四季折々の花鳥風月を、繊細なタッチと優美な彩色で表現した日本画家、渡辺省亭(せいてい)の展覧会「渡辺省亭-欧米を魅了した花鳥画-」が、東京藝術大学大学美術館(東京都台東区)で開催中です。
★「渡辺省亭」本チラシ

渡辺省亭の全画業を紹介する国内での大規模な作品展はこれが初めて。
明治11年、省亭はパリ万国博覧会を機に日本画家として初めてフランスに渡り、パリでは、ドガやマネなど印象派の画家とも交遊。ロンドンのギャラリーで個展が開催されるなど、グローバルに活躍した人物です。
省亭の花鳥画を描く技法と、芸術精神、美意識は、フランス美術界にも影響を与え、ジャポニスムの契機の一つとなり、日仏美術交流の黎明期に重要な足跡を残しました。
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東宮御所(現・迎賓館赤坂離宮) を飾る七宝額の原画を描くなど実力を認められながらも、中央画壇から離れ、市井の画家としての立場を貫いたため、没後はしだいに忘れられた存在となっていきました。
しかし近年、研究者や美術愛好家の間で再評価の機運が高まり、注目度が高まっています。 

本展は、省亭の代名詞である繊細・洒脱な花鳥画のほか、海外の美術館に所蔵されている傑作が日本へと初めて里帰りしています。
また全出品作品のうち、初公開作品の総数は40件!
世界中の省亭のバラエティーに富んだ作品をまとめて見ることができるとても貴重な機会です。

絵画でたどる省亭
まず歴史画家・菊池容斎の門下として出発した省亭の画業について、本展の出品作を交えてご紹介。
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明治11年、万博を契機にパリを訪れた省亭は、滞在中にその筆さばきでもって、ドガなど印象派画家を驚嘆させました。また、明治20年代にロンドンで開かれた展示会では、100点を超える省亭作品が販売されたと考えられています。本展では、そうした欧米の人びとを魅了した作品が初来日しています。
下の左の絵は、今アメリカ、マサチューセッツ州にあるクラーク美術館に保管されていて、本展のためにはじめて里帰りした作品です。
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左:渡辺省亭「鳥図(枝にとまる鳥)」クラーク美術館 
この絵には、「為ドガース君 省亭席画」とあり、印象派の画家エドガー・ドガの旧蔵品。パリ滞在中にドガのために描いたことが明らかとなっている貴重な作品です。

省亭が伊藤若冲による「動植綵絵」の「雪中鴛鴦図」を見ていたことを実証するのが、この「雪中鴛鴦之図」です。
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右:渡辺省亭「雪中鴛鴦之図」東京国立近代美術館(展示期間:3月27日(土)~4月25日(日))
若冲「動植綵絵」のうち《雪中鴛鴦図》とほぼ同じ構図。鳥の配置は微妙に異なり、省亭は厳冬下に身を寄せ合うオシドリを描いています。同じ画題を選び、構図を引用して若冲へのオマージュを示しながらも、単純な模写ではなく、そこに画家自身の視点を織り込んでいます。

省亭はのちに花鳥画で一世を風靡しますが、独特の品格漂う美人画は「省亭風」と呼ばれ、鏑木清方ら後代の日本画家にも影響を与えました。日本的な情緒のある、柔らかい人物表現が特徴です。
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渡辺省亭「四季江戸名所」個人蔵 
四季折々の江戸の風情を洗練された筆致で描いたこの作品は、春は上野の桜、夏は不忍池、秋は滝野川、冬は隅田堤を描いたもの。いずれも生涯浅草周辺で暮らした省亭にとって身近な場所でした。

今回初公開となる《七美人之図》。これまでまったく知られなかった、新出の美人画の大作です。中国三国時代、竹林に集い哲学談議を行った7人の思想家「竹林の七賢」を題材に、花魁(おいらん)、禿(かむろ)、芸者、遊女、武家の娘や女房など、異なる境遇、異なる世代の七人の女性を描いた作品。黒を強調するため、頭髪には漆が使われているそうです。
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左:渡辺省亭「七美人之図」クラウス・F・ナウマンコレクション
右:渡辺省亭「石山寺」個人蔵(展示期間:3月27日(土)~4月25日(日)) 

滝、雲、月 などを独特の感性で表現した作品も展示されています。
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渡辺省亭「雪月花」個人蔵
写真ではわかりにくいかもしれませんが、この作品は右幅に春雨に散る桜の花びらを、左幅には月とはらはらと舞い落ちる雪を描いています。ここでは自然や風物を叙情豊かに描く省亭特有の絵画世界を見ることができます。

省亭は明治30年代以降は、美術展覧会、美術団体や公設展とは距離を置いて、市井の画家として独自の活動を行なうようになりました。
省亭の人気はしだいに高まりますが、弟子はとらず、ひとり注文に応じての制作を亡くなる直前まで続けました。

繊細・洒脱な花鳥画の世界
省亭の優れたデッサン力と描写力は当時の日本画界でも群を抜いており、明治20年代には伝統と洋風を融合した独自の画風を確立しました。
花鳥画に関しては、省亭は師の菊池容斎からは円山四条派の画風を、また起立工商会社に雇われて輸出工芸品の図案制作に従事した時期には、江戸琳派の作風を学んだといわれています。

明治10年(1877)の第一回内国勧業博覧会に 大作《群鳩浴水盤ノ図》を出品し、その作品は翌年のパリ万国博覧会にも出品されました。この作品は本展には出品されていませんが、会場には写真パネル(写真右)が展示されています。
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省亭は、江戸時代までの伝統とは大きく異なる斬新な花鳥画の世界を切り拓いたことで、美術史上きわめて重要な存在です。とくに欧米での評価は高く、メトロポリタン美術館、フリーア美術館、大英博物館など、海外の名だたる美術館が省亭の作品をコレクションしています。
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渡辺省亭「花鳥魚鰕画冊」メトロポリタン美術館 アメリカ
アメリカの実業家の依頼による作品で日本初公開!小さな画面の中に鳥や魚たちが躍動しています。

3階の展示会場では、これが省亭だ!と思わせるような、省亭の花鳥画ワールドが楽しめます。ここは展示空間を贅沢に使い、「床の間」にかけて鑑賞するようなイメージで設計されたそうです。
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3階展示風景

まず、近代的な写実性を備えつつも愛らしく描かれた、省亭特有の花鳥画といえるような作品からご紹介。
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渡辺省亭「春野鳩之図」加島美術 東京
省亭の描く鳥を含む動物たちを見ていて気がつくのは、精緻な表現はもちろんのこと生き生きとした動物たちの表情。この作品は鳩がなんとなくにっこり微笑んでいるようにも見えます。

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渡辺省亭「牡丹に蝶の図」個人蔵
中央に咲き誇る大きな牡丹が華やかに描かれ、白い花の蜜を吸うクロアゲハが画面の中央でアクセントになっていますね。画面の左をよく見ると、雄しべがひらひらと散っている様子が描かれており、一枚の静止画に時間的な動きを取り入れた省亭の感性が光ります。

同じく牡丹を描いた作品ですが、こちらは既に枯れかけた花を描いており、花びらが散った様子を雀がじっと見つめる姿が印象的。
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渡辺省亭「牡丹之図」個人蔵

愛らしい動物画もあります。海外での評価も高く、明治 29 年(1896) イギリスの美術雑誌『ステューディオ』では動物画の名手と紹介されています。
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渡辺省亭「葡萄に鼠図」個人蔵(展示期間:3月27日(土)~4月25日(日))  
葡萄の房を入れた竹籠、お手玉、糸巻き、その上で前足を糸にからめて一粒の葡萄をねらう鼠。鼠の指先まで驚くべき正確さで克明に描写されています。籠の網目の隙間からほんのわずか目と耳が見られるもう一匹の鼠がわかりますか? 
省亭の花鳥画は細かく見るほど新たな発見があったりするのが楽しいですね。

手前は兎を描いた作品。目や耳の描き方がとても精緻で、毛並みも兎のもふもふ感がよく描けています。
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渡辺省亭「萩にうさぎの図」個人蔵(展示期間:3月27日(土)~4月25日(日)) 
他にも虎や猿、鶏など、可愛い動物の作品が楽しめます。

七宝焼に花開く省亭の原画
本展では迎賓館赤坂離宮の花鳥の間を省亭の原画で再現したコーナーがあります。
無線七宝で近代日本工芸史に多大な功績を残し、帝室技芸員となった濤川惣助が、七宝改良のために渡辺省亭と協働作業を開始したのは、省亭がパリから帰国してまもなくの頃です。
明治42年(1909)に完成した東宮御所(現・迎 賓館赤坂離宮)の造営に際しては、省亭の原画、濤川による七宝額が「花鳥の間」、「小宴の間」を飾りました。これが二人の共作による代表作品となります。
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焼成前に金属線を取り除いてぼかしを表現し、多くの釉薬を使って複雑な色合いを実現した濤川の無線七宝は、数々の万国博覧会に出品され 海外でも高く評価されました。その魅力を最大限に引き出した のが、省亭の原画でした。
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渡辺省亭「迎賓館赤坂離宮 七宝額原画」東京国立博物館
※写真は全て前期作品。後期も全30図のうち、5点の七宝額原画を展示予定。

明治22年のパリ万国博覧会、明治26年のシカゴ・コロンブス世界博覧会、明治33年のパリ万国博覧会、明治43年の日英博覧会に出品された濤川の七宝額の原画も、いずれも省亭によるものだったと最近知られるようになりました。
3階には、大きな花瓶も飾られています。どの角度から見ても絵になる構図は省亭ならでは。
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右:「七宝四季花卉花瓶」渡边省亭原画 濤川惣助作 静嘉堂文庫美術館 東京

ほかにも省亭(一部推定)が原画を描いた二人の共作による工芸作品が楽しめます。
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明治出版界での活躍
伝統木版技術による出版が、印刷技術の革新や写真の普及によって劇的に変化を遂げた明治時代中期、柴田是真に私淑する省亭は、木版にこだわりを持っていました。
国内では、自ら編集して多色摺木版による雑誌『美術世界』を発行。この美しい本は外国人にも人気を博し、多く輸出されていたそうです。
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「美術世界」 春陽堂刊行 

省亭自身の木版摺作品集としては、『省亭花鳥画譜』などがあります。
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「省亭花鳥画譜」大倉書店刊 個人蔵/東京藝術大学附属図書館
「省亭花鳥画譜」三之巻原画 萩原司氏蔵 埼玉
『省亭花鳥画譜』は、省亭にとっては初めての多色摺木版画譜。掲載されたモティーフはその後の肉筆画にもしばしば見ることができます。

小説の挿絵・口絵などの仕事としては、当時流行の作家たちの作品、新興の文芸雑誌などで主に活躍。
なかでも山田美妙著『蝴蝶』の挿絵は、当時美術として市民権を得ていなかった裸婦を描いたことで注目されました。
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これまで紹介したのは前期展示の作品ですが、本展は一部展示替えがあります。後期には、四季折々の花鳥を12幅の連作にまとめた代表作《十二ヶ月花鳥図》も展示されます。お楽しみに!詳細は作品リストでご確認ください。

本展では、海外から初来日の作品、これまで知られていなかった個人蔵の作品など、貴重な作品がずらり揃っています。
日本的な情緒と西洋的な写実がみごとに融合した巨匠「渡辺省亭」の魅力をこの機会にぜひ会場でご覧ください。
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1階ミュージアムショップ。出展作品を全て掲載した展覧会公式ガイドブックも販売中(発行:小学館2,600円、税込)

展覧会概要 展覧会公式サイト
「渡辺省亭─欧米を魅了した花鳥画─」
会期:2021年3月27日(土)〜5月23日(日)
 前期:3月27日(土)~4月25日(日)
 後期:4月27日(火)~5月23日(日)
会場:東京藝術大学大学美術館 
住所:東京都台東区上野公園12-8
休館日:月曜日(5月3日(月・祝)は開館)
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
観覧料:一般 1,700円、高校・大学生 1,200円、中学生以下 無料 ※いずれも税込
※本展は事前予約制ではないが、今後の状況により変更及び入場制限等を実施する可能性あり。最新の状況はウェブサイトを参照。

会場内の写真は主催者の許可を得て撮影