「東北へのまなざし1930-1945」展が東京ステーションギャラリーで開催中です。9月25日まで。
チラシ

1930年代から1945年にかけ、それまでは後進的、あるいは日本の辺境と見られることが多かった東北地方が、実は豊かな文化を育み、生活の中に活かしていたことを見出した人々がいました。仙台で工芸指導を行ったドイツの建築家ブルーノ・タウトや、東北を「民藝の宝庫」と呼んだ柳宗悦、山形の自然素材を調査したシャルロット・ペリアンらがその一例です。
さらには、「考現学」の祖として知られる今和次郎や『青森県画譜』を描いた弟の今純三、東北生活美術研究会を主導した画家の吉井忠などの東北出身者たちも、故郷の人々と暮らしを見つめ直し、貴重な記録を残しています。

こうした東北に向けられた複層的な「眼」を通し、ここにいまも息づく営みの力をあらためて検証する展覧会が、7月23日に東京ステーションギャラリーで開幕した「東北へのまなざし 1930-1945」展です。
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会場入口

展示は「ブルーノ・タウトの東北『探検』」「柳宗悦の東北美学」「郷土玩具の王国」「『雪調』ユートピア」「今和次郎・純三の東北考現学」「吉井忠の山村報告記」の6章構成。約400点におよぶ作品や資料をとおして、東北に目を向けた人たちの「まなざし」をたどります。

1章では、1933年に来日した建築家ブルーノ・タウト(1880~1938)に注目。
仙台の商工省工藝指導所でデザイン規範を約半年間指導し、高崎でも工芸品のデザインや指導に携わったタウトは、日本に3年半滞在しますが、その間、仙台に設立された商工省工芸指導所での技術指導を含めて3回東北各地を旅しました。
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ブルーノ・タウト《椅子(規範原型 タイプC)》1933年原型指導、仙台市博物館

この章では、タウトの秋田の旅を年表形式で追うとともに、仙台や高崎でデザインした工芸品、死後に日本の友人に託された日記、アルバム、原稿などを展示し、東北での足跡をたどります。
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1章展示風景より、タウトの秋田の旅を民具などとともに年表形式で紹介するコーナー

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タウトのデザインによる工芸品

タウトは、雪国の生活に大いに関心を抱き。とくに秋田では案内役に地元の版画家・勝平得之(1904~71)の案内を得たことで、厳寒の中でも祭りなどさまざまな人々の活動があることを知り、驚きながらも温かいまなざしを向け、それを記録しています。
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勝平得之《秋田風俗人形》昭和初期、秋田市立赤れんが郷土館

わずか3年半の日本滞在で、タウトは日本に関する著作を3冊ほど出版しています。桂離宮や伊勢神宮、飛騨白川の農家および秋田の民家などの美は、ドイツの建築家タウトによって「再発見」されたといえます。
タウトの言葉、「私は真面目に骨を折った。私は自分で見たことだけしか書かぬといふ私の主義にあくまでも忠実だった。事実を確かめるために私はいく度となく諸所方々へ旅をした。」

2章では、「民藝」の提唱者である柳宗悦(1889~1961)の見た東北を紹介。
手工芸のなかに「生活に即した」「健康的な」独自の美を見出した柳は、1927年から44年までに20回以上、東北を訪れています。その結果、柳は「東北は驚くべき富有な土地」で「民藝の寶庫」というほど、東北の工芸品を高く評価するに至ります。

芹沢銈介が制作した《日本民藝地図(現在之日本民藝)》に始まるこの章では、柳が東北各地で収集した蓑、刺子、陶芸などの品々や、芹沢、棟方志功らの作品が展示されています。
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芹沢銈介《日本民藝地図(現在之日本民藝)》1941年、日本民藝館
この地図には、柳らが着目した民芸品が、その産地に描き込まれていますが、東北、なかでも山形県に数多くの民芸品が記入されているのが目につきます。

柳が東北の工芸品に関心を寄せたのは、津軽地方の農村部で伝統的に作られてきた刺繍(刺し子)である「こぎん」の写真を見たことがきっかけでした。
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第2章展示風景より、こぎんなどの衣装の展示

展示されている多種多様な民芸品は、柳らの視線がどのようなものに向けられ、評価していたのかを如実に示してくれます。生活と美を重視した柳にとって、東北は何にも代えがたい「美の王国」だったのです。
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第2章展示風景より、東北各地の蓑や背中当て(ばんどり)、陶器などの展示。実用性とデザインが調和した道具を柳は高く評価しました。

昭和初期、交通機関の発達により旅行ブームが生まれ、地方への関心の高まりとともに、郷土玩具への関心も飛躍的に高まります。とくに東北では、江戸時代からの伝統を持つ人形や、山間の温泉地などで制作されるこけしに注目が集まりました。
3章では、こけしなどの東北各地の郷土玩具を系統別に展示。民藝運動とほぼ同じ時代に展開した、もうひとつの手工芸とも言える郷土玩具の世界を見ることができます。
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3章展示風景より、系統別に展示されたこけし

東北の郷土人形は各県ごとにあり、この章では、ほぼ昭和戦前期の収集による、土人形、張子人形などの東北地方の郷土玩具が展示されています。
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3章展示風景より、花巻人形

三春人形は張り子のため、さまざまな動きを表現でき、郷土玩具のコレクターであった武井武雄は、全国の郷土人形の中でも「天下一品」と語っています。
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3章展示風景より、三春人形

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3章展示風景より、郷土玩具についての文献資料

4章では、経済恐慌や凶作に陥った東北地方の救済の道を探るため、1933年に山形県新庄に設置された「積雪地方農村経済調査所」(通称、「雪調(せっちょう)」)の活動を紹介。

「雪調」は、雪害の科学的研究を行うとともに、副業の推進や農産物加工を進化させるため、さまざまな取り組みを進めました。その中では、民藝運動とともに新しい道具を造り出し、都市部への販路拡大を図ったり、フランスから来日したデザイナー、シャルロット・ペリアン(1903~1999)を招いて、山形の民具を生かしたデザイン製品の試作なども行われました。
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4章展示風景より、今和次郎標準設計による恩賜郷倉の模型など 

民家研究の第一人者で青森生まれの今和次郎(1888~1973)が設計した雪害を受けにくいトンガリ屋根の試験農家家屋の模型。2階に冬期出入口と外階段を設け、3階も利用できるよう工夫されています。
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積雪地方農村経済調査所《雪国試験農家家屋模型》 1997年  雪の里情報館

雪国の農村にユートピアを作ろうと夢見た「雪調」の活動は、日米開戦後は戦況悪化で活動休止状態となり、第二次世界大戦後組織変更により廃止されました。 雪調のあった山形県新庄市には、建物の遺構があり、現在「雪の里情報館」として、旧雪調資料の保存と公開を行っています。

5章では、都会の人々の行動パターンや装いを独自の目線で路上観察し、データを採集、分析する行為を「考現学」(考古学に対する造語)と名づけた今和次郎や、この手法を引き継いだ弟の今純三(1893~1944)が郷里で行った考現学の実践を紹介。

雪調に関わった今和次郎は、建築家としてだけでなく、地域の生活様式、建物や風土、生業、日常生活のあらゆる場面を記録しようという「考現学」の提唱者としても知られています。彼は、1917(大正6)年から民俗学者・柳田國男らと全国各地の民家調査を行い、訪問した先々の建築、風土、人々の暮らしを細部まで丹念に調べあげ、スケッチをし、写真を残しています。
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5章展示風景より、今和次郎の民家調査、農村調査、生活・住宅改善調査の記録である『見聞野帖』の展示。

今和次郎はこうした調査をもとに、東北の近代化と生活改善へと力を注ぎました。建築家としての仕事では、大越娯楽場(福島県田村市、1926年)、生保内セツルメント(秋田県仙北市、1935年頃)などがあげられます。
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今和次郎が設計した《大越娯楽場》の模型 2011年  所蔵:田村市教育委員会 制作:工学院大学谷口研究室

こうした和次郎の眼差しは、5歳年下の弟・純三 (1893-1944)にも引き継がれます。東京でデザイナーとして資生堂意匠部などで華やかに活躍していた純三ですが、関東大震災を機に帰郷し、青森での考現学を行うこととなります。
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5章展示風景より、今純三による知的でユーモラスな青森のスケッチ

その精緻な眼差しと味わい深いタッチによる表現は、のちに代表作『青森県画譜』へと結実しました。
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5章展示風景より、今純三《青森県画譜》

今和次郎、今純三の2人の活動は、芸術の面からももっと評価されていいのではないかと思います。
2人の作品をまとめて見ることができる機会は少ないので、彼らのユニークで洗練された作品の数々をこの機会にぜひご覧ください。

6章では、東北中を歩いた福島出身の画家・吉井忠に着目。
福島出身の画家・吉井忠(1908~1999)は、東北の生活文化の根幹を知り、それを作品化しようと、実際に農山村や漁村を訪れ、作業を手伝い、物資の乏しい戦時下における農民たちの生活を記録します。取材メモをまとめた原稿はのちに『東北記』と命名されました。
本展では1941年から3年間、東北各地の農村漁村を訪ね歩き、物資の乏しい戦時下における農民たちの生活を記録したスケッチやメモを展示。こうした資料は終戦直前の東北地方の労働者たちの姿や生き方を生き生きと伝えてくれます。
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左から吉井忠《鋤踏み》 1943年7月 個人蔵、吉井忠の代表作《裏磐梯》 1942年9月 福島県立美術館

吉井の『東北記』。少女が器用にこなす鋤踏みに吉井は悪戦苦闘し、畠をめちゃめちゃにしたことなども記しています。
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 吉井忠「東北記」 1941-44年  昭和のくらし博物館

タウトや柳宗悦のように外から東北地方に目を向けた人たちと、東北で生まれた人たちのさまざまな「まなざし」をとおして、東北で生まれた品々や、人々の生活、文化の実態を紹介する本展。
彼らのまなざしは、東北に住む人にとっては「再発見」であり、東北以外の人にとっても東北を見つめ直すきっかけとなるように思えます。
複層的な「眼」で捉えられた多様な「東北像」を会場でお楽しみください。

「東北へのまなざし1930-1945」
会期:2022年7月23日(土)~ 9月25日(日)
会場:東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1 ※東京駅丸の内北口改札前)
休館日:月曜(但し、8月15日、9月19日は開館)
開館時間:10:00-18:00(※金曜は20:00まで開館。入館は各日とも閉館の30分前まで
入館料:一般 1,400円 高校・大学生 1,200円 中学生以下無料
※障がい者手帳などの持参・提示で100円引き(介添者1名は無料)
※学生は生徒手帳・学生証を提示すること
※展示室内の混雑を避けるため、日時指定制を導入、各時間で入館人数の上限を設定
東京ステーションギャラリー公式サイト