すみだ北斎美術館にて11月27日(日)まで企画展「北斎ブックワールド」が開催中です。
企画展<北斎ブックワールド>チラシ-1
浮世絵と聞くと、「冨嶽三十六景」のような一枚の紙に摺られた木版画がイメージされますが、木版画は、板木に文字や挿絵を彫って摺ったものを本に仕立てた「板本(はんぽん)」から、次第に絵のみが独立したともいわれます。
北斎は、板本にも絵を描いています。物語の挿絵、自らの絵を集めた絵手本など、たくさんの板本を出版しました。本展では、この板本に注目し、その魅力を紹介します。 
※摺られた本は版本とも表記しますが、北斎が活躍した江戸時代後期の本は、一枚の板を彫った板木を摺ってつくる本が主流であったため、本展では板本の表記を使用。
※注記のない作品は、すべてすみだ北斎美術館所蔵

本展では北斎や門人が描いた板本を前後期あわせて約110点を展示(前後期で一部展示替えあり)。
展示室には板本がずらりと並びます!
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展示風景

展示室では板本に関する用語のほか、作品の注目すべき点などをパネルで詳しく解説。板本についてあまり知識がなくても、楽しく鑑賞することができます。

展覧会は序章「板本の中の板本をよむ人々」から始まり、「板本の基礎知識」「板本に関するトピックス」「所蔵者・読者の痕跡」「板本の優品」の4章で構成。

北斎絵手本の代表作として知られる『北斎漫画』には、江戸時代の板本を読む人々が描かれています。
人々がくつろぎながら本を楽しむ様子は現在と変わりません。
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序章より、葛飾北斎 『北斎漫画』八編 通期展示 

《1章 板本の基礎知識》
北斎が浮世絵師として活躍する頃には、板本の大きさや形式などが定まっていました。
1章では、板本を鑑賞するための予備知識として、用語などの板本に関する基礎的な知識を紹介しています。
本を綴じて表紙をつけ、外形を整えることを装訂といい、いくつか種類があります。ここでは、紙を用いた巻子本、巻子本の ような長い紙を折りたたんだ折本、その後江戸時代には主流になっていった袋綴など、装訂の歴史を見ることができます。
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1章展示風景より、装訂の歴史の紹介

こちらは画帖仕立ての作品。北斎の弟子が、所持していた北斎の肉筆画を写して刊行したもの。
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市川甘斎『葛飾真草画譜』下 通期展示(頁替えあり)

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1章展示風景より、板本の各部の名称についての解説と関連展示

江戸時代の板本はその内容(ジャンル)によって分類されます。ここでは、北斎や門人が手掛けたさまざまなジャンルの板本が紹介されています。

源為朝の活躍を主題にした『椿説弓張月』は、曲亭馬琴によってストーリーが書かれ、北斎が挿絵を描いた、読本(よみほん)というジャンルの書物です。
奇抜で迫力ある北斎の挿絵も好評で、当時の大ベストセラーとなりました。
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左:葛飾北斎『仕懸幕莫 仇手本』前編 通期展示
右:葛飾北斎『椿説弓張月』続編 巻四 通期展示

板本の保存箱など保存方法に関する展示もあります。
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1章展示風景より

《2章 板本に関するトピックス》 
2章では、板本の挿絵にみられる絵画表現や、現在から考えると少し変わった事例の紹介、初摺と後摺の比較など、板本の世界の奥深さを紹介しています。

板本は手作りのため全く同じものはなく、同じ書名でも見比べてみると、薄墨が省略されていたり、細かな部分が変わっていたりするものもあります。『飛騨匠物語』とその後摺にあたる『新板 飛騨匠物語』を比較してみると、姫君が将来の夫たちを夢にみる場面で、初摺では夢の中の夫たちの背景を濃墨にし、寝ている現実の姫君と対比させています。しかし、後摺では濃墨が省かれ、夢と現実の境目がわからなくなっています。
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左:葛飾北斎『飛騨匠物語』下 通期展示 
右:葛飾北斎『新板 飛騨匠物語』四  通期展示 

『絵本隅田川 両岸一覧』は、隅田川を下流から上流へと遡った両岸の景色が描かれた板本です。前の見開きの図柄と次の見開きの図柄がつながるように仕立てられており、ページをめくりながら絵巻物のように鑑賞できます。
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葛飾北斎『絵本隅田川 両岸一覧』上 通期展示(頁替えあり)

透視図法で奥行きを表現したり、御簾越しにほのかにみえる女性たちを、別の版木で摺った薄墨を使って表現するなど、工夫した絵画表現も見ることができます。
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左から:葛飾北斎『青砥藤綱摸稜案』第二編 二、蹄斎北馬『星月夜顕晦録』二編 三、二代柳川重信
『忠孝美話 敵討勝山章紙』後編 巻一 いずれも通期展示

本書は北斎門人の3人絵師が挿絵を担当。同一人物でも絵師によって人物の特徴も異なります。
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蹄斎北馬、抱亭五清、昇亭北寿『孝子嫩物語』一、三、四、五 通期展示

『略画早指南』後編は、文字絵で絵を描く方法を解説した北斎の絵手本。明治時代以降、北斎の名前の記載がなく、板木も彫りなおされた板本が何度も出版されました。著作権法が制定される前はこうしたこともできたんですね。
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2章展示風景より、『略画早指南」後編 通期展示(頁替えあり)ほか

ほぼ同じ内容なのに、後摺で書名が変えられ、4つの書名をもつ絵手本。北斎の板本の売り上げがよく、板木が様々な板元に渡り、出版されている例と考えられます。
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2章展示風景より、葛飾北斎『北斎漫画』通期展示(頁替えあり)ほか 

《3章 所蔵者・読者の痕跡》
すみだ北斎美術館が所蔵している板本は、江戸時代に作られた後、数人の手を経て伝えられてきたものです。板本には所蔵者や読者による書き込みや蔵書印などがみられます。3章では北斎が生きた時代から現在までの150年以上の間に板本に残された所蔵者・読者の痕跡を紹介します。
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3章展示風景より

『橋供養』巻之二には、巻之一の北斎の口絵の人物をまねた落書きがあります。
この本は貸本屋が持っていたものですが、貸本屋の所蔵本には読者の感想が書き込まれていたり、貸本屋から利用者に宛てて「落書きをしないように」と注意喚起している作品もあります。
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 葛飾北斎『橋供養』巻之一、巻之二 通期展示 

板本の所者が自分の所蔵であることを示すために押すのが蔵書印です。希少な板本などには、有名なコレクターの蔵書印が押されている場合もあります。その板本が誰によって読まれ、大切にされて現在まで伝えられてきたかの一端がわかります。
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3章展示風景より

《4章 板本の優品》
板本には墨一色で摺られたもののほかに、錦絵のような多色摺の本もあります。本の形のため、閉じた状態で保存されてきたことで、褪色が少なく非常に鮮明な色のまま伝えられている板本もあります。
4章ではそのような優品や遺存数の少ない希少本、また北斎のターニングポイントになった板本を展示しています。
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寛政から享和(1789-1804)の頃には、狂歌をたしなむ人々の間で豪華な狂歌本が盛んに出版されました。『さむたらかすみ』もその一つです。遺存数も数点しか知られていない希少な板本で、今回すみだ北斎美術館では初公開です。
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葛飾北斎『さむたらかすみ』前期展示

右の図は、島根県立美術館所蔵のものと本書の2例しか存在が報告されていない希少な板本。長野県の善光寺の本尊の由来記で、小さいながらも全頁色摺の豪華な本です。
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4章展示風景より、葛飾北斎『三国伝来記』通期展示(頁替えあり)ほか 

左の図は、魚屋北溪が狂歌本『三都廼友会』に寄せた挿絵。隅田川の渡し船の情景が描かれ、月が照らす波の表現には銀摺が用いられています。大名が出版の助力をした可能性も考えられ、鮮明な色のまま伝えられたとても美しい本です。
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4章展示風景より、魚屋北溪『三都廼友会』前期展示 ほか
後期には、同じく大名らの助力が考えられる魚屋北溪『得吉方廼瀧』が展示されます。雲は金摺、波は銀摺で表現された豪華な画帖仕立の板本です。

本展の関連イベントとして本展の担当学芸員が展覧会の見どころを紹介するスライドトークや講演会も予定されています。詳細はすみだ北斎美術館ホームページをご覧ください。

4階企画展示室では、「隅田川両岸景色図巻(複製画)と北斎漫画」展を開催中。北斎の絵手本のレプリカを手に取って読むことができる<『北斎漫画』ほか立読みコーナー>もあります。「北斎ブックワールド」展で、板本の知識を深めた後にオススメ! 
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※レプリカ作品は毎日交換していますが、ご観覧の前と後には消毒液にて手指の消毒をお願いします。

また、3階ホワイエでは、綴プロジェクト高精細複製画「鍋冠祭図」「遊女図」が特別展示されています。11月27日(日)まで。写真撮影もOK。
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撮影スポットもあります。
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本展オリジナルリーフレットを、1階ミュージアムショップにて発売中。板本に関する用語の解説や鑑賞の予備知識を作品図版とともにオールカラーで紹介しています。
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 「北斎ブックワールド―知られざる板本の世界―」 リーフレット 価格:税込300円  判型/ページ数 A4縦長 8ページ

また本展にちなんで、ショップでは期間限定で北斎漫画などの豆本などが豊富に用意されています。ミュージアムショップは、観覧券がなくても利用できますので、気軽に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
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【開催概要】
北斎ブックワールド ―知られざる板本の世界―
会期 2022年9月21日~11月27日 [前期]2022年9月21日~10月23日、[後期]2022年10月25日~11月27日
※前後期で一部展示替えを予定
会場 すみだ北斎美術館
開館時間 09:30~17:30(入館は17:00まで)※最新情報は公式ウェブサイトにて要確認
休館日 月(10月10日は開館)、10月11日
観覧料 一般 1000円 / 65歳以上・大学・高校生 700円 / 中学生 300円 / 小学生以下無料
アクセス 地下鉄大江戸線両国駅A3出口徒歩5分
すみだ北斎美術館ホームページ https://hokusai-museum.jp
※新型コロナウイルス感染予防・拡大防止のため、会期・開館時間・観覧料・イベント・講演会の開催など変更、中止の可能性有り。最新の状況は、すみだ北斎美術館公式ホームページにてにて要確認。