新型コロナウイルスの影響により2020年に中止となった「ボストン美術館展 芸術×力」がついに東京都美術館で開幕しました。会期は10月2日まで。
歴史的に芸術は権力者が生み出し、権力者たちは、その力を示し、維持するために芸術の力を利用してきました。本展は「芸術と力」に焦点を当て、エジプト、ヨーロッパ、インド、中国、日本などさまざまな地域で生み出された56点の作品をとおして、力とともにあった芸術の歴史を振り返ります。
※出展作品はすべてボストン美術館所蔵【みどころ】
①世界有数のコレクション ボストン美術館から古今東西の傑作集結
世界各地、各時代を代表する作品群からなるボストン美術館のコレクションから、エジプトのファラオ、ヨーロッパの王侯貴族、中国の皇帝、日本の天皇など、古今東西の権力者たちに関わる作品を紹介。出展作品の半数以上が日本初公開となります。
②時代を超えて女性達が愛した工芸・ジュエリー
本展には女性達を彩ったジュエリーも出品されています。なかでも目を引くのは、大粒のエメラルドが施されたブローチ。世界で最も裕福な女性の一人とされたマージョリー・メリウェザー・ポスト(1887-1973)が所蔵していたものです。60カラットのエメラルドが特徴的なこのブローチは、かつて特権階級にのみ許されていた豪華な宝飾が、実業家たちの手に移っていった時代を象徴しているともいえます。その煌めきを間近で見ることができる貴重な機会です。
本展には女性達を彩ったジュエリーも出品されています。なかでも目を引くのは、大粒のエメラルドが施されたブローチ。世界で最も裕福な女性の一人とされたマージョリー・メリウェザー・ポスト(1887-1973)が所蔵していたものです。60カラットのエメラルドが特徴的なこのブローチは、かつて特権階級にのみ許されていた豪華な宝飾が、実業家たちの手に移っていった時代を象徴しているともいえます。その煌めきを間近で見ることができる貴重な機会です。
③海を渡った二大絵巻が里帰り
“日本にあれば国宝”とも言われる《吉備大臣入唐絵巻》、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》が本展のために約10年ぶりに里帰りを果たし、2作品が揃って展示されています。
④知られざる文人大名の代表作 初の里帰り
④知られざる文人大名の代表作 初の里帰り
今回初の里帰りとなる注目作が、江戸時代の文人大名と知られる増山雪斎が描いた《孔雀図》。本展のために修復され、時を超えて蘇った作品を目にすることができるまたとない機会です。
【作品紹介】
第1章 姿を見せる、力を示す
第1章ではさまざまなかたちによって表現された”力”を見ることができます。
古代エジプトのファラオや19世紀のフランス皇帝ナポレオンをはじめ、統治者の姿は人々を圧倒するような姿で絵画や彫刻に表されてきました。威厳や気品のある表情にくわえ、 ぜいたくな衣装や装身具などは、権力者が有するとされる富や知性や徳を象徴し、その力の強大さを示してきました。
左は豪華なドレスを着たイギリスの王女、右は戴冠式のために正装した姿のナポレオン。
第1章ではさまざまなかたちによって表現された”力”を見ることができます。
古代エジプトのファラオや19世紀のフランス皇帝ナポレオンをはじめ、統治者の姿は人々を圧倒するような姿で絵画や彫刻に表されてきました。威厳や気品のある表情にくわえ、 ぜいたくな衣装や装身具などは、権力者が有するとされる富や知性や徳を象徴し、その力の強大さを示してきました。
ホルス神は天空の神であると同時に王権の神でもあり、.ハヤブサまたはハヤブサの頭部をもった男性の姿で表されます。古代エジプトのファラオはホルス神の化身であるとされ絶大な権力を持ちました。
《ホルス神のレリーフ》 エジプト(エル・リシュト、センウセレト1世埋葬殿出土)、中王国、第12王朝、センウセレト1世治世時、紀元前1971–1926年 左は豪華なドレスを着たイギリスの王女、右は戴冠式のために正装した姿のナポレオン。
左:アンソニー・ヴァン・ダイク 《メアリー王女、チャールズ1世の娘》 1637年頃
右:ロベール・ルフェーヴルと工房 《戴冠式の正装をしたナポレオン1世の肖像》 1812年
衣装や装身具だけでなく、刀も武力の重要な象徴といえます。武士の時代、刀剣は支配者の好み、実用性に合わせて変化していきました。
左:長船長光 《太刀 銘長光》 鎌倉時代、13–14世紀
右:来国俊 《短刀 銘来国俊》 鎌倉時代、13世紀後半
平安時代末期の上皇派と天皇派の対立を背景に起こった平治の乱を題材にした、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》は、合戦絵巻の最高傑作のひとつといわれています。燃えさかる炎や鎧に身を固めた武者たち、逃げ惑う人々などがダイナミックに描かれ、戦の緊迫感を伝えています。拉致される上皇の姿は直接は描かれず、牛車によってその存在が示唆されています。
《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)鎌倉時代、13世紀後半
第2章 聖なる世界
第2章は、地上に対しての大きな力を持つとされた天上の世界や、神々の姿をモチーフとした作品を紹介します。宗教的な儀式を執り行うことも為政者の重要な役割でした。彼らは聖なる世界が表された芸術作品をとおして自らの力を人々に示し、その力を一層強めていきました。
ドミニコ会として知られる「説教者修道会」を創立した聖ドミニクスを描いたエル・グレコの作品。
エル・グレコ(ドメニコス・テオトコプーロス) 《祈る聖ドミニクス》 1605年頃
伏し目がちの穏やかな表情、華奢な体躯の本作は、平安時代の仏師・定朝にはじまる仏像彫刻の様式によるもの。定朝様の仏像は、当時の文化的正統として権力者に広く受け入れられました。
《大日如来坐像》平安時代、長治2年(1105)William Sturgis Bigelow Collection photograph © Museum of Fine Arts, Boston
建長寺の画僧・祥啓は、足利将軍家の美術品の管理等を担う同朋衆の芸阿弥に中国絵画等を学びました。中国・南宋の宮廷画家・夏珪の様式に倣った本作は、清澄な空気の漂う水景を水墨で描いた祥啓の代表作です。
第3章 宮廷のくらし
美術作品のなかには、政治と権力の中心である宮廷の様子も描かれてきました。第3章では、宮殿の建築、その邸内で行われた儀式や慣習を表した作品をとおして、さまざまな時代や地域の宮廷の暮らしを紹介します。
贅を凝らして荘厳壮麗に飾られた宮廷は、訪れる人々にその権力を体感させるようにつくられました。本作は、ルイ13世の宰相リシュリューの大邸宅の一場面。静かに大階段を下りる男性は、リシュリューの腹心として力をもった修道士です。
へつらう、あるいは敵意を見せる貴族たちと、本に熱中している修道士の様子から、宮廷の中の力関係を伺い知ることができます。
ジャン=レオン・ジェローム 《灰色の枢機卿》 1873年
優雅で洗練された肖像画の名手として人気のあったサージェントの作品。戴冠式の2年後に制作された本作は、正装のスチュワートに大剣を持たせてアトリエで描かれたといいます。
建築の生み出す陰影を巧みに用いて壮麗な衣装を際立たせています。
ジョン・シンガー・サージェント 《1902年8月のエドワード7世の戴冠式にて国家の剣を持つ、 第6代ロンドンデリー侯爵チャールズ・スチュワートと従者を務めるW・C・ボーモント》 1904年
ジョン・シンガー・サージェント 《1902年8月のエドワード7世の戴冠式にて国家の剣を持つ、 第6代ロンドンデリー侯爵チャールズ・スチュワートと従者を務めるW・C・ボーモント》 1904年
宮廷の暮らしを彩る調度品や陶磁器にも、支配者の力と富の表象としての意味が込められています。
本作は皇帝ナポレオンの最初の皇妃ジョゼフィーヌのために製作された食器セットの一部。描かれた植物は、皇妃に才能を認められたピエール=ジョゼフ・ルドゥーテによる水彩画がもとになっています。
セーヴル磁器製作所 装飾デザイン:ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ 《平皿(「マルメゾン城の植物のセルヴィス」より)》フランス、1803–1804年 Gift of Mr. and Mrs. Henry R. Kravis photograph © Museum of Fine Arts, Boston
第4章 貢ぐ、与える
権力を維持する、あるいは政治的駆け引きのために、芸術は外交の場でも活用されました。自分の国を守り強固な後ろ盾を得るために貢ぎ物を捧げたり、あるいは自らの支配下にあることを知らしめるために芸術品が与えられることもありました。国の内外を問わず、贈り物は社会的・ 政治的・宗教的・経済的な意味をもち、権力の維持や拡大に活用されてきたのです。
伝 狩野永徳 《韃靼人朝貢図屏風》 桃山時代、16世紀後半権力を維持する、あるいは政治的駆け引きのために、芸術は外交の場でも活用されました。自分の国を守り強固な後ろ盾を得るために貢ぎ物を捧げたり、あるいは自らの支配下にあることを知らしめるために芸術品が与えられることもありました。国の内外を問わず、贈り物は社会的・ 政治的・宗教的・経済的な意味をもち、権力の維持や拡大に活用されてきたのです。
韃靼人とは中国北部で活動した騎馬民族のこと。画面は上下に分かれ、上部には2艘の船が、下部には陸路で貢物へ向かう一行が描かれています。
イングランド女王・エリザベス1世への贈り物、あるいは女王からの贈り物であったと考えられる《水差しと水盤》は、宮廷の儀式や賓客をもてなす際に使われたと考えられています。金で縁取りされた枠の中には、征服王ウィリアム1世からエリザベス1世までの歴代のイングランド君主の肖像が彫られ、肖像の間には旧約聖書の物語が表されています。
逆Lの印の製作者、MにPを重ねたモノグラムの金工師《水差しと水盤》イギリス、1567-1568年
John H. and Ernestine A. Payne Fund,Theodora Wilbour Fund in memory of Charlotte Beebe Wilbour and funds by exchange from an Anonymous gift in memory of Charlotte Beebe Wilbour (1833-1914),Bequest of Frank Brewer Bemis, the M. and M. Karolik Collection of 18th century American Arts, Gift of G. Churchill Francis, Gift of the Trustees of Reservation-Estate of Mrs. John Gardner Coolidge, Gift of Phillips Ketchum in memory of John R. Macomber, Gift of Mrs.Richard Cary Curtis, Gift in memory of Dr.William Hewson Baltzell by his wife, Alice Cheney Baltzell, Gift of Mr. and Mrs.Richard Storey in memory of Mr. Richard Cutts Storey, Gift of Mrs. John B. Sullivan, Jr., Gift of Mrs. Heath -Jones.Bequest of Charles Hitchcock Tyler, Gift of Miss Caroline M. Dalton, Bequest of Clara Bennett, Maria Antoinette Evans Fund, Gift of Miss E. E. P. Holland Photograph © Museum of Fine Arts. Boston
第5章は、権力者たちの芸術のパトロンとしての側面を紹介します。彼らは優れた芸術作品を収集したり、また同時代の芸術家を支援し、新たな作品を自らのコレクションに加えてきました。こうしたコレクションの多くは、今日の世界中にある美術館や博物館の礎となっています。
この章でもっとも注目の作品は《吉備大臣入唐絵巻》。全4巻で構成され全長はおよそ24m。遣唐使の吉備真備が唐人の出す難題を次々に解決していく物語が、ユーモアを交えつつ生き生きと描かれています。
遣唐使として中国・唐に渡った吉備真備は、その才能を恐れた唐の役人により、生きて出たものはいないという高楼へ幽閉されてしまいます。そこに現れた鬼は、かつて遣唐使として渡航し、この地で客死した阿倍仲麻呂(真備が再度入唐したとき仲麻呂は生きているので史実とは異なる)。
唐人は、 真備を辱めようと次々と難題をもちかけますが、ふたりは驚くような方法でその難局を切り抜けていきます。
第5章展示風景より、《吉備大臣入唐絵巻》平安時代後期–鎌倉時代初期、12世紀末
難しい『文選』の読解を試されることを知ると、飛行自在の術(!)を使って空を飛んで高楼を抜け出し、その内容を盗み聞きします。囲碁の名人との対局では、真備は隙を見て唐人の黒石をひとつ飲み込み、下剤を飲まされても、超能力で石を腹中にとどめ、勝利を収めます。奈良時代のスーパーエリート吉備大臣が、空を飛んだり、盗み聞きしたりする場面は本当におもしろく、思わず笑ってしまいます。
本作は平清盛、源頼朝など、新興武士団が権力を握りはじめた時代に、彼らと互角に渡り合った後白河院の周辺にて制作されたという説が有力ですが、意外とユーモラスな人だったのかもしれません。
本作のような日本美術の名品が海外の美術館所蔵なのは残念な気もしますが、多くの絵画作品が切断され、散逸していった中で、まとまった形で残っているのは幸いだったともいえます。長年アメリカで愛されてきた文化の懸け橋ともいえる日本美術の名品に出会えるのも本展の大きな魅力の一つです。
中国・南宋の初代皇帝高宗は、自らの統治を正当化するため、古代の儒教の教典に関わる書画を制作させました。本作は古代の『詩経』から抜粋した詩に即した絵を描かせたもの。巻物の最後には明代の文人画家・文徴明、清代の皇帝・乾隆帝の跋(書物や書画の終りに来歴や感想などを書き記す短文)があり、この作品が芸術家からも皇帝からも称賛されたことがわかります。
画:伝 馬和之 書:伝 高宗 序、印、跋:乾隆帝 跋:文徴明 《詩経書画巻(小雅六篇 )》 南宋、1160年代
本展では、ほかにも旧伝 陳容《龍虎図》(第1章)、伝 范寛 《雪山楼閣図》(第5章)など、中国絵画の名品を見ることができます。
桃山末期から江戸初期に活躍した京狩野の画家・狩野山雪による本作は、ボストン美術館収蔵以来、今回日本で初の公開となる水墨画の名品です。
狩野山雪 《老子・西王母図屏風》江戸時代、17世紀前半
伊勢長島藩主であった増山雪斎は、芸術家たちの庇護者であると同時に、自らも絵筆を執り、数々の作品を残しています。展覧会の最後を飾る増山雪斎《孔雀図》は、本展に合わせて修復が行われ、初の里帰りを果たしました。鮮やかな色彩に蘇った孔雀や鳥たちの姿を会場でぜひご覧ください。
伊勢長島藩主であった増山雪斎は、芸術家たちの庇護者であると同時に、自らも絵筆を執り、数々の作品を残しています。展覧会の最後を飾る増山雪斎《孔雀図》は、本展に合わせて修復が行われ、初の里帰りを果たしました。鮮やかな色彩に蘇った孔雀や鳥たちの姿を会場でぜひご覧ください。
増山雪斎 《孔雀図》 江戸時代、享和元年(1801)
展示室横にあるミュージアムショップでは、本展の出展作品をモティーフにした付箋セット、コースター、シール、トートバッグなどさまざまなグッズが用意されています。丸めると巻物のようになる手ぬぐい絵巻は、平治物語絵巻の世界が楽しめます。
増山雪斎《孔雀図》、《吉備大臣入唐絵巻》がデザインされたTシャツも。これからの時期、普段使いとしても活躍しそうですね。
ミュージアムショップでは、公式図録も販売中。手に取りやすいB5サイズで、 全56作品を一挙カラー掲載。全作品の作品解説や論文にくわえ、「幻の国宝」とも呼ばれる二大絵巻《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》と《吉備大臣入唐絵巻》を詳しく読み解くスペシャルページもあり、読み応えたっぷりです。
力とともにあった芸術の歴史を振り返る、などというと難しく聞こえますが、時の権力者が愛し、利用し、また自ら描いた芸術作品は名品ぞろいで、理屈抜きに見ごたえがあります。時代や国によって異なる、芸術をとおした権力の表現を見比べながら、力をつかんだ者たちが愛した美の数々をこの機会にぜひご覧ください。
【開催概要】
展覧会名:ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)
会場:東京都美術館(台東区上野公園8-36)
会期:2022年7月23日(土)~10月2日(日)
開室時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日、9月20日(火)
※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
観覧料:一般 2,000円 / 大学生・専門学校生 1,300円 / 65歳以上 1,400円
※本展は日時指定予約制です。詳細は展覧会公式HPをご覧ください。
※予約枠に空きがある場合、東京都美術館のチケットカウンターにて当日券購入可能
※高校生以下は無料(日時指定予約が必要)
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料(日時指定予約は不要)
※未就学児は日時指定予約不要
※高校生、大学生・専門学校生、65歳以上の方、各種手帳をお持ちの方は、いずれも証明できるものを提示すること。
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)