日本古来の貴重な文化財には、通常、見ることのできない作品がたくさんあります。大切なオリジナル作品を保存することと、その美しさをできるだけ多くの人に見てもらうことの両方をかなえるため、2007年文化財未来継承プロジェクト『綴』が始まりました。最新のデジタル技術と伝統工芸の技を駆使した高精細複製品は、より多くの人に日本美術と接する機会を提供し、新たな日本文化の再認識へと繋がっています。

この綴プロジェクトで手がけてきた国宝や在外至宝を含む計24点の高精細複製品を展示する催しが、この夏、山形県・米沢市上杉博物館で開催されます。狩野永徳による国宝「洛中洛外図屏風(上杉本)」をはじめ、宗達、光琳、等伯、北斎と名だたる絵師の最高傑作の高精細複製品が集結し、それらを間近に鑑賞できるというオリジナルではあり得ない夢のような企画が実現します。会期は2022年8月6日(土)~9月11日(日)まで。

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本展は「日本画をたのしむ」ことに主眼をおき、伝統的な技法、きまりごと、デザイン性、表現視点など、日本画の特徴を紹介しながらその繊細さと力強さを再発見することを狙います。
中・近世の錚々たる絵師たちの競演をとおして、日本画の魅力を再発見できる機会になりそうです。

【本展のみどころ】
①「綴プロジェクト」の複製作品が一堂に会す展覧会。これまで制作した作品のなかから選りすぐりの24点を展示。
② 一堂に会すことはほぼ不可能な国宝、重文をサイズもそのままに、原本と同じ表装で再現。多くの作品がガラス越しでなく細部まで近寄って鑑賞できます。
③アメリカ、英国など海外に渡った日本の古典作品も鑑賞できるまたとない機会。
④貴重なトーク、ワークショップのイベントも開催されます。詳細は米沢市上杉博物館公式ホームページでご確認ください。
【展示構成】
本展は 2007 年にスタートした「綴プロジェクト」の第一期作品である国宝「上杉本洛中洛外図屏風」(狩野永徳)をメインに、〈第1章永徳と狩野派〉〈第2章日本人のくらしと自然〉〈第3章海を渡った北斎~門外不出フリーアコレクション〉の 3つのテーマで構成されています。

【主な出展作品】
第1章 永徳と狩野派
天下人に仕え,愛され、時代の寵児となった永徳。初期作品「上杉本」と最晩年の「檜図」の制作にまつわる史実や、永徳が率いた狩野派やその周辺の絵師とのつながりを紹介します。

本作品は永徳 23 歳の時のものと言われており、制作経緯は諸説ありますが信長から上杉謙信のもとへ贈られたものとして有名です。図は、右隻に祇園祭で賑わう町並みを中心に御所や清水寺、東寺など下京が表され、左隻には公方邸や細川邸を大きく配し上京の景観が描かれています。一双全体で登場する人物は約 2,500 人にも達し、貴賎僧俗、公武衆庶のあらゆる階層が随所に表されています。現存している永徳の作品の中でも代表作というだけでなく、数ある洛中洛外図屏風の中でも出色の名品です。
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国宝「洛中洛外図屏風(上杉本)」狩野永徳 高精細複製品 米沢市上杉博物館蔵(原本 当館)

狩野元信は、狩野派の画風及び組織体制両面においての確立者です。本作品は、金地に極彩色で、主に秋から冬の移り変わりが表現されており、元信が積極的に大和絵の領域に進出したことを示す、大画面金碧画の一例として知られています。
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重文「四季花鳥図屏風」狩野元信 高精細複製品 公益財団法人白鶴美術館蔵(原本 同館)

長谷川等伯50歳代の作品とされ、等伯の代表作であると同時に近世水墨画における最高傑作の一つに挙げられる作品。霞の間より見え隠れする松林は四つのグループに分けられ、全部で20数本の松が水墨で表現されています。木々の間には、水蒸気をたっぷりと含んだ湿潤な空気が充たされており、雪山を描いていることから季節は晩秋から初春にかけての頃と考えられ、この風景は等伯の出生の地である能登地方の松林を想起して描いたとものと言われています。
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国宝「松林図屏風」長谷川等伯 高精細複製品 東京国立博物館蔵(原本 同館)(前期展示 8/6-8/23)

京都の市中とその周辺を描く、洛中洛外図の 1 つで、滋賀の舟木家に伝来したため、舟木本の名で親しまれています。
初期の洛中洛外図の一定型とは異なり、1 つの視点からとらえた景観を左右の隻に連続的に展開させています。
右端には豊臣氏の象徴ともいうべき方広寺大仏殿の威容を大きく描き、左端には徳川氏の二条城を置いて対峙させ、その間に洛中、洛東の町並が広がります。右隻を斜めに横切る鴨川の流れが左隻に及び、二隻の図様を密に連繋させています。随所に繰り広げられる市民の生活の有様を生き生きと描き出しています。右隻の上方には桜の満開する豊国廟をはじめ、清水寺、祇園社などの洛東の名刹が連なり、鴨川の岸、四条河原には歌舞伎や操り浄瑠璃などが演じられ、歓楽街の盛況ぶりが手にとるように眺められます。
左隻では祇園会の神輿と風流が町を進行し、南蛮人の姿も認められ、右下の三筋町の遊廊では路傍で遊女と客が狂態を演じるなど、街々には各種の階層の人々がうごめき、その数はおよそ 2500 人に及びます。景観の情況から元和初年(1615)頃の作とされています。
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国宝「洛中洛外図屏風(舟木本)」岩佐又兵衛 高精細複製品 東京国立博物館蔵(原本 同館)(後期展示 8/25-9/11)

平家の栄華から没落までを綴った「平家物語」は、成立以降、琵琶法師の弾き語りによって全国各地に知れ渡り、この流行を受けるかたちで室町時代末から江戸時代初期にかけて「平家物語」を主題とした屏風絵が数多く制作されました。本作は右隻に寿永3年(1184)、源義経らの率いる源氏の軍勢が奇襲をかけ平家を屋島に敗走させた「一の谷合戦」、左隻に翌年の文治元年(1185)、再び源義 経が平家を急襲し、海上へと追いやった「屋島合戦」を描いています。一の谷と屋島合戦の組み合わせは源平合戦図の中でも典型的ですが、両隻とも「鵯越の逆落とし」、那須与一の「扇の的」などの逸話が、武将の組み合わせから装束に至るまで物語に忠実に描きわけられているところに特徴があります。作者は不明ながら、確かな画面構成力と緻密な描写力を備えた有力な画人の手によるものと考えられます。
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「平家物語 一の谷・屋島合戦図屏風」 高精細複製品 江戸時代 17 世紀 東京国立博物館蔵(原本 大英博物館)(前期展示 8/6-8/23)©The Trustees of the British Museum (2017).

巨大な漆黒の空間から姿を現す一匹の巨大な龍。作者はその型破りな画風から奇想の画家とも称される、曽我蕭白です。画中の落款から宝暦 13 年(1763)、蕭白 34 歳の作と分かります。元は寺院を飾る襖であったと考えられますが、伝来は明らかではありません。頭尾の間に描かれたと考えられる四面の胴体部分は現在に伝わっていませんが、ダイナミックな構図と力強い筆さばきで見る者を圧倒する本作は、蕭白の最高傑作と呼ぶにふさわしい作品です。
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「雲龍図」曽我蕭白 高精細複製品 臨済宗天龍寺派大本山天龍寺蔵(原本 ボストン美術館)(後期展示 8/25-9/11)All photographs © 2015 Museum of Fine Arts, Boston. Reproduced with permission.

第2章 日本人のくらしと自然
自然との距離がとても近かった時代、私たち日本人は風の匂いや、光の煌めき、水の音や、草花の美しさなどを今よりもっと豊かに感じ取っていました。そして、町絵師たちはそれらを情緒豊かに、個性的に表現しています。俵屋宗達による「風神雷神図屏風」と、それを模写した尾形光琳の「風神雷神図屏風」が並んで展示されます。

風神は風を司り、雷神は雷を司る神。特に風神は古代インドでは生命あるものすべてに福徳を授ける神ということから子孫繁栄を与える神として解釈されてきました。本作品で宗達は、金箔で表現した空間「無限の奥行」の上に、水墨の特殊技法を用い、見事なまでの「雲」を描きました。神格化された風神雷神があたかも虚空から突然出現したような印象を見るもの全てに与えるこの作品は、日本を代表する国宝として今に伝えられています。
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国宝「風神雷神図屏風」俵屋宗達 高精細複製品 大本山建仁寺蔵(原本 同寺)

宗達の「風神雷神図」を光琳が模写し、その屏風の裏面に江戸琳派を代表する絵師、酒井抱一がみずからの代表作を描いたのが本作です。画面の損傷から守るべく、原本は近年表裏を分離してそれぞれの一双屏風に改められました。
抱一は「雷神図」の裏には驟雨にうたれて生気を戻した夏草と、にわかに増水した川の流れを、「風神図」に対しては強風にあおられる秋草と舞い上がる蔦の紅葉を描いています。銀地の上に可憐な草花を描いた抱一らしい優美な作品で、抒情性と装飾表現の自然な統合を目指した、おそらく抱一画の到達点を示す一作ということができます。両隻に「抱一筆」の落款、「文詮」の朱文円印があります。
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重文「風神雷神図屏風」尾形光琳 高精細複製品 東京国立博物館蔵(原本 同館)

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重文「夏秋草図屏風」酒井抱一 高精細複製品 東京国立博物館蔵(原本 同館)

円山応挙の代表作、国宝「雪松図屏風」は京都、大阪、江戸で大規模な呉服商と両替店を営んでいた三井家の依頼により制作されたものと考えられます。描かれるモチーフは、常緑樹で長寿や吉祥を象徴するお祝の意味を持つ松に、新しさの象徴である雪。そして金泥で表現される大気の神々しさが加わり、清々しい冬の朝の情景が広がります。
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国宝「雪松図屏風」円山応挙 高精細複製品 三井記念美術館蔵(原本 同館)

「綴プロジェクト」では、海外に渡った日本の貴重な文化財を高精細複製品として再現し、海外に渡る以前の所有者などへ寄贈することも目的としています。

金地に白黒のモノトーンの鶴を左右に大胆に構成する本作品は「琳派」を代表する絵師尾形光琳の作です。屏風の中心に向かって遊歩するデザイン化された鶴19羽はリズミカルに配され、画面両端には様式化された渦巻く波が独特な存在感をかもし出しています。後年酒井抱一や鈴木其一も同様の構図で描いており、琳派の流れを示す作品となっています。
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「群鶴図屏風」尾形光琳 高精細複製品 東京都美術館蔵(原本 フリーア美術館)
Freer Gallery of Art, Smithsonian Institution, Washington, D.C.: Purchase —
Charles Lang Freer Endowment, F1956.20-21

第3章 海を渡った北斎~門外不出フリーアコレクション
世界でも有数の類まれな肉筆浮世絵コレクションを誇るアメリカにあるフリーア美術館は、葛飾北斎の作品を多数所蔵しています。その中から、前期後期で計7点紹介されます。門外不出のコレクション、北斎の晩年の肉筆画の傑作を紹介しながら、高精細複製品の役割を考えます。

激しくうねり、岸壁へと押し寄せる荒波と、そのはるか先に連なる長閑な茅葺集落の静と動の対比が印象的な本作。鉤爪状の波頭は、北斎による木版画 の代表作で世界的にも最も知られた日本美術品の一つと言える「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を彷彿とさせます。また前景と後景の描き方からは、日本美術の伝統に西洋の遠近法を融合させる、北斎の卓越した技術を見て取る事ができます。落款から北斎 88 歳、没する2年前に描かれたことがわかります。
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「波濤図」葛飾北斎 高精細複製品 墨田区蔵(収蔵 すみだ北斎美術館)(原本 フリーア美術館)
Freer Gallery of Art, Smithsonian Institution, Washington, D.C.: Gift of
Charles Lang Freer, F1905.276

豪華な衣装と髪飾りで艶やかに装った花魁が、着物の褄を取りながら年始回りのため郭を歩く、道中の姿が描かれています。徳川幕府公認の遊郭であった吉原には、元旦・二日に「仕着日」という、遊女屋から遊女にそれぞれの格に応じた小袖が贈られる風習があり、彼女たちはそれを着て、茶屋などに年始の挨拶に回ったといいます。道中の際の歩き方は「八文字」とよばれ、本図の通り、花魁たちは下駄を高く上げ、足先をと弧を描くようにして、ゆっくりと歩を進めました。華やかな本作は「前北斎戴斗」の落款から、北斎 50 歳代の頃の制作とわかります。
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「年始回りの遊女図」葛飾北斎 高精細複製品 墨田区蔵(収蔵 すみだ北斎美術館)(原本 フリーア美術館)(後期展示 8/25-9/11)Freer Gallery of Art, Smithsonian Institution, Washington, D.C.: Purchase —
Charles Lang Freer Endowment, F1954.119

◆文化財未来継承プロジェクト「綴」とは
「綴プロジェクト」(正式名称:文化財未来継承プロジェクト)は、キヤノンならびに特定非営利活動法人 京都文化協会が共同で行っているプロジェクトです。日本古来の貴重な文化財の高精細複製品を制作し、オリジナルの文化財をより良い環境で保存しながら、その高精細複製品を有効活用することを目的としています。
高精細複製品を活用することで、オリジナルの文化財はより良い環境のもとで劣化を防ぎながら保存が可能となるため、文化財の未来への継承がより確実に行えます。高精細複製品は、オリジナルの文化財の現所蔵者あるいは海外に渡る以前にその文化財を所有していた社寺や博物館のほか、大学、文化財にゆかりのある地方自治体などへ寄贈され、各地で一般公開が行われています。
また、日本の歴史・芸術・文化を伝える生きた教材として教育の場でも活用されており、多くの人に日本古来の貴重な文化財と接する機会を提供し、新たな日本文化の再認識へとつながっています。
◆綴プロジェクトが取り組むテーマ
①海外に渡った日本の文化財
歴史の中で海外に渡った日本の貴重な文化財を高精細複製品として再現し、海外に渡る以前の所有者などへ寄贈することを目的としています。
②歴史をひもとく文化財
歴史の教育の現場で生きた教材として高精細複製品が活用される事を目的として、小・中学校の歴史教科書で一度は見たことのある文化財などを対象とします。

国宝の作品は公開期間が限られますし、海外の美術館所蔵作品については、多くの人は見る機会は少ないと思います。先端技術と伝統工芸を融合によって、見事に再現された貴重な文化財の数々をこの機会にぜひご覧ください。

企画展「米沢市上杉博物館×綴プロジェクト日本画をたのしもう~高精細複製が語る名品の世界~」
◇会期:2022 年 8 月 6 日(土)~9 月 11 日(日)
前期 2022 年8月6日(土)~8 月 23 日(火) 18 日間
後期 8 月 25 日(木)~9 月 11 日(日)18 日間
◇休 館 日:8月24日(水)
◇開館時間 9:00~17:00 *入館は 16:30 まで
◇会場:米沢市上杉博物館 山形県米沢市丸の内 1-2-1
TEL 0238-26-8001
◇入館料 一般700円(560円)高大生300円(240円)小中生無料 (常設展とのセット券のみ)
※( )は 20 名以上の団体料金
米沢市上杉博物館公式ホームページ:https://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/uesugi.htm