すみだ北斎美術館では 4 月 4 日(日)まで「筆魂 線の引力・色の魔力―又兵衛から北斎・国芳まで―」展が開催中です。
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江戸時代の浮世絵というと、錦絵や版本といった木版画の展示が多く、「この作品見たことがある・・。」というケースが多いのですが、今回の展示は違います。「肉筆画」のみが展示というとても贅沢な展覧会です!

肉筆画の浮世絵とは、筆で直接紙や絹に描かれた浮世絵作品の総称。浮世絵版画よりも歴史は古く、量産される錦絵の版画と違い、浮世絵師が絹本・紙本に直接描く一点物です。複雑で奥深い彩色技法で描かれている事と、版画のように彫師や摺師が制作にかかわらず、絵師だけによって描かれるため、描き手の筆づかい、線の引力、色の魔力を直接感じることができます。
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会場風景

本展では、浮世絵の先駆とされる岩佐又兵衛をはじめ、浮世絵の始祖である菱川師宣、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川国芳などの60 人に及ぶ浮世絵師の肉筆画約 125 点が紹介されています。特に北斎は浮世絵師の中でも肉筆画の制作数が大変多く、さまざまな画法を吸収し、和漢の古典伝説や動植物、神仏など非常に幅広い画題を手がけました。
本展では、新発見、再発見、初公開作品も多数展示され、肉筆画の魅力を堪能できます。
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では、浮世絵の源流である肉筆画を通して、300 年に及ぶ浮世絵の歴史をたどってみましょう。
本展は構成は以下のとおり。
1章 浮世絵の黎明から 18 世紀前期まで
2章 浮世絵の繁栄
3章 幕末を彩る両袖 葛飾派と歌川派

「1章 浮世絵の黎明から 18 世紀前期まで」~岩佐又兵衛・菱川師宣~
第1章では、浮世絵の黎明期から18世紀前期までにフォーカス。

会場に入ってすぐ目に入るのは、本展で注目の絵師のひとり岩佐又兵衛の作品。岩佐又兵衛は、大河ドラマ麒麟がくるにも登場した荒木村重の子。数奇な運命をたどり絵師として活躍した人物です。前期では重要文化財「弄玉仙図」が展示されています。
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右:岩佐又兵衛 「弄玉仙図(旧 金谷屏風)」17世紀前半 摘水軒記念文化振興財団 千葉市美術館寄託
この作品は福井の豪商・金屋家に伝わった「金谷屏風」の一部で、元は六曲一双の屏風でしたが、現在は掛軸となって分蔵されています。
「弄玉仙図」は、桐木のもとで簫(しょう)をふく弄玉(ろうぎょく)を描いたもの。墨の線と濃淡によって描かれた力強い衣や繊細な鳳凰の描写を見ることができます。ほかにも岩佐又兵衛の肉筆画作品が前期では2点並んでいます。
後期には重要美術品「龐居士図」が展示される予定です。

続いて浮世絵の始祖といわれる菱川師宣の作品を紹介。師宣は肉筆画・版本・版画の市場において活躍し、その美人画様式は菱川様といわれ人気を博しました。

右の「二美人と若衆図 」の人物の顔の描写からは天和年間(1681-1684)を中心とした師宣最盛期のスタイルが見てとれ、夏物の衣装の質感や柄が丹念に表現されています。
弟子と推定されている菱川師平の作品も並んでいます。
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右:菱川師宣 「二美人と若衆図 」天和年間 個人蔵 福井県立美術館寄託
左:菱川師平 「髪結い図 」元禄年間  個人蔵

【初公開】ほかにも名所や庶民生活を描いた近世初期風俗図、美人図が並んでいます。下の2作品はいずれも初公開。
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右:懐月堂安度「やじろべえをもつ立美人図」  宝永~正徳年間 個人蔵
左:懐月堂安度 「草摺引 曽我物語」  宝永~正徳年間 (1704-16) 個人蔵

「2章 浮世絵の繁栄」~勝川春章・喜多川歌麿・東洲斎写楽~
第2章では、浮世絵の繁栄をテーマに、勝川春章や喜多川歌麿、東洲斎写楽らの肉筆画を紹介。浮世絵最盛期の絵師たちによる表現を見ることができます。

左は、歌麿の寛政年間の代表作のひとつ「夏姿美人図」。夏の装いの女性が化粧をする様子が描かれています。黒い夏物の着物に緑の帯を合わせ、当時の女性の着こなしなども知ることができます。
右は、雪で兎を作る少女と、赤子を抱く母親らしき女性を情緒豊かに描いた優品「雪兎図」。右下の雪兎、かわいいですね。
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右:喜多川歌麿 「雪兎図 」寛政後期頃 個人蔵
左:喜多川歌麿「夏姿美人図 」寛政年間 遠山記念館

人気歌舞伎役者の舞台の1場面を描いたと思われる東洲斎写楽の作品。肉筆画の少ない写楽の貴重な作品です。
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東洲斎写楽「岩井喜代太郎・中村助五郎・坂東彦三郎図」 寛政6年(1794)頃 摘水軒記念文化振興財団 千葉市美術館寄託

【新発見】上方風俗画の第一人者として活躍した西川祐信は京都の絵師。18世紀前半の美人画を牽引した彼の新発見の作品も展示されています。
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西川祐信 「美人生花の図」 享保~元文年間 個人蔵
西川祐信 「野道別れの図 」 享保~元文年間 個人蔵 福井県立美術館寄託

全長23ḿを超える大作。日本橋から京までの旅の景色、各地の名物などが描かれています。一筆斎文調のこの作品は昭和42年に誌面で全図が紹介されて以降、紹介が途絶えていましたが、再発見され今回公開されました。
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一筆斎文調「東海道画帖」 明和~安永年間 個人蔵

【再発見】月斎峨眉丸は、鳥文斎栄之に私淑していたと伝わり、栄之風の美人画を多く残しています。
この作品は50年ぶりの再発見により、左右の幅が再会を果たしました。なお左幅は絵の周りの裂地のデザインも凝っているのでチェックしてみてください。
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月斎峨眉丸「品川月下美人図」文化年間 個人蔵

「3章 幕末を彩る両袖 葛飾派と歌川派」~葛飾北斎・歌川国芳~
第3章では、葛飾北斎と歌川国芳を中心に、幕末に活躍した絵師が紹介されています。

【初公開】「合鏡美人図」
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葛飾北斎 「合鏡美人図 」文化末期 ~文政初期頃  個人蔵
2つの鏡を両手で合わせ鏡にして、髷の具合を確かめる後ろ姿の美人が描かれた作品です。実物の公開は本展が初めて。

晩年の北斎が数多く手掛けた龍の肉筆画のひとつ「登龍図」
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葛飾北斎 「登龍図」弘化3年(1846) 個人蔵
今にも画面から飛び出すような迫力ある龍。体には胡粉によるハイライトや墨の濃淡がほどこされ、とても立体感のある龍に仕上がっています。

北斎の肉筆の山水画もあります。木こりを中幅に配し、左右幅には春秋の景色が情緒豊かに表現されています。風景の中の人々の様子や鳥の動きなども精緻に描いた名品です。
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葛飾北斎 「杣人春秋山水図」 文化中期 福井県立美術館

そして最後に本展出品作品の中でも特に注目の作品をご紹介します。
【新発見】北斎とほかの絵師の意外な交流関係を示す「青楼美人繁昌図 」 
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葛飾北斎、勝川春英、 歌川豊国、勝川春扇、 勝川春周、勝川春好 「青楼美人繁昌図」 文化中期頃 個人蔵
新聞などでも紹介されたので、ご存じの方もいるかもしれません。
北斎が、勝川春好、勝川春英など 4 名の勝川派絵師たち、そして歌川豊国とともに遊郭の女性たちと太鼓持ちを描いた作品です。
絵師のラインナップからは、勝川派を飛び出した北斎と、不仲説が伝えられる勝川春章門下の兄弟子・春好との交流があったことがわかります。またライバルとしてよく取り上げられる歌川派の総帥で役者絵の人気絵師・歌川豊国もいて、北斎の意外な交流関係がうかがえる貴重な作品です。

【新発見】歌川豊国「三代目中村歌右衛門の九変化図屏風」
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歌川豊国「三代目中村歌右衛門の九変化図屏風」文化12年(1815)頃  個人蔵
三代目中村歌右衛門による「変化舞踊」の様子が8面に渡って描かれた屏風です。右から3 扇目は 2 種の舞踏が描かれているので、合計 9 種の役を描いています。衣などの精緻な彩色、構図やモチーフの巧みさなど、豊国肉筆画の魅力が存分に味わえる作品です。

後期には、長く行方不明で、近年再発見された、喜多川歌麿「隈取する童子と美人図」が展示される予定。こちらも必見です!

今回ご紹介したのは前期展示の作品ですが、本展は前後期で、すべての作品が展示替えとなります(頁替含む)。前期は3月7日までなので会期にご注意ください。

公式図録もミュージアムショップで販売中。
本展の全作品が掲載されているほか、詳細な解説付きで、この1冊で肉筆画の歴史をたどることがきます。
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発行:青幻社 B5判 全232ページ 定価2,750円

絵師の手によって精緻に描かれた、濃密で、優美な肉筆浮世絵の世界が楽しめる展覧会。個人蔵の作品も多いため、今回見逃すと次回いつ見られるかわかりません。この貴重な機会をお見逃しなく。
そして絵師が筆に込めた魂=「筆魂」をぜひ会場で感じ取ってください。

展覧会「筆魂(ふでだましい) 線の引力・色の魔力─又兵衛から北斎・国芳まで─」
会期:2021年2月9日(火)~4月4日(日) 前後期で一部展示替えを実施予定
[前期 2月9日(火)~3月7日(日) / 後期 3月9日(火)~4月4日(日)]
会場:すみだ北斎美術館
住所:東京都墨田区亀沢2-7-2
休館日:月曜日
開館時間:9:30〜17:30(入館は17:00まで)
観覧料:一般 1,200円、高校生・大学生 900円、65歳以上 900円、中学生 400円、障がい者 400円、小学生以下 無料
※当面のあいだ、団体受付はなし
※中学生・高校生・大学生(高専、専門学校、専修学校生含む)は生徒手帳または学生証を要提示
※65歳以上は年齢を証明できるものを要提示
※身体障がい者手帳、愛の手帳、療育手帳、精神障がい者保健福祉手帳、被爆者健康手帳などの所持者およびその付添者1名までは、障がい者料金で観覧可(入館時に身体障がい者手帳などを要提示)
※上記料金で会期中観覧日当日に限り、AURORA(常設展示室)も観覧可
※来館の際は、美術館公式ホームページで最新の開館予定を確認のこと
※予告なく開館時間・展覧会開催などが変更となる場合あり
※来館時は、美術館公式ホームページにて最新情報を確認のこと

会場内の写真は主催者の許可を得て撮影しています。