東京・六本木にある泉屋博古館分館では、特別展「典雅と奇想 明末清初の中国名画展」が開催されています。この展覧会では、泉屋博古館のコレクションを中心に中国の明代末期~清代初期にかけての歴史の変動期に生きた画人たちの作品が紹介されています。中国美術に関心のある方にとっては、まさに夢のような展覧会!
11月2日に開催されたブロガー内覧会に参加しましたので、その様子をレポートします。
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17世紀半ばの明王朝崩壊と清王朝の成立をはさむ一世紀は、中国にとって動乱の時代。満州族が築いた清朝の支配にたいして、漢民族は抵抗もしくは恭順を迫られました。王朝交替という激動の時代は、画家たちにとっても大きな変化と混乱の時代でした。美術の中でも、これまでの伝統にとらわれない「絵画の変」ともいえる大きな変動が生じました。
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「明末清初の絵画」について、図録の中で板倉聖哲東京大学東洋文化研究所教授は、3つのキーワードを挙げています。
1「倣古」古と今をつなぐもの
2「新奇」現実と虚構をつなぐもの
3「我法」「揚州八怪」から近代へ
「揚州八怪」とは清の乾隆年間頃に揚州を中心に活躍した、個性的な画風で個人の創造性を発揮した文人画家たちのことです。
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内覧会当日の板倉聖哲東京大学東洋文化研究所教授のトークの内容も踏まえつつ、展覧会の構成に沿って作品をいくつか紹介します。
※会場内の写真は主催者の特別の許可を得て撮影したものです。
展示室風景
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Ⅰ<文人墨戯> 
文人画は本来士大夫の余技的なもので、書の筆遣いを生かし「人格」を投影しやすい墨戯がその中心でした。墨戯はのちの時代になるほど花卉雑画というジャンルが増えますが、明末清初の到来を告げたのが徐渭でした。
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右 1花卉雑画巻  徐渭 じょい 明・万暦3年 一巻 東京国立博物館(展示替あり) 
左 2花卉雑画巻  徐渭 じょい 明・万暦19年 一巻 泉屋博古館(展示替あり)
日本には非常に静謐で端正な墨使いの徐渭の作品が伝来しており、本作品はその一つです。
右のほうが最晩年の作品。一見さっと描いているようですが、竹の後に岩を描き、その際竹の輪郭はきちんと塗り残しています。その隣の牡丹も一番右は後ろ向きで、3つが同じ方向を向いていないことで、奥行きを出すなど、実は周到に描かれた作品です。右は淡墨のみ。左は淡墨も濃墨もあります。
徐渭は、複雑な個性を持った人物で、妻を殺害した罪により6年間を獄中で過ごしますが、晩年は郷里で過ごし、柔和な筆墨になります。日本にある徐渭の名品2点が並ぶのは、明末清初美術ファンにとっては、まさに夢のような光景!展示替えがあり、後期は蟹や小魚など酒の肴?が描かれた場面になります。
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Ⅱ<明末奇想派>
明末清初の豊かで不安な時代の象徴として、表現の可能性を追求したさまざまな実験が行われます。今回の展示では、奇趣あふれる山水画、奇怪な人物などの表現など明末清初の混乱の中で制作された、自分オリジナルの「奇」を競う絵画が多く並びます。
董其昌もしばしば作画にあたっての「奇」の重要性を説きますが、これは当時にあっては、「個性」とも解釈できる言葉で、人と同じ倣古ではだめだ、自分の独創性を表現しなければならない、という主張が成されています。
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右 5柱石図  米万鍾 べいばんしょう 明・17世紀 一幅 根津美術館 これは絖本でななめから見ると光るのがよくわかります。
左 6寒林訪客図 米万鍾 べいばんしょう 明・17世紀 一幅 橋本コレクション 重力がないような 屹立する山を繰り返し描いています。
手前に人、松が描かれていますが、松は山の上の樹木が下と同じ大きさに描かれ、箱庭のように高さがない不思議な世界が表現されています。
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右 7夏山欲雨図 丁雲鵬 ていうんぽう 明・万暦46年 一幅 橋本コレクション 72歳の時に元時代の文人画家、高克恭に倣って書いたと記す作品。
左 9春景山水図  張瑞図 ちょうずいと 明・崇禎元年 一幅 泉屋博古館
罪を終えて福健に帰ってからの作品。生糸を用いて繻子織 (しゅすおり) にして精練した絹織物である絖(ぬめ)を使っており、絖本(こうほん)という高貴な素材の上に繊細な筆で描いています。
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董其昌の作品も展示されています。彼はは明末の文壇を約20年支え、同時代 及び後世に与えた影響には甚大です。董其昌がその名を歴史に刻んだのは、政治家としての業績よりも、書家・画家としての腕前、古今の書画に対する鑑定家・評論家としての知識・卓見によるところが大きいでしょう。董其昌の書画に対する深い理念と理論は、清朝においても受け継がれ、康熙帝(こうきてい)や乾隆帝(けんりゅうてい)は董其昌の書画を愛好し、その後300年に及ぶ清朝においても董其昌は大きな影響を与え続けます。

左 12山水(書画合璧)図冊 (俯瞰ケース) 董其昌 とうきしょう 明・崇禎2年一冊七図 東京国立博物館 
右 13山水書画巻 (俯瞰ケース) 張瑞図 ちょうずいと 明・崇禎11年 一巻 泉屋博古館(展示替あり)
金箋(きんせん)の上に墨の濃淡を駆使して複雑な構成の山を表現しています。全体光るような絵画ですが藍、代赭などの彩色も一部見受けられます。
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14硯田荘扇面冊  (俯瞰ケース) 王建章 おうけんしょう 明・17世紀 二冊二十四図 個人蔵
王建章は、山水画のみならず、花卉、道釈画も手掛けています。張瑞図とは年齢差を超えた交流があったようで、両者の画風はとても似ており、明末の「奇想」のデフォルメされた山など、自由な筆使いを見せています。右上は王建章が 張瑞図に贈ったという作品。
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Ⅲ<都市と地方>

明時代後半になると、経済的な繁栄を背景に江南の諸都市に個性あふれる画家が出現し、さまざまな交流が見られるようになります。ここでは特に蘇州で活躍した画家たちの多様な作画活動が紹介されています。
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右から
15石湖雅集図扇面 李士達 りしたつ 明・万暦38年一面 橋本コレクション
明時代後半手ごろな贈答品として扇面が愛用されるようになります。思い思いに隠居生活を楽しむ高士が描かれています。
16竹裡泉声図  李士達 りしたつ 明・16~17世紀 一幅 東京国立博物館 
上に書いてあるのは唐詩。霞の中の薄桃色の花、風にそよぐ竹林、奥に滝が描かれています。李士達特有の丸みを帯びた人物も右下にいます。
17甲申山水図  藍瑛 らんえい 明・崇禎17年 一幅 個人蔵
明王朝崩壊の年に描かれた作品。岸辺にたたずむ一人たたずむ高士が印象的。
18溪頭閑興図  盛茂燁 せいもよう 明・崇禎10年 一幅個人蔵
山水に遊ぶ高士を描いています。画面の上にある詩を絵にしたものです。靄の漂うような空気感が墨で上手く表現されています。
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右 20山水図 邵弥 しょうみ 明・崇禎4年 一幅 泉屋博古館
岩山が前景から上方に向け緩やかに蛇行し、奇怪な主山へと至ります。細かい、動くようなかすれの表現 岩の質感など典型的な奇想画。筆者は弐臣として、乾隆帝以後低い評価を受けました。
左 22倣倪瓉山水図 徐 枋 じょほう 清・康煕28年 一幅 個人蔵 元末四大家の一人倪瓚の筆法に倣った作品。
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下 23越中名勝図冊  張宏 ちょうこう 明・崇禎12年一冊八頁 大和文華館(頁替あり)
人気の観光地を旅して目にした景観を写したもの。名所図会のようなものでしょうか。これまでの中国絵画にはない遠近法など機知的な表現が見られ、西洋銅版画の影響があったともいわれています。
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Ⅳ<遺民と弐臣>
明清交替期にあって明の遺臣たちは、清に抵抗する者、出家や隠遁を選ぶ者、清に仕える者などに分かれます。明朝の民として清朝に仕えない人々を遺民、明朝と清朝の二朝に仕えた者は弐臣といいます。その生き方の違いと彼らの画風の間には明確な関連は認められず、多様な画風が展開されました。
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26山水長巻 (俯瞰ケース) 龔賢 きょうけん 清・17世紀一巻 泉屋博古館(展示替あり)雲、樹木、岩など最低限の表現が白と黒という最低限の配色で描かれ、現実にはない幻想的な空間表現になっています。黒々とした墨、間に自然光とは違う白が多用され、遺民の不安定な心象風景を表しているようです。
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手前 27山水画冊 (独立ケース) 龔賢 きょうけん 清・17世紀一冊八図 泉屋博古館(頁替あり)
山の中の精舎、無人の亭など、こちらも遺民の心の心象風景が描かれているような作品です。
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28松石図巻 (俯瞰ケース) 黄道周 こうどうしゅう 明・17世紀一巻 大阪市立美術館(展示替あり)
松は色が変わらないため文人の象徴とみなされています。報国寺から始まり、ここには画家が実際に各地で見た松が描かれています。明に忠節を貫き殺された黄道周は、清時代も出身地福健では根強い人気を誇りました。
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右から
35枯木竹石図 許友 きょゆう 清・康煕元年 一幅 泉屋博古館
36溪澗松濤図  周之夔 しゅうしき 明・順治3年 一幅 泉屋博古館
(参考出品)春山明麗図 野口 小蘋 のぐちしょうひん 大正3年 一幅 泉屋博古館分館 一水対岸構図で36に影響を受けたと思われる作品が参考に展示されています。
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Ⅴ<明末四和尚>
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漸江、石溪、八大山人(朱耷)、石涛は清朝の追求を逃れるため出家して僧籍にあったため、中国の絵画の歴史では、清朝の "四画僧"として知られています。それぞれ伝統によらない個性的な画風を展開させました。

左 37竹岸蘆浦図巻 (ホール) 漸江 ぜんこう 清・順治9年 一巻 泉屋博古館 
倪瓚に倣った作品ですが、人物が描かれています。繊細な筆で竹や葦を描き、画面をそよぐ風をも感じさせるような作品。
右 38江山無尽図巻 (ホール)漸江 ぜんこう 清・順治18年 一巻 泉屋博古館
一見水墨ですが、よく見ると色を使っていることがわかります。紅葉、松の緑、岩には藍など秋の景色を美しく表現しています。右から左に画面は流れ、突然劇的に終わります。ガラスの山水ともいわれる筆遣いが魅力。
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40黄山八勝図冊  (独立ケース)石濤 せきとう 清・17世紀 一冊八図 泉屋博古館(頁替あり)
中心に折れ線があり、折ってあった可能性があるそうです。
41黄山図冊  石濤 せきとう清・康煕27年 一冊十一図 京都国立博物館(頁替あり) 一葉ごとに視点を変化させ、№42の作品の位置景観をピックアップしたものと考えられています。みずみずしい彩色が印象的。石涛が実際に黄山を訪れたのは、青年期の3度だけで、この画冊はその十数年後に描かれたと推定されるそうです。
40黄山八勝図冊 41黄山図冊を並べて見るというのが板倉先生の長年の夢で今回ようやくかなったそうです。
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42黄山図巻  石濤 せきとう清・康煕38年 一巻 泉屋博古館
黄山はいくつもの山の連なりですが、実際の位置とは違います。中央付近に小さく高士が描かれており、人物の方向を追うことで鑑賞者も一緒に旅することができます。かすれた筆を用いて、白、緑、代赭、藍色を薄く配色。
配色のルールは、手前代赭、中央緑、遠景青でしたが、明末清初には造形の実験としてそのルールを壊した絵画が描かれました。
ただしこの絵は青が遠景に使用されています。
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43安晩帖 (独立ケース)八大山人 はちだいさんじん 清・康煕33年 一冊二十図 泉屋博古館(頁替あり)作者の八大山人は、もともとは明の王族出身。
しかし、20歳の頃に明が滅亡してしまったため、禅門に入ります。波乱の人生を生きた画家ですが、この作品は、犬のような猫、魚などが、とてもかわいらしく典雅に表現されています。
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中国絵画は鳥獣戯画のように擬人化した作品は少ないのですが、この作品は魚、鶉などは三白眼で虚空を見つめており、明末清初の不安定な時代、動物などを擬人化して描いたとも考えられます。水墨のみの画が多いのですが、鶉は色を使っています。
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全部で20回頁替えがあります。
展示室入口付近で全ての場面を映像で紹介していますので、こちらもお見逃しなく。
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右 45廬山観瀑図 石濤 せきとう清・17~18世紀 一幅 泉屋博古館
革命的。墨の濃淡 遠近 郭煕の影響とあるが画風は違う。上に李白の詠んだ廬山の詩がありますが、絵の内容とは関係ありません。岩は緑、青さらに上に朱を重ねています。幹は代赭を使用し、光を表現しています。立っている人物は李白であり石濤とも。
左 46報恩寺図  石溪 せっけい清・康煕2年 一幅 泉屋博古館
南京城外の報恩寺を描いていますが、実景ではありません。茶を中心にわずかに青が彩色され、右下に小さく人物が描かれています。
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Ⅵ<清初の正統派、四王呉惲>
王時敏、王翬、王鑑、王原祁、呉歴、惲寿平は「四王呉惲」と呼ばれています。彼らは1つの画派ではありませんが、古画の模倣を基礎として、元代の作品の筆墨を高く評価し、それぞれ独自の画風を作りだしました。
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右 47江山蕭寺図巻 王時敏 おうじびん 明・崇禎8年 一巻 国(文化庁保管)(展示替あり)
董其昌の愛弟子で、正統派の文人画家として大きな影響力をもちました。元時代の黄公望「富春山居図」のモチーフに似ており、影響を受けたことがうかがえる作品です。
左 48倣元四大家山水図 王原祁 おうげんき 清・17世紀 四幅 京都国立博物館
右から順に元末四大家(黄公望、王蒙、呉鎮、倪瓚)に倣った作品です。
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右から 
51秋景山水図巻 呉歴 ごれき清・康煕32年 一巻 泉屋博古館
53山水画冊 さんすいがさつ 惲寿平 うんじゅへい清・康煕26年 一冊十図 泉屋博古館(頁替あり) 
54天池石壁図巻 惲寿平 うんじゅへい 清・康煕23年 一巻 個人蔵(展示替あり)没骨彩色の花卉画を得意とし、清代を代表する花卉画の大家。もともとは山水画を得意としており、清初の代表的な山水画家の一人にも挙げられています。54は、展示替えがあります。前期は奇趣溢れる作品ですが、後期は正統な画風の小景画が展示。併せて見ることで、彼の多様な画風を知ることができます。前期展示の作品は今回なんと30年間ぶりの公開だそうです。次回はいつかと思うと・・・、見逃せないですね!
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今回の特別展では、この時代に活躍した正統派の画家たちによる、山水を表現した“典雅”な作品と、それらとは対照的に、人目を驚かすような造形を生み出し個性を顕した画家たちによる“奇想”な作品を併せて鑑賞できるので、明末清初の絵画の潮流というものがとてもよく理解できました。明末清初の中国史に関心のある方にも興味深い内容だと思います。
また、明末清初の絵画は、野口 小蘋、今村紫江、橋本関雪など近代日本の画家たちにも大きな影響を及ぼしました。その意味で日本美術をより深く理解したい方にもぜひお勧めしたい展覧会です。


泉屋博古館分館 特別展「典雅と奇想 明末清初の中国名画展」
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3日(金・祝)~1210日(日)
会場:泉屋博古館分館 〒106-0032東京都港区六本木1-5-1
開館時間:10:00-17:00
休館日:月曜日
入館料:一般800(640)、高大生600(480)、中学生以下無料
入館時にお渡しするチケット半券は2回目のご入館時に提示いただきますと、半額割引が適用されます。 20名様以上の団体はカッコ内の割引料金
電話:0357778600(ハローダイヤル) 
展覧会公式サイト

※単眼鏡の無料レンタルあり(先着10名)。受付で申し込み。
前後期の展示替に加え、画冊・画帖の細かい場面替があります。
 作品リストで展示期間をご確認のうえご来館ください。

本展は、静嘉堂文庫美術館(東京都・世田谷区岡本)にて開催の特別展「あこがれの明清絵画~日本が愛した中国絵画の名品たち~」(1028日~1217日)との連携企画となっています。静嘉堂文庫美術館の本展覧会招待券または会期中の使用済みチケットをご持参の方は、入館料が2割引となります。(他の割引との併用不可)
静嘉堂文庫美術館「あこがれの明清絵画~日本が愛した中国絵画の名品たち~」の展覧会情報はこちら 

両方の展覧会のチラシを並べると、沈南蘋の猫が八大山人の魚を狙っているようにも見えます(^^♪

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今回の図録
「典雅と奇想―明末清初の中国名画」(東京美術)は、泉屋博古館分館のほか、書店、ネットでも購入できます。解説がとても詳しく、鑑賞後はもちろん、事前の勉強としてもおすすめです!

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