大英博物館の古代エジプト文明の最新の研究成果を踏まえ、ミイラづくりの時代ごとの変遷や、当時の社会背景などをさまざまな角度から紹介する特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」が、東京・上野の国立科学博物館(科博)にて、2022年1月12日まで開催中です。
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大英博物館の古代エジプトコレクションから選ばれた6体のミイラを中心に、そのミイラの生きた時代の社会風俗などにまつわる品などを展示。当時の生活の様子や文化を詳細に知ることができます。
また、2019年に日本の調査隊が発見し、現在も調査が続いているサッカラ遺跡のカタコンベ(地下集団墓地)を実寸大の部分模型で再現するなど、日本独自の展示も見どころ。

古代エジプト人は、来世で復活するためには肉体が残っている必要があると信じていました。死者の肉体はミイラとなることで、神に近い属性をもつ神聖なものとなったのです。
新王国時代は、古代エジプト文明の最盛期であり、当時の歴代のファラオたちは手厚くミイラにされて、テーベ(現在のルクソール)の王家の谷に豪奢な副葬品とともに埋葬されました。新王国時代の後に続く第3中間期(前1069〜前656年頃)は墓の造営が衰退する一方で、ミイラ作りの技術が最盛期となりました。
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※画像は、報道内覧会にて主催者より特別に許可を得て撮影(以下、すべて同様)

紹介される6体のミイラはは王族ではなく、第3中間期からローマ帝国に支配された時代までの約900年の間に生きた役人、神官、既婚女性、子ども、青年といったさまざまな境遇の人々。しかも、これら6体のミイラは発見されてから全く包帯が解かれず未開封の状態で保存されてきました。

本展は、ミイラの3D映像と関連する約250点の豊富な展示品とともに、近年における大英博物館の科学的な調査研究により明らかにされた、数々の大きな発見の成果について紹介する展覧会です。

それでは第1会場から見どころを具体的にみていきましょう!※第1会場の展示は、すべて大英博物館蔵

1 アメンイリイレト 
最初に展示されるミイラ、アメンイリイレトはテーベの役人。
彼はカシュタ王の娘・アメンイルディスの領地を監督する権力者になり、その地位から得た富によって立派に埋葬されました。
会場ではアメンイリイレトの地位の高さを示す3重の木棺とミイラ本体を展示。保存状態は極めて良好で、この時代のミイラ制作の技術の高さを知ることができます。
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アメンイリイレトの内棺(蓋・本体)

アメンイリイレトは復活を遂げたオシリス神の姿にちなみ、腕を交差させた姿勢でミイラ化されています‍。オシリス神は、最初にミイラとなった神だと信じられていました。また、アメンイリイレトのミイラからは、彼が癌に冒されていたことがわかり、人間がかなり古くから癌を患っていたことが明らかとなりました。

アメンイリイレトの展示コーナーには、ミイラ作りの図、死者が復活するために必要な「口開けの儀式」に必要な道具、死者が来世で復活するために不可欠な『死者の書』のパピルスなど、古代エジプトの葬祭にまつわる信仰に関する品が展示されています。
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上:メンの『死者の書』審判の間、下:天秤皿

シャブティと呼ばれる小像は死者の身代わりとして、来世で死者に課された労役を代行する呪術的な力をもつと信じられていました。本品は、アメン神の歌い手、ヘヌウトメヒトのために製作されたシャブティの一部で、来世で必要となる農作業に使う道具を持っています。
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ヘヌウトメヒトのシャブティ

船は古代エジプトにおいては重要な運送手段でした。本品は、死者の墓への旅、そして象徴的な意味では来世への旅を表したもの。精緻な人物の表現と、色彩の美しさが見どころです。
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葬祭用の船の模型

内蔵を納めるカノポス壺。一番右は模造品で、内臓を入れるための空洞はありません。
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ジェドバステトイウエフアンクの カノポス壺

2 ネスペルエンネブウ     
ネスペルエンネブウは、代々続く名家の神官。銘文から、テーベでもっとも重要な宗教施設であるカルナク神殿の神官で、前800年頃を生きたことがわかっています。ネスペルエンネブウの棺には、オシリス神などの死者に新たな生命を与える力をもつ神々を象徴する文様が色鮮やかに描かれています。
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ネスペルエンネブウのミイラ

CTスキャンにより、ミイラ化の過程で、複数の護符や、死者に神聖な地位を与える皮製の帯(ストラ)が納められていることがわかりました。このコーナーでは護符や装身具、神官たちが仕えた古代エジプトの神々の像などが展示されています。
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左:ストラ(帯)の垂れ飾り
右:ストラをつけたケベフセヌウエフ神像

ウジャトの眼形護符は、最も好まれた護符の一つ。傷を負ったホルス神の右眼が呪術的な力で治癒されたという神話から、身につけることで怪我や危険から身を守ることができると信じられていました。
心臓スカラベと呼ばれる護符には『死者の書』第30章の呪文が刻まれ、古代エジプト人はこの呪文を唱えることで、死後の世界に向かう審判を受ける際に、心臓が生前の悪い行いを漏らさないようにすると信じていました。
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左:ウジャトの眼形護符、右:心臓スカラベと心臓型護符

飢饉や疫病などが多発し、現在よりも生きることが厳しかった古代社会。神々の恩寵を得ることは、重要な意味を持っていました。古代エジプトでは八百万の神々が信じられており、神々は様々な姿で表現されました。会場では神官たちが仕えた古代エジプトの神々の像などが展示されています。
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左:ホルス神に授乳するイシス女神像
中央:オシリス神像
右:イシス女神、ホルス神

3 ペンアメンネブネスウトタウイ
下エジプト(北部エジプト)に暮らしていたとされるペンアメンネブネスウトタウイは、バステト神などを祀った神殿に仕える神官でした。彼のミイラには、ミイラ作りにおいて通常取り除かれることの多い脳が残されており、棺の様式やミイラ製作の技術からテーベに埋葬されたと推定されています。

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ペンアメンネブネスウトタウイのミイラ、内棺(蓋・本体) 

このコーナーでは、古代エジプトの医学、古代エジプトの食べ物についての展示があり、当時の医療への考え方や食生活を知ることができます。

下の画像の上段は、神々のための食べ物が描かれたレリーフ。下段一番左は円形のパン。このパンは円形の模様で装飾されていて、死者への供物として焼かれたと考えられています。料理人の手の痕があるパンや虫害のあるパンなど、珍しい展示もあります。
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このワイン壺は、ネジェメトという女性の副葬品で、本来は少なくとも4点の壺で構成されたセットでした。ワインは、当時から饗宴や祝祭の際に好まれた贅沢な飲み物でした。
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ネジェメトのワイン壺

画像左は、ペンアメンネブネスウトタウイが生きていた時代の典型的な神官の姿。画像右は、猫の青銅製像と護符。写実的な動物表現が見られることから、人々は昔から動物を熱心に観察していたことがわかります。ほかにも動物をモチーフにした展示がたくさんあるので、家族連れでも楽しめるかもしれませんね。
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4 タケネメト 
タケネメトは今回の展覧会では唯一の女性のミイラ。裕福な家の既婚女性であることがわかっています。そのミイラは3層に入れ子状になった棺の中に納められていました。
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タケネメトのミイラ、内棺(蓋・本体)

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蓋の後ろにはかわいい牛が描かれています。

タケネメトの展示コーナーには、古代エジプトの女性の身づくろいや、彼女たちが奏でた音楽に関する品などが展示されています。装身具、化粧道具、楽器などの品から、当時の女性たちの生活の様子が伝わってきます。

タケネメトは内棺と外棺の両方においてシストルムを持つ姿で描かれています。シストルムは神殿祭祀でよく演奏されたとされる楽器のこと。下の画像左上に展示されているのがシストルム。
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下の画像左上は弓形のハープ。しばしば古代エジプトの墓の壁画や神殿のレリーフに描かれました。女性リュート奏者の形をした容器、音楽を象徴する神々の像の展示などもあります。
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女性の副葬品には、化粧品や香油、香水が含まれていることが多く、来世の生活においても化粧と装身が必要とされていたことがわかります。
会場ではアイライナーとして使われていたコホルの壺や、化粧箱なども展示。コホル塗るための棒は柄の部分が小さな手の形をしています。
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化粧用具と化粧品の容器

ここでは腕輪、耳飾り、指輪などが展示されています。多くの指輪は、呪術的、保護的な意味で使用されました。画像一番左のニムロト王子の腕輪2点は、細かな装飾が施され、精密で華麗なエジプト工芸の粋が楽しめる作品です。単眼鏡があれば、ぜひじっくりご覧ください。
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5 ハワラの子ども  
本展ではエジプトがギリシャやローマに支配されたグレコ・ローマン時代(前332〜後395年)の子どもと若い男性のミイラも展示されています。
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古代エジプトでは子どもの遺体がミイラにされることはほとんどありませんでしたが、ギリシャとローマの支配者がエジプを統治したグレコ・ローマン時代(前332~後395年)になるとその習慣は増加したようで、多くの例がエジプト北部ハワラの墓地遺跡から発掘されています。
展示されているミイラの死亡時の年齢は3~5歳で、頭部には、大きな目に短い前髪と長い襟足をもつ幼い男の子の肖像画が繊細に描かれています。
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CTスキャンから、遺体を保護する布が幾重にも巻き付けられ、遺体を守るように翼を広げたイシス女神やネフティス女神が描かれていると判明。若くして亡くなったこの少年の丁寧なミイラ化は、ミイラ職人が彼の体を保存するために取った配慮を表しています。

このコーナーでは、古代エジプトの古代エジプトの家族の暮らし、子どもの生と死に関わる品を展示。
父、母、子どもからなる理想的な家族構成は神の世界にも反映され、神々はしばしばオシリス神、イシス女神と彼らの子どもホルス神といった三柱神として表されました。
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イチュウとヘヌウトウェレト、 その息子の像

神話においてエジプトを支配していたとされるオシリス神が弟のセト神に殺された後、オシリスの息子ホルスはセトと王位を争います。子どもだったホルスは母のイシス女神によって守られ、勝利します。この逆境に対する勝利は、すべての子どもたちを呪術的に保護する力をもたらすと考えられました。
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左:翼のあるイシス女神とホルス神の像
右:膝にホルス神を乗せたイシス女神のファイアンス製像

幼い子どもの埋葬には襟飾りなど多くの装飾品や護符が発見されています。
魚の形をした護符は、子ども、特に少女が身に着けるものでした。古代エジプトでは、魚は再生を象徴し、身に着けた人の再生を促すと信じられていました。
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他の展覧会ではなかなか目にしない子どもの玩具や装身具もあります。
下の画像左上の車輪がついた馬の玩具は、馬のたてがみ、鞍、馬を縛るバンドが描かれた精巧なもの。ほかにも尻尾が動く仕掛けになっているネズミの玩具、木製ゲーム盤などもあって、当時の職人さんの企画力、技術力に驚きました。
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6 金のマスクの青年  
ローマに支配されたグレコ・ローマン時代でも、ミイラ作りは慣習的に継続されましたが、その技術や様式には変化が見られます。特にミイラの外見がより重視されるようになります。
このミイラは若い男性で、ギリシア支配時代(プトレマイオス朝時代)あるいはローマ支配時代初期の人物と考えられますが、個人についての情報は判明していません。CTスキャン画像から脳の摘出に使われた木製の道具の一部が頭蓋骨の中に残された状態であることが判明しました。
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このミイラにはエジプトの伝統的なマスクがあしらわれていますが、グレコ・ローマン時代には、次第にギリシャ・ローマの美術表現の影響が見られるようになります。このコーナーでは、こうした古代エジプトの伝統文化の変貌を見ることができます。

中央にアヌビス神、四隅にはバーが配されたこの棺の模型は、ミイラを入れるものではありませんが、実物大の棺と同様に複雑な装飾が施されています。
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バーが配された棺の模型

埋葬におけるマスクは、プトレマイオス朝時代からローマ支配時代にかけても使用され続けました。金が施されたマスクは、黄金の顔をもつエジプトの神々に変身した死者を表しています。
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プトレマイオス朝の末期に近づくにつれ、マスクの代わりに写実的な肖像画を描くようになります。
下の肖像画は、画像処理技術を駆使して、ミイラ肖像画を科学的に解析し復元したもの。当時の絵師は多種多様な画材や絵筆を使用し、男性の肖像画では白髪まで描かれています。
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女性と男性のミイラ肖像画。肖像画に描かれた装身具とよく似た耳飾り、腕輪などがあわせて展示されています。

ローマ支配時代には、漆喰のマスクがカルトナージュのマスクや木製の肖像画の代わりとなりました。
下の画像は紀元後100年前後頃のマスクですが、驚くほど写実的に表現されています。
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女性と若い男性のミイラマスク

後半には、本展監修者で金沢大学新学術創成研究機構の河合望教授を隊長とする日本エジプト合同・北サッカラ調査隊が、2019年にサッカラ遺跡で発見し、現在でも調査が続いているローマ支配時代のカタコンベ(地下集団墓地)の内部の様子を、実寸大の部分模型で再現したものを見ることもできます。
かなり細かい発掘物まで配置するなど、こだわって再現されており、実際の発掘現場の様子を実感できます。

日本の古代エジプト研究の歩みを紹介する第2会場。※第2会場の展示は、すべて国立科学博物館蔵
ここでは、国立科学博物館が所蔵している「猫のミイラ」が初公開。これは、阿波・徳島藩の18代当主である蜂須賀正氏氏がエジプトで入手し、国立科学博物館に寄贈したものです。
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ミイラ作成当時の匂いを再現したものを嗅ぐことができるコーナーもあります。ミイラとはどういう匂いであったのか?ぜひ実際に嗅いでみてください。
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「古代エジプト文明と日本人」というテーマで、日本人がどのように古代エジプト文明に関心を持ち、調査・研究を続けてきたのかという内容の展示もあります。

第2会場を抜けた先にある会場特設ショップでは、「古代エジプト」をテーマに制作したオリジナルグッズが多数販売。英国のカカオライフスタイルブランド「ホテルショコラ」のスペシャルコラボレーションチョコレートも、本展オリジナルパッケージで会場限定発売中です!
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カラー図版が豊富な図録は、豊富なCTスキャン画像や監修者エッセイも多数収載。大英博物館ミイラ展をより楽しめる充実の一冊です。骨格CTスキャン画像付きカバー版は会場限定販売です!
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ピラミディオンの大麦ポン菓子(1,080円)、ネコ‍型抜きマグネット(各770円 全6種)、ポストシルクスクリーンポストカード(各200円 多種)なども揃っています。ぜひ会場特設ショップでゲットしてくださいね!

最新の科学技術を駆使して、外側からはうかがい知ることのできないミイラの謎を解き明かす本展。しかし見どころはミイラだけではありません。洗練された造形センスと技巧を凝らした精巧な工芸品の数々は、古代エジプト考古学に関心のある方はもちろん、アートに関心のある方なら見応えたっぷりの展示内容になっています。
時空を超えて旅した気分が味わえる、これまでにない画期的かつユニークな展覧会。
「6つの物語」をぜひ会場でお楽しみください。

◆特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」展覧会公式サイト
会期:2021年10月14日〜2022年1月12日
会場:国立科学博物館
住所:東京都台東区上野公園7-20
開館時間:9:00〜17:00(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:月(12月27日、1月3日、10日は開館)、12月28日〜2022年1月1日
料金:一般 2100円 / 小中高生 600円
※事前に公式チケットサイトから日時指定予約が必要 チケット情報