホームページ : https://www.seikado.or.jp
twitter : @seikadomuseum