スペインを代表する芸術家ミロと日本との関係性に焦点を当てた展覧会「ミロ展―日本を夢みて」が現在、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中です。会期は4月17日まで。

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ジョアン・ミロ(1893-1983)はピカソ、ダリと並ぶ現代スペインの巨匠。日本では1930年代からミロの作品が紹介され、1940年には世界で初めてミロについて書かれた単行書が発刊されるなど、早くからミロの活動は注目を集めていました。

一方、スペインでは、1888年のバルセロナ万博からジャポニスムブームが続き、ミロは日本への憧れや興味を抱くようになります。
1966年の初来日の際、ミロは「長い間、日本を夢みていた」と語り、来日後は日本の書に影響を受けたと思われる作品を残しました。

本展では、ミロが若き日の日本への憧れを象徴する初期作品をはじめ、56年ぶりに来日した代表作や資料など130点を展示。初期の作品、新しい表現を目指していた時期の絵画など、ミロのキャリアの節目となる作品が集まっており、表現の変化を見ることができます。
また日本各地の貴重ななミロ・コレクションが一堂に会し、日本との交流を示す資料なども多数展示されています。

ミロが生まれる5年前の1888年、バルセロナは初の万国博覧会で賑わっていました。とりわけ人々の注目を集めたのは日本の美術工芸品。ミロが少年時代を過ごしたのは、そんな空前のジャポニスム・ブームに沸く街でした。近所には日本美術の輸入販売店があり、日本美術の展覧会もたびたび開かれていました。こうした環境で育ったミロは、早くから日本文化への憧れや興味を示します。

スペインの小村シウラナの情景《シウラナ村》は、ミロが20代前半に描いた絵で、切り立った断崖が特徴の小村を描いたもの。特異な空間表現や、ジグザグに折れ曲がったりうねったりしながら描かれた地形などが特徴で、浮世絵における遠近感の影響を感じさせます。
ミロ展―日本を夢みて  (27)
ジュアン・ミロ《シウラナ村》1917年夏 吉野石膏コレクション(山形美術館寄託)
※展示室内の写真は本展主催者の許可を得て撮影(以下、同じ)

作品中に浮世絵をコラージュした《アンリク・クリストフル・リカルの肖像》は、肖像画のモデルの背後に浮世絵がコラージュされています。本作のモデルのリカルはミロの美術学校時代からの学友で、熱心な浮世絵コレクターだったそうです。本展では同じ図柄がちりめん加工されている作品をあわせて見ることができます。
ミロ展―日本を夢みて  (157)
ジュアン・ミロ《アンリク・クリストフル・リカルの肖像》1917年 ニューヨーク近代美術館

美術学校には浮世絵のコレクターや日本のやきものを学ぼうとする友人たちがおり、画廊では俳句に興味を示す詩人たちとやりとりを交わすなかで、ミロは次第に日本に深い憧れを抱くようになります。

白い花が描かれた花瓶に黄のカンナと赤のハイビスカスが活けられ、画面右下に蝶が羽ばたく《花と蝶》は、ミロが緻密で写実的な描写を行った最後の数点の一つで、ミロはこの後シンプルな作風へと移行することになります。凛とした全体の姿とともに、葉のない枝が活けられているのが、いけばなを彷彿とさせます。
ミロ展 (18)
左:ジュアン・ミロ 《花と蝶》 1922-23年 横浜美術館 

ミロは、さらなる飛躍を目指し、1920年に芸術の都パリに行き、独自の表現を模索します。パリ在住を機に、ミロの作風は一挙に単純な形や線で構成されるシンプルなものへと移行していきます。

時に一般的な画材ではない素材を効果的に用いるなど「素材との対話」を深める一方、絵を「描くこと」と文字を「書くこと」を同じようにとらえたミロは、「絵画と文字の融合」を追求するようになります。

シュルレアリスムの詩人や画家たちと知り合い、ミロもその一員として名が知られるようになっていった頃、集中的に取り組んだ、青や茶のモノトーンの背景に細い線を慎重に引いた一連の絵画は、のちにく夢の絵画〉と呼ばれるようになります。
この頃描かれたのが《絵画(パイプを吸う男)》です。人物はどこかとぼけたような、ユーモラスな表情。黄色い煙は一見自由に描かれたようにみえますが、人物の横顔のシルエットをなぞるようにうねっており、意図的な構成であることがわかります。ミロ展 (171)
ジュアン・ミロ 《絵画(パイプを吸う男)》 1925年  富山県美術館

ミロは自分のトレードマークとも言える丁寧に引いた細い線の生き物たちと、 書を思わせる線の記号とを自在に組み合わせて、新たな絵画を生み出していきます。
日本で最初に展示された記念すべきミロ作品《焼けた森の中の人物たちによる構成》も再来日しています!

本展のみどころの一つでミロの絵画と文字による独自の表現の代表作として挙げられる《絵画(カタツムリ、女、花、星)》は、56年ぶりの来日です。フランス語で「カタツムリ」「女」「花」「星」の4語が流れるように連なって描かれています。本作は制作依頼を受けたタペストリーのための下絵の一つ。下絵といってもタペストリーの原寸大のサイズとその入念な出来栄えから、1930年代のミロの代表作の一つに数えられている作品です。

戦争により1940年にマジョルカ島に移った後は、日本の墨と和紙を用いて描線の太さや濃淡の実験を繰り返し行うようになり、そういう試みの中で生まれた作品の1つが《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》です。中央に描かれた星とオルガンの力強い線と、オルガンを取り囲む人物の細い線が美しく調和しています。
ミロ展 (75)
左:ジュアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》1945年5月26日 福岡市美術館 右:ジュアン・ミロ《絵画(カタツムリ、女、花、星)》1934年 王立ソフィア王妃芸術センター、マドリード

「素材との対話」と「絵画と文字の融合」は、第二次世界大戦以降のミロの制作活動に新たな展開をもたらすことになりました。たとえば、陶器制作。ミロは、日本文化に造詣が深い陶芸家ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガスとともに熱心に陶器を手がけるようになります。
《花瓶》は、2人の共作の初期作品で、陶器の側面にはミロの絵画作品によく見られる人物像と星が描かれています。手仕事を感じさせる柔らかなフォームは、まるでに保温の民芸品のようです。
ミロ展 (185)
左:ジュアン・ミロ 《花瓶》1946年 個人蔵

本作は、巨大な筒を土台にして規則的に穴の空いた胸板と球を組み合わせ、女性の姿を表現したもの。 ミロはアトリエに転がっているガラクタのような日用の既製品のパーツを型取りしては組み合わせ、立体作品に仕立てています。
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右奥:ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガス、ジュアン・ミロ《女》1962年 滋賀県立陶芸の森陶芸館

ミロ展 (181)
中央:ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガス、ジュアン・ミロ《大壺》1966年 京都国立近代美術館

ミロはがらくたや捨てられたものなどを素材にした彫刻も作っていました。複数の品をコラージュして別物に変身させた彫刻も今回展示されています。がらくたを組み合わせて、楽しみながら制作していたミロの姿が目に浮かぶようです。
ミロ展 (198)
展示風景

ミロは友人らが持ち帰った日本の文物、特にやきもの、書、民芸品等日本の文化に実際に触れ、さらに日本人コレクターや批評家との交流を通して日本への旅を夢みるようになります。
ミロ展 (74)
展示風景

シュルレアリスムの画家という狭い範囲に限定されていた戦前の日本におけるミロの評価は、戦後に入ると一変。スペイン国内では不遇の身だったミロは、パリのマーグ画廊とニューヨークのピエール・マティス画廊を拠点に次々と新作を発表し、日本でもピカソと並んでスペインを代表する画家として広く知られるようになっていきました。

そして、二度の来日へ 。
1962年国立西洋美術館等での大規模な版画展に続き、1966年に国立近代美術館でも回顧展が開催され、この時ミロは念願の初来日を果たしました。東京の国立近代美術館と京都分館で開催された「ミロ展」は、絵画から版画、タペストリー、彫刻、やきものまで代表作171点を集めた大規模なもので、この展覧会により日本におけるその巨匠としての地位は確固たるものとなりました。

「長い間、日本を夢みていた」と積年の想いを口にしたミロ。二週間ほどの滞在でしたが、ミロの芸術を紹介する作品集を1940年、世界で初めて出版した美術評論家で、詩人の滝口修造とようやく対面したほか、作家の佐野繁次郎、画家の岡本太郎らと交流。更にやきもので知られる信楽や瀬戸等の窯元も訪ね、精力的に各地を巡りました。

本展では、本展では1966年の『ミロ展』のポスターや、ミロに贈られた記念アルバムなどのほか、来日時の貴重なスナップ写真、日本の文化人たちとの交流を示す作品や資料も紹介されています。
ミロ展 (113)
左から:粟津潔《ミロ展ポスター》1966年 個人蔵、原弘《ミロ展ポスター》1966年 個人蔵、ジュアン・ミロ《マーグ画廊ミロ近作展ポスター》1953年 一般財団法人草月会

また瀧口との交流の深さを示す作品が多数展示されていいます。瀧口はミロにカラバサ(ひょうたん)の実を贈られ、ずっと宝物にしていたそうです。
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中央:《ジュアン・ミロからの贈物(ミロのカラバサ)》1976年贈呈 富山県美術館 右:ジュアン・ミロ《無題》1966年頃 富山県美術館

また瀧口の詩にミロが絵を添えた共同合作の作品や詩画集も多く紹介されており、芸術家たちによる、ジャンルも国籍も超えた心温まる交流の軌跡を確認することができます。
本作はミロによる画、瀧口による詩で構成された、二人の共作による詩画集。詩画集の装丁全体もミロが手がけています。
ミロ展 (131)
《手づくり諺-ジョアン・ミロに》1970年 瀧口修造、ジュアン・ミロ  富山県美術館

ミロ展 (136)
上:瀧口修造、ジュアン・ミロ《無題》1966年10月4日 富山県美術館 下左:瀧口修造、ジュアン・ミロ《ミロの星とともに》1978年 富山県美術館

その後、日本万国博覧会(大阪万博)の開催前年の1969年に再び来日しています。ミロは万博会場に追加で壁画を描くことを提案し、関係者を大いに驚かせました。
若い頃から日本に魅力を見出したミロと、世界に先駆けてミロの魅力を見出した日本。両者の関係はミロの二度の来日により確実に深まり、そのことは本展の数々の展示品が物語っています。

この版画はいけばな草月の創始者・勅使河原蒼風がジュアン・ミロから直接贈られたもの。左の作品には「蒼風・勅使河原に、友情を込めて」という書き込みがあり、更に周囲には力強い書のような加筆もあります。ミロがたどり着いたのは「書」のような「絵」の世界でした。
ミロ展 (110)
左:ジュアン・ミロ 《すると鳥は、ルビーが降り注いで茜色に染まったピラミッドの方へ飛び立つ(勅使河原蒼風のために)》1954年(1952年原画制作、1959年5月加筆) 一般財団法人草月会、右《女(勅使河原蒼風のために)》1958年(1932年原画制作、1959年5月加筆) 一般財団法人草月会

会場内の最後の部屋は、ミロが73歳で念願の初来日を果たした後の、晩年の作品を中心に展示。来日後、ミロの作品の特徴である鮮やかな色彩表現が薄れ、書道の滲みや跳ねの動きを感じる黒く太い線が多様された作品が増えていることがわかります。会場では、黒い大胆な線描を特徴とする《絵画》や、巻物の形態をとった作品など、日本の書画の影響が見受けられる作品を目にすることができます。
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ミロの日本趣味をはっきりと裏付ける作例として、日本でもたたび紹介される《マキモノ》。1966年の「ミロ展」では、当初出品リストになかったこの絵巻を、ミロがせっかくの 日本での展覧会だからとわざわざ追加した という逸話が残っています。漆塗りを思わせる附属の木製のケースも併せて展示。全長8メートルの作品で、東京展ではその一部分が展示されています。
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手前ガラスケース内:ジュアン・ミロ《マキモノ》1956年 町田市立国際版画美術館

1966年、初来日を果たした直後に描かれ、日本の書家からの影響がみてとれる作品。淡墨の滲(にじ)みやはね、濃墨のかすれなどが油彩画にも応用されていることがわかります。ミロは書の画材や視覚的な効果だけではなく、直接目の当たりにした書家の筆遣いなどにも関心を向けていました。
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ジュアン・ミロ《絵画》1966年 ピラール&ジュアン・ミロ財団、マジョルカ

ミロのアトリエを再現したコーナーでは、”ミロを取り囲むたくさんの日本”を見ることができます。ミロが愛してやまなかったモンロッチのアトリエや晩年を過ごしたマジョルカ島のアトリエには、友人から贈られた日本の民芸品や拓本類、そして来日時にミロ自身が購入したものを含め、様々な日本の品が飾られていました。
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ミロの蔵書のほか、制作に用いられた刷毛やたわし、日本の民芸品などからは、生涯にわたり日本に親しんだ彼の姿を垣間見ることができます。ミロの蔵書には、岡倉天心の「茶の本」や柳宗悦の「日本の民芸」といった日本文化に関する書籍も含まれていました。
ミロ展 (193)
展示風景 ミロのアトリエから

展覧会ナビゲーターには、俳優の杉野遥亮さんが就任し、同展の音声ガイドに登場します。杉野さんがミロの生地、バルセロナに滞在した時の思い出を話すシークレットトラックも収録。貸出料金600円(税込)

特設グッズ売り場には、200種類以上のグッズが並びます。ミロの作品がかわいらしくデザインされている靴下など魅力的な衣料品も多数!全長8メートルの作品「マキモノ」はTシャツやブックマーカーなどで楽しめます。ほかに、ミロが生まれたスペインをモチーフにした優しいイラストの文房具なども揃っています。

「ミロ展―日本を夢みて」の公式図録は、130点を超える出品作品をカラーで収録するほか、作品解説やコラムも充実。日本とスペイン両国の研究者による近年得られた知見あふれる論考やミロ来日時の記録写真などの貴重な資料も収録され、読み応えたっぷりの内容です。
サイズA4変形・216ページ 価格2,500円(税込)
ミロ展 (214)

意外なほどに深いミロと日本の関係性に焦点を当てた世界初の大規模展ともいえる本展。国内はもちろん、マドリード、ニューヨークなどから集められたミロの貴重な作品が並び、タペストリー、彫刻、陶芸、書など多彩なミロの創作の軌跡をたどることができます。3月平日限定で会場内作品も撮影可能です。
ミロが見出し、愛した日本の美の世界、この機会にぜひ会場でご覧ください。

【展覧会概要】
展覧会「ミロ展─日本を夢みて」
会期:2022年2月11日(金・祝)〜4月17日(日)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1 B1F
開館時間:10:00〜18:00(金・土曜日は21:00まで)
※入館はいずれも閉館30分前まで
休館日:3月22日(火)
観覧料:一般 1,800円、大学・高校生 1,000円、中学・小学生 700円、未就学児 無料
※学生券を購入の際には、学生証を提示のこと(小学生のぞく)
※障がい者手帳の提示で、本人と付添者1名は半額(当日窓口にて購入)
※会期や開館時間などは変更となる可能性あり
※入場制限や一部日程で入場日時予約が必要となる場合あり(来館時には、美術館ホームページにて最新情報を確認のこと)
展覧会公式サイト