展覧会「学者の愛したコレクション ―ピーター・モースと楢﨑宗重―」が、すみだ北斎美術館にて12月5日(日)まで開催中です。
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本展では、北斎の研究者であり、世界有数の北斎作品コレクターでもあったピーター・モースと、葛飾派作品をはじめ貴重で多種多様な資料を収集した浮世絵研究の第一人者・楢﨑宗重の珠玉の名品約140点を展示。

ピーター・モースコレクションから、江戸時代の風俗、流行がうかがえる作品、楢﨑宗重コレクションから江戸から昭和期にかけて特に人気の高かった絵師、画家の作品などを厳選して展示。各々の作品に対するこだわりや、研究業績についても紹介しています。peter_narasaki_A4_o_ol_22-1

展覧会は2章で構成されています。※出品作品はすべてすみだ北斎美術館所蔵品
第1 章 ピーター・モースコレクション
ピーター・モース(1935-93)は、北斎の研究者であり、北斎作品の収集家でした。北斎作品や研究資料など総数約600点に及ぶピーター・モースコレクションは、欧米における北斎の個人収集としては最高・最大の内容といわれており、研究者の眼で収集された希少価値の高い作品が多く含まれています。この章ではピーター・モースコレクションから前後期含めて95点の作品が展示されています。

モースコレクションの中には寺社参詣、行楽など、外で楽しむ人々の様子がうかがえる作品が多くみられます。特に、天明 (1781-89) から文化年間(1804-18)のものが多く、この時期に野外での活動が流行していたことが読み取れます。下は寺社参詣を描いた作品。
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右:葛飾北斎「目黒不動尊詣」(前期) 
左:葛飾北斎 「亀井戸開帳」(前期) 

江戸時代、東海道をはじめとする街道が整備され、庶民が遠方に行きやすくなりました。モー ス氏は小判錦絵も多く収集していますが、コレ クションの小判錦絵には、東海道の旅の様子を描いた作品が豊富に揃っています。
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葛飾北斎「東海道五十三次絵尽」※頁替えあり

日本橋に「ふりだし」と書かれており、双六を意識して作成されたものと考えられる作品。
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葛飾北斎 「東海道 彩色摺 五拾三次 日本橋 ふりだし しな川 川さき」(前期) 

保存状態が極めて良いことから、モース氏が最も大切にしたとみられる北斎の「新板浮絵」シリーズの一つ。浮絵とは遠近法を利用した形式のこと。花見の人々の賑わいを細かな風俗描写とともに描いた本作は、遠近法によって奥行きを強調した、浮絵ならではの立体感のある描写が特徴です。
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葛飾北斎 「新板浮絵八ッ山花盛群集之図」(前期) 

モース氏は質の良い作品や希少な北斎作品を収集していました。
下は川面の波に凹凸だけで表す空摺(からずり)が使われた作品です。
空摺は後摺(あとずり)では省略されることの多い手の混んだ技法です。空摺が鮮明に見える本作は、初摺か初摺に極めて近い稀少性の高い逸品といえます。
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葛飾北斎「冨嶽三十六景 武州玉川」(前期)

北斎は70歳代後半に、「冨嶽三十六景」、「諸国瀧廻り」、「千絵の海」といった風景版画の名作を次々に発表しました。同時期に発表された「諸国名橋奇覧」は、日本全国の珍しい橋をモチーフとした全11図からなる名所絵揃物で、モースコレクションの中にはこのシリーズも含まれています。
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葛飾北斎 「諸国名橋奇覧 かうつけ佐野ふなはしの古づ」(前期) 

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左:葛飾北斎 「勝景雪月花 山城四条の月」(前期) 
右:葛飾北斎 「雪月花 隅田」(前期) 

また、モースコレクション中には、当時の人々の普段の生活の中での楽しみを描いた作品も多くあります。下は盆踊りに興じる人々を描いたもの。
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葛飾北斎 「盆踊」(前期) 

江戸時代中期以降、歌舞伎や浄瑠璃などの芸能が大流行しました。モースコレクションの中にも芸能を題材に描かれた作品が多数みられます。下は北斎が「勝川春朗」を名乗っていた習作の時期の役者絵です。
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葛飾北斎 「三代目瀬川菊之丞 鬼王女ほう月さよ」(前期) 

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葛飾北斎「仮名手本忠臣蔵 十一段目」(前期) 江戸時代大ヒットした歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」 11段目の討ち入りの場面を描いたもの。忠臣蔵は北斎ゆかりの画題でもあります。

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会場風景 葛飾北斎『一筆画譜』※頁替えあり など 
踊りの指南書や、一筆書きの指南書として描いた画集も展示されています。

モース氏は、北斎の百人一首や版本など、文学に関する作品についても研究していました。北斎は読本やお伽草子、伝説等の物語、また狂歌や和歌、言葉遊びなど文学的な題材の作品も多く描いていますが、そうした作品も収集しています。
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葛飾北斎「百物語 しうねん」(前期)  百物語とは江戸時代に流行した怪談を語り合う遊びのこと。

「百人一首乳母かゑとき」は百人一首の和歌の意味を絵で説明するという趣旨のシリーズで、色板を何回も重ねて、色とりどりの風景が摺り描かれています。北斎の大判錦絵のシリーズの中で最後に制作されたもので、現在27図が確認されています。
《猿丸太夫》は、秋の夕暮れの風景が描かれ、手前を横切る女性が指さす先に、鹿がシルエットで表現されており、こうした構図の工夫などから、モース氏は著書『Hokusai:One Hundred Poets』で「この作品は多くの点から見てまったく完璧な絵である。」と評しています。保存状態がとてもよく、色彩の美しさも楽しめる作品です。
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葛飾北斎「百人一首乳母かゑとき 猿丸太夫」(前期)

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会場風景 葛飾北斎 『絵本和漢誉』など

第2章 楢﨑宗重コレクション
楢﨑宗重(1904-2001)は、昭和から平成にかけて活動した美術史家です。国際浮世絵学会の前身である日本浮世絵協会(第二次・第三次)を設立、会長などをつとめました。また北斎研究の分野でも活躍、浮世絵を美術史の中で学問的に位置づけることに尽力しました。楢﨑氏のコレクションは、日本美術を中心に、中国美術、近世絵画・版画、近代絵画など多岐にわたり、美術史研究上、貴重な美術資料・歴史資料を含んでいます。

この章では、「葛飾派の絵師」、「他派の絵師たち」、「水野家資料」の区分により、楢﨑コレクション作品の中から北斎をはじめさまざまな絵師、時代、形態のものを紹介。一部の作品では楢﨑氏の作品解説もあわせて紹介されています。
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イルマ・E・グラブ ホーン 「楢﨑宗重肖像画」

まず、楢﨑氏が研究のために収集した北斎と門人たちによる貴重な作品が展示。
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右から: 葛飾北斎「春興五十三駄之内 由井」(前期)
葛飾北斎 「北斎翁道之志遠里 箱根」(前期)
柳川重信 「北斎翁道之志遠里 六江渡」(前期)

楢﨑氏は『北斎論』の中で、『東遊』大本1冊は、北斎の面目躍如たる傑出の作であると述べています。
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葛飾北斎 『東遊』

蹄斎北馬(ていさいほくば)は、北斎の門人の中でも優れた浮世絵師として知られ、北斎の画法を継承しながら独自の画風を確立、文政年間からは肉筆画に注力し、美人画を多く残した浮世絵師です。本作は、夕立に見舞われる峠の茶屋の様子が描かれた肉筆画。茶屋でくつろぐ人や、商いをする人々、雨宿りする人など様々な江戸の風俗が詳細に描き込まれています。墨田区指定有形文化財にも指定されている名品。
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蹄斎北馬「夕立図」(前期) 

楢﨑コレクションには、幅広い時代の様々な絵師による 作品が揃っています。本展では、楢﨑氏が収集した葛飾派以外の絵師による多彩な作品も大きな見どころです。
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溪斎英泉「大文字屋内 本津江」(前期) 

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左:河鍋暁斎『暁斎画談』、右:河鍋暁斎 『暁斎漫画』初編 ※頁替えあり

新版画とは、大正から昭和時代に制作された木版画のこと。新版画の代表的な版画家である川瀬巴水の作品も今回展示されています。巴水と生前から交流があった楢﨑氏は、巴水に取材を重ねて論考を発表するなど、早くから巴水の版画芸術の評価を試みました。《雪の寺》は、雪がしんしんと降り続いている中、寺の門前を歩く人々を描いた、巴水らしい抒情性豊かな作品です。
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右:小林清親 「両国雪中」(前期) 
左:川瀬巴水「雪の寺」(前期) 

西洋の油彩画を意識して描かれた長沢蘆雪の作品「洋風母子犬図」も後期に展示される予定です。

水野家資料は、三河国田原藩十四代藩主の息女が、紀州新宮藩知事水野家に嫁いだ際に同家に伝えた美術品と資料。楢﨑コレクション中の水野家資料からは、楢﨑氏が浮世絵や版画のみならず、油彩画や水彩画までも広く収集していたことがわかります。
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左:高橋由一 「三宅康直像」(通期)
右:高橋由一 「城のある風景」(前期) 

第3章 研究者・コレクターたち
この章では戦前に名高かった浮世絵収集家や研究者を「古今東西浮世絵数寄者総番附」から紹介。浮世絵を愛し、研究を行った学者たちや、作品を収集し、大切に保存し続けたコレクターたちによって多くの浮世絵が守られてきたことを改めて実感します。モースと楢﨑氏の名前もあるので、探してみてください。
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金子孚水「古今東西浮世絵数寄者総番附」

今回会場では、モース氏の言葉も紹介されています。『「なぜ北斎版画を集めるのですか?日本語も話せないのに」「偉大な芸術は、言葉がなくても伝わる」 ピーター・モース「私が北斎を収集する理由」』という言葉が印象に残りました。国境や時代を超えて、人々の心をとらえ愛されてきた北斎作品の魅力がよくわかる言葉です。
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北斎の研究者ピーター・モースと浮世絵研究者の楢﨑宗重、2人の学者が生涯をかけて収集、 研究した貴重なコレクションの数々、この機会にぜひご覧ください。


学者の愛したコレクション ―ピーター・モースと楢﨑宗重―  すみだ北斎美術館ホームページ
会期:2021年10月12日(火)~12月5日(日) ※前後期で一部展示替えあり
前期 10月12日(火)~11月7日(日)/後期 11月9日(火)~12月5日(日)
会場:すみだ北斎美術館
住所:東京都墨田区亀沢2-7-2
休館日:毎週月曜日
開館時間:9:30~17:30(入館は17:00まで)
料金:一般 1,000円、高校生・大学生 700円、65歳以上 700円、中学生 300円、障がい者 300円、小学生以下無料
※本展のチケットは、会期中観覧日当日に限り、AURORA(常設展示室)も観覧可能。
※団体での来館は、当面の間、受付不可。